第19,5話② 俺はバカでいい
「……何があったんですか」
「私……分からないの」
不安定な足取りで近づいてきた心愛さんは倒れるように俺の胸へそっと顔を押し当てた。思わず心臓が跳ねそうになったが、今にも壊れてしまいそうなその表情を見て、そんなことを考える余裕はすぐに無くなってしまった。
「どうして……いつも周りの人を巻き込んじゃうのかな」
「世のな……」
俺は、何も言うことが出来なかった。「世の中1人で生きることの出来る人なんていませんよ」とでも言おうとしたのだが、心愛さんが欲しいのはそんな生半可な言葉ではないことにすぐに気づいた。
その表情が、あまりにも苦しそうだったからだ。恐らく俺が偽善ぶった言葉をいくら並べたところで、この現状を解決することはできないだろう。
俺を頼って欲しいと言ったのはいいものの、いざ頼られると何もできなくなってしまう自分が歯がゆかった。そのやり場のない悔しさを誤魔化すためか無意識に唇を噛み締めていた。
「……今、和弥困ってるよね」
「そんなことないです」
「どうやって私を励まそうって考えて、答えが出なくて困ってる」
「……別に困ってなんて」
「ほんと、ごめんね」
その言葉は、俺の心に強く響いた。まるで大きな棘に貫かれたような虚無感が頭をおおっていった。
……情けねぇな、俺。
「いや……違うでしょ」
「……え?」
俺は右手に思いっきり力を込めて自分の右頬を叩いた。バチンと高らかな音が辺りに響き渡っていった。
「か、和弥!?」
「すいません。気合い入れ直してました」
「なんで!?」
心愛さんは明らかに動揺していた。それもそうだ。目の前で急に自分を全力で引っぱたいたバカがいるのだから。
そうだ、俺はバカだ。バカならもっとシンプルになろう。今の状況がどうとか、自分の無力感なんてどうでもいい。
「心愛さん、やっぱり俺、バカみたいです」
「……っ、ははっ。そうみたいだね」
「少しは否定して欲しかったです」
「それは無理かな」
「そんなぁ〜」
「……」
心愛さんの顔から少しだけ不安が消え、明るさが戻っていった。俺はたまたま持参していたハンカチを渡し、心愛さんの目元を拭った。少し腫れ上がってしまっているが、それでもいつもの可愛さが失われたわけではない。
「……頼ってもいいかな」
「もちろん、いつでもいいですよ」
「ありがと。あのね……」
心愛さんは、以前美紅と口喧嘩をしてしまったこと、まだ仲直りができていないこと。そして、喧嘩の原因の1つが俺だったことを話してくれた。
「そうだったんですか」
「なんかごめんね。和弥が悪いわけじゃないから……」
「喧嘩したなら、謝らないとですね」
「……簡単に言ってくれるねぇ」
「俺も一緒に謝りますから」
「和弥も謝ってどうするの。まぁでも……」
心愛さんはどこか恥ずかしそうに視線を泳がせたあと、細々した声を漏らした。
「そういうとこ、大好きだよ」
再び心臓がドクンと跳ね上がった。全く予想していなかった不意打ちだったので、思わず目を背けてしまった。
「……聞こえなかったんでもう1回お願いします」
「……そういういじわるなとこ嫌い」
頼めばいけるのではと思ったがそんなことはなかった。案外ガードは硬いらしい。
心愛さんは俺の少し赤く腫れ上がっている右頬をさすりながら、にへらと笑った。どうやらもう、いつもの本調子に戻れたらしい。
「私、謝ってくるね」
「また喧嘩したら慰めてあげますよ」
「ほんっと、そういうとこ大嫌い」
「……結構傷つくんで嫌いっていうのやめてください」
「私が慰めてやろうか?」
「ぜひお願いします」
俺がそう言うと、心愛さんは半ば呆れたような表情になりながらも静かに笑った。
「……和弥って正直だよね。まぁ、それがいい所なんだけど」
「心愛さんも俺ぐらい正直に自分の気持ちをぶつければいいと思いますよ」
「……そうだね。やってみる」
心愛さんはそう言うと、自分の両頬を軽く叩いた後、覚悟を決め美紅がいる教室へと向かっていった。
その足取りに、迷いは感じなかった。
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