第20話② 仲直りと猫と照れ隠し
心愛さんが教室に入る少し前、俺は教室から少し離れた所へ向かっていた。体育館だ。
バスケットボールだろうか、リズム良く跳ねるボールの音がした。いや、今のはバレーボールかもしれない。
今頃この中で、田島も部活に勤しんでいるのだろうか。……なんかサボってそうだな。
俺はそんな想像をしながら、木目が均一に並んでいる廊下の天井をぼんやりと眺めていた。
「部活……ねぇ」
無意識に、そんなことを口にしていた。
───
しばらくしてから教室へ戻った。元々ここに来た理由は、教室には入れそうな雰囲気ではなく、かと言って廊下ですることもなく立ち尽くしているのも嫌だったので、少し校内を回っていたのだ。
すると、美紅と心愛さんがちょうど教室から出てきていた。
……心愛さんが、泣いていた。
その横には、ゲラゲラと笑う美紅の姿……ま、まさかな。
廊下を走っていけないことは当然分かっていたが、俺は心愛さんの方を目掛けて全速力で走った。
「あ、和弥だ。どしたのそんなに慌てて」
「てめぇ……心愛さんに何した」
「うーんとね、初めてをもらった」
「……は?」
分かっている。もちろん分かっているのだが、これでも俺は思春期真っ只中の男子高校生。そういった欲も確かに自覚している。そのため、美紅の発言の意図を理解するのに、しばらく時間を要してしまった。
美紅の表情は相変わらず変わることなく、イタズラをしている子供のようにクスクスと笑っていた。
「……和弥、なんか顔赤いよ?」
「う、うるせぇ!」
「へぇ……和弥って意外とスケベなんだ」
「……ほっとけ」
このまま話していても埒が明かないので、俺は心愛さんの方へと駆け寄った。美紅はすんなりと道を譲るように俺を避けていった。
「……大丈夫ですか?」
「……うの」
「え?」
「美紅に何かされたわけじゃないの。私が泣いてるのは……嬉しいからなの」
そう言うと心愛さんは俺に2つの包装を手渡した。1つは星やクマなどの形をした手作りクッキーが入っている。もう1つは……手紙だろうか。
「私……生まれて初めて誕生日を祝ってもらえたの。だから、これは嬉し泣きなの」
「……そうだったんですか」
俺は心愛さんにプレゼントを返した後、ポケットからハンカチを取り出した。しかし、心愛さんは美紅からのプレゼントで両手が塞がっていたため、受け取るのに苦労していた。
「ちょっとじっとしててください」
「……う、うん」
心愛さんの頬を伝っていた涙をハンカチで軽く拭った。すぐ横で美紅が「新婚かよ」と言っていた気がするが、聞こえなかったフリをしておく。
「終わりましたよ」
「……あ、ありがと」
「いえいえ」
「ほんとあなた達ってお似合いよね」
「そりゃどうも」
美紅にそう言われると、俺の後ろで心愛さんはやけに恥ずかしそうに人差し指をつんつんと合わせていた。いや可愛いかよ。
「あ、もうこんな時間。私そろそろ帰るね」
「おう。じゃあな」
美紅は何か用事を思い出したのだろうか、スタスタと早歩きでこの場を去ろうとした。
すると、ついさっきまで俺の後ろで恥じらいを隠していた心愛さんが、いつの間にか俺の前に来ていた。
「み、美紅!」
「どうしたの。こころん」
「今日は、ありがとね」
「……それもう、今日5回目」
「それぐらい感謝してるってことだよ」
「……そっか」
雨降って地固まるとはこのことを指すのだろうか。お互いを見つめるのその表情はとても生き生きとしていた。
「それじゃ、末永くお幸せに」
「も、もう! 一言余計!」
「満更でもない顔しちゃって。可愛い」
「と、友達に可愛いって言われても嬉しくないし!」
「なら愛しの彼氏さんに言ってもらいな」
「……そそそ、そんなことしないよ!」
「はいはい。そんじゃまったね〜」
美紅はにへらと笑うと鼻歌を歌いながら階段を降りていった。
その後、心愛さんはへにゃりと廊下に膝から崩れ落ちた。どうやら余程メンタルを削られたらしい。
俺からはその後ろ姿しか見えないので、どういう顔をしているのかは分からなかったが、耳が茹でたこのように真っ赤になっていたので、ある程度容易に想像することが出来た。
「あの、心愛さん」
「……な、なに?」
「なんか渡しづらいんですけど、これ」
俺は、教室の隅から持ってきた1つの包装を心愛さんに渡した。
心愛さんは恐る恐るその中身を確認していた。……そんなに警戒しなくてもいいのに。
「ぬ、ぬいぐるみ?」
「……誕生日プレゼントです」
「なんで私が猫好きなの知ってるの」
「心愛さんの私物猫柄が多かった気がするので」
「勝手に見たの!?」
「そんな度胸俺にはないです!」
「そ、そうだよね。よかったぁ……」
心愛さんはどこか安堵した表情をしていた。何か見られたらまずいものが猫柄だったりするのだろうか。……猫柄パンツとか? なんだよそれ最高かよ。
「本当は家で渡そうと思ったんですけどね」
「……じゃあなんで学校にあるの?」
「興奮しすぎて持ってきちゃいました」
「……バカ」
心愛さんは包装から取り出した猫のぬいぐるみに顔を埋めながら頬を赤く染めていた。
それだけでも十分絵になる程綺麗なのだが、それを自分だけが独り占めしていると考えると、高揚感のようなものが全身を駆け巡っていった。
「……可愛いかよ」
「か、可愛いって言うな!」
「ぐほぉ!? しまった心の声が」
「……ば、ばかぁぁ!!!」
放課後の静寂に包まれた廊下に、悲鳴と打撃音が響き渡っていった。
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