第21,5話① 隠し事はすぐバレる
「ふぅ……」
細川さんと心愛さんが配達に向かってから、1時間ほど経過していた。
その間俺は、1人激務に追われていた。
「合計で850円になります」
「1000円からで」
「レシートは必要ですか?」
「はい」
「かしこましました。150円のお釣りとレシートです」
「ありがとうございます」
「ご来店ありがとうございました。次の方どうぞ」
職場帰りの大人や塾へ通う学生が、まるで波のように押し寄せてきていた。その勢いは、留まることを知らなかった。
「温めますか?」
「大丈夫です」
「合計で568円になります」
弁当などの温めることが可能な食品がきた場合、こちらは温めが必要かの確認を取らなければならない。それぞれに指定された時間があり、表記を見て、素早く対応する。心愛さんに教えのおかげで難なくこなすことが出来ていた。
「これ、お願いします」
「温めますか?」
「お兄さん……これアイスですよ?」
「あ……失礼しました」
「ははっ。まじウケる」
やっぱり訂正。出来てねぇわ。
いくら心愛さんの的確な指導があったとは言えど、少なからずミスをしてしまった。クレーマーのような客がいなかったのが不幸中の幸いだろうか、ミスをしてしまった時は笑って見過ごしてくれる人が多かった。
「あの……あなたって高校生?」
「あ、はい」
「まぁ! もう自立してるなんて偉いわねぇ。私の息子に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわ」
「そんな大したもんじゃないですよ……」
「あらあらそれでいて謙虚なんて。あなた、きっといい
「む、婿!? そういうのはまだ早いですよ!」
こんな感じで、主婦の方の話し相手になることもしばしば。俺としては相槌しか打っていなかったのだが、それでも相手は満足してくれた。
それからしばらく経つと、波のように押し寄せてきた客も次第に少なくなっていき、さらに30分ほど経つ頃にはほとんどいなくなっていた。
「ふへぇ……」
全身から力が抜け、俺は休憩部屋で壁にもたれ掛かるように倒れた。ただただ疲れた。その一言に尽きる。
持参していた水筒も、飲んだ覚えはないがいつの間にか空になっていた。どうやら意識が薄れるほど疲弊していたらしい。
しかし同時に、達成感もあった。初めてバイトを終えた日の時に感じた、言葉では表し難い高揚感が全身から湧き出てくる。
「あと、30分ぐらいか」
休憩部屋内の時計を確認すると、心愛さん達が戻ってくるまでの時間は30分を切っていた。
「よしっ。ラストスパートだな」
俺は額をつたう汗を拭き取り、再びレジへと向かうため扉を開けた。
「いたっ」
「え?」
俺が扉を開けると、そこには心愛さんが尻もちをついて倒れ込んでいた。……まさか今扉に当たったのか?
「す、すいません!」
「……別に謝らなくていいから。私の不注意でもあるんだし」
「いや、こちらこそすいません」
俺と心愛さんはお互いに会釈するように頭を軽く下げた。……心愛さんの口元が少し引きつっているような気がした。
「あの、配達」
「じ、じゃあ私少し休むから!」
バタンと勢いよく扉の閉まる音が聞こえた。
配達お疲れ様でしたと言おうとしたのだが、心愛さんは最後まで言い終わる前に休憩部屋へと駆け込んでしまった。余程疲れていたのだろうか。
「よう。月島」
「あ、細川さん。配達お疲れ様です」
「そっちもお疲れさん。ほい、お土産だ」
「え、これってまさか」
「確か前にこのラノベ好きだって言ってただろ? 調べたら今日最新巻出てたから買ってきたってわけ」
「あ、ありがとうございます!」
「おう、どういたしまして」
細川さんは本当に人柄がいい。俺以外にもこういった気遣いを常々しているので、職場内で非常に評判がいい。年齢は20代前半らしく、店内に並べてあるファッション雑誌の表紙にも引けを取らないほどにスタイルが整ってる。
俺も大人になったらこんな人になりたい。心からそう思える人だ。
「そうだ月島、いい話があるんだ。聞くか?」
「なんですか?」
「お、興味あるか。実はな……」
「ちょ、ちょっと細川さん!」
細川さんが話を始めようとすると、再び勢いよく開いた扉から、心愛さんが飛び出してきた。その頬は赤らんでおり、バイト中は保たれていたはずのポーカーフェイスは欠片も残っていなかった。
「……それを話すのはやめてください」
「どうしてだ?」
「は、恥ずかしいからです」
「なぁ、月島。彼氏として彼女の可愛い所は知っておきたいよな?」
「そりゃもちろんです……ん?」
今、細川さんは何て言っただろうか。彼氏として? 俺は細川さんに付き合っていることを話したことは無いぞ?
まさかと思い心愛さんの方を見たが、当の本人はまるで壊れかけの機械のようにガタガタと首を震わせながら顔の前に両手を合わせ、謝罪の意を示していた。
「……なんで俺たちが付き合ってること知ってるんですか?」
答えは分かりきっていたが、一応聞いていた。万が一、冗談の可能性も捨てきれなかったからだ。……いや、この質問をした時点でもう認めているも同然か。
そういえばこの前も、田島とこういうことがあった気がするな。……なんですぐにバレるかなぁ。
細川さんは呆れ顔で、苦笑しながらこう言った。
「そんなこと、この職場の人達皆気づいてるに決まってるだろ。……てか、バレてないと思ってたのか?」
どうやら俺は、隠し事も苦手らしい。
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