第21,5話② 他人に語る本音


「なんで他の人にもバレてるんですか」

「いやそんなもん見てれば分かるわ」

「なんか納得いかないです。一応これでも隠してたつもりなんで」

「あれで……隠してたつもりなのか」


一応これでも色んな場面で気をつけてきたつもりだ。下の名前で呼び合うことを避けるのはもちろん、シフトを少しずらしたり、職場での会話を極力避けたりなど、仲が良いと思われるようなことはしないようにしてきた。


それでもバレたということは、一体何が原因だったのだろうか。思い返してみても見当がつかない。


「今まで俺や店長が話しかけても淡白な返答しかしなかった葉賀が、お前が来てから急に性格丸くなったんだぞ」

「そ、そうなんですか」


そう言われても、俺は以前の心愛さんを殆ど知らない。最初は確かにクールな人だなとは思ったが、今となってはそのクールな印象はギャップとして、心愛さんの魅力を引きたてる要素の1つでしかなくなってしまっている。


「あぁ。ほんと、別人かと思うほどに」

「そ、そんな変わります?」

「天地が逆転したぐらい」

「それは言い過ぎでは」


俺がそう言うと、やれやれと言った表情で首を振っていた。


「でも、お前が来てから急に変わったんだ。今まで営業スマイル以外で見せたことのなかった笑顔を、俺たちの前でも見せるようになった」

「確かに、最近よく楽しそうに話してますもんね」

「見てたのか……。まぁ彼氏なら嫉妬ぐらいするか」

「……べ、別にいいじゃないですか」


しまった。言わなきゃよかった。


でも仕方がないじゃないか。彼女が他の男と話していたら嫉妬ぐらいするさ。く、悔しくなんてねぇし。


「なんか話が逸れちまったな。じゃ、本題に戻すか」

「は、はい」

「そんなに動揺するなって」

「べ、別に動揺なんて微塵も……」

「なんだよ。お前までツンデレなのかよ」


店内には、相変わらず客はほとんどいなかった。細川さんはそれを確認すると、俺の横で事の顛末てんまつを話し始めた。


───


2時間前


『今日の配達結構時間かかりそうだな』

『そうですね』

『月島1人で大丈夫かな』

『きっと大丈夫ですよ。この私が指導しましたから』


……相変わらずの淡白な返事。静かなのは嫌なんだよなぁ。何か話題を……そうだ。


『そう言えば葉賀って、最近月島と仲良いよな』

『は、はひ!?』


今なんか変な声しなかったか……。 葉賀がしゃっくりでもしたのか?


運転しながら横目で葉賀を見ると、驚く程に顔が真っ赤になっていた。彼女のこんな表情は今まで見た事がなかった。


『ど、どうした葉賀』

『あ、いえ……なんでもないです』

『まさか、好きだったりするのか? 月島のこと』


この時までは、あくまで職場内で冗談混じりに噂されていたことだった。「最近仲良いよね」とか「お似合いだよね」と話題のネタにしていくうちにいつの間にか妄想が膨らんでいったものに過ぎなかった。


しかし、次の葉賀の言葉でその妄想は杞憂ではなかったと知ることになる。


『ど、どうして知ってるんですか』


いつもの凛とした雰囲気はなかった。その代わりに薄暗い車内でもはっきりと分かる程に頬が赤らめ、俯いていた。


『いつ頃から付き合い始めたんだ?』

『……ほんの3週間ぐらい前です』

『わお。初々しいねぇ』

『ち、茶化さないでください』


これを、可愛いと思うなと言う方が無理だった。月島の彼女のである以上、そういった感情を抱くのは駄目だと分かっていても、無意識に脳がうるさい程に反応してくる。


モジモジと恥ずかしがる姿を見ていると、俺の方が恥ずかしくなってきた気がする。


『なぁ、月島のどんなとこが好きなんだ?』

『なんで言わなくちゃいけないんですか』


あくまでこれは興味で聞いたのだが、当然拒否されてしまった。しかし、ここで諦める訳にはいかない。既に俺の中には謎の対抗心のようなものが芽生えてしまっているからだ。


『なら取引だ。俺は月島の趣味や好物を知ってる。俺の質問に答えてくれた分だけ教える』

『そ、それぐらい私だって知ってます』

『なら、あいつが好きな食べ物はなんだ?』

『和弥は私の作ったものならなんでも喜んで食べてくれますよ』

『……え? 何、同棲してんの?』

『あ、いや……なんでもないです』

『なんでもあるだろ今のは』


下の名前で呼んだことに少し驚いたのもつかの間、同棲というとんでもない事実が俺の心を動揺させた。


高校生で同棲か……今のは聞かなかったことにしよう。多分家庭事情とかが複雑に絡んできてるんだろうし。


俺の予感が当たったらしく、葉賀の表情には恥じらいと同時に、不安が感じ取れた。少し目元が陰り、言ってしまったという後悔が伝わってくる。


『和弥は、本当に優しいんです。こんな、めんどくさい私を受け入れてくれたんです』


そのか細いながらに透き通った声に、俺は何も答えることが出来なかった。


『だからですかね……私が今みたいに素を見せても、遠慮しなくていいって言ってくれたんです』


俺は、少し冷たい対応をしてしまった自分を悔いた。彼女も、彼女なりに苦しんでいるのに、驚きのあまり否定するような口調で言ってしまっていた。


申し訳ない気持ちが込み上げていた。


『……さっきの質問の答えだ』

『え?』

『月島は、唐揚げが好きだ。特に、鶏の』

『あ、ありがとうございます。今度作ってみますね』


そう言うと、葉賀は胸元からメモを取り出し、「明日の夕飯、鶏の唐揚げ。絶対!」と書き込んでいた。やっぱりまめまめしいな。


だが、別の点で一応思うところがあったので言っておくおくことにした。


『あとそれ。同棲してることあんまり他人に気安く言うもんじゃねぇぞ』

『も、もちろんです。気をつけます』

『その、なんだ。葉賀って意外とポンコツなんだな』

『な!? そ、そんなことないですよ!』

『その表情で言われてもなぁ』


当の本人は気づいていないのか、時間が経つにつれて彼女の頬はより赤く染まっていっていた。


『あ、そうだ。特別に和弥の好きなもの教えてやるよ。プレゼントとかの参考にしな』

『プレゼント……ですか』


葉賀はえへへと言いながらどこか照れくさそうに人差し指をくっつけたり離したりしていた。


『……月島にプレゼントもらったのか』

『な、なんで分かるんですか!?』

『勘だ』


本当は表情と仕草を見るだけで誰でも予想できるのだが、あえてここは黙っておく。


『……んで。何貰ったんだ?』

『お、教えません』

『取引だぞ』

『ぐぬぬ……。ね、猫のぬいぐるみです』

『へ?』

『ね、猫のぬいぐるみです!』

『いや聞こえてるって。運転中に大声出すな』

『す、すいません』


彼女も何かに熱くなってこんなに大声を出すんだなと少し驚いてしまった。いや、暑くなる原因が猫のぬいぐるみなんだけれども。


『ぬいぐるみ、好きなのか』

『もちろんです』

『月島とどっちが好きだ?』

『ふぇ!? そ、そんなの……か、和弥のほうが好き……です』

『いや可愛いかよ』


その後も、他愛のない会話をしながら、配達の仕事をした。今までとはまるで別人となった葉賀との会話は、なかなかに新鮮だった。


───


「……か、和弥! 帰るよ!」

「あれ葉賀さん。いつの間に」

「もうバレてるから、心愛って呼んで」

「……は、はい」

「え、まだ話終わってないんだが」


細川さんの話はまだまだ途中らしいが、ここからの話は大方予想がついた。心愛さんの素を細川さんがイジり続ける様が容易に想像出来る。


それと少しばかり嫉妬もしてしまっているので、精神的にもキツい。シフトの時間も終わっているため、早めに退散したいのが本音だ。


心愛さんも溢れんばかりの涙目で早く帰ろうと無言の圧力をかけていている。


「そういう訳で細川さん、先に上がらせていただきます」

「お、おう。なんか話し込んじゃって悪かったな」

「いえいえ。お疲れ様でした」

「おう。気をつけて帰れよ」


恥ずかしさのせいか、顔を両手で覆い隠している心愛さんの手を取って、コンビニを後にした。


しばらく、お互いに沈黙だ続いた。薄暗い夜道で聞こえるのは、夜風と車の過ぎ去る音だけだった。


一方の心愛さんは俯いたままうぅぅと唸っていた。よっぽど恥ずかしかったのだろう。


「和弥。明日の夕飯は鶏の唐揚げだからね」

「ほんとですか! やったぁ」

「その代わり、今日のことは忘れなさい」

「……嫌って言ったら?」

「怒る」


心愛さんは頬をめいっぱい膨らませて睨みつけてきた。威嚇……なのだろうか。


俺には餌を蓄えたハムスターのような愛おしさしか感じなかった。


「ぷっ」

「あ! 今笑ったでしょ!」

「ごめんごめん。ついつい……ぷっ」

「あぁ〜〜〜!! 笑うなぁ〜〜!!!」


それからしばらく、心愛さんは口を聞いてくれなくなってしまった。なんでや。














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