第19,5話① ちゃんと謝りたくて
心愛さんはその菩薩のような優しい表情からは考えられないほどの重苦しい雰囲気を纏いながら一歩一歩近づいてきた。
しかし、少しすると急に目を見開き、視線をこちらから、正確には美紅から顔を背けた。
その仕草は何か悪いことでも思い出したかのようなものだった。
俺は美紅だけに聞こえる小声で「何かあったのか」と訪ねたが、反応はなかった。
美紅も心愛さんと同様、どこか気まずそうに視線を泳がせていた。
「……とりあえず和弥から離れてくれない?」
「……言われなくてもそうするわよ」
2人は目を合わせることも無く、互いに反発し合うような強い口調だった。
最初は勘違いによって心愛さんに軽く
しかしそれに安心することはできなかった。明らかに心愛さんと美紅の雰囲気が今までと違ったからだ。
まるで今から激しい殴り合いの喧嘩でも始まるのか言わんばかりに互いを睨み合っている。
「ど、どうした二人とも。なんか雰囲気が怖いぞ」
「「和弥は黙ってて」」
「……すまん」
あまりの気まずさに少し場を和ませようとしたのだが、まさかの両方から同時に拒絶されてしまった。
しかし今は何もしないことが得策だと判断し、少しその場から距離を置きながら、黙り込むことにした。
今は1人の傍観者としてひっそりと息を潜めることにしよう。
「それで、今まで何してたの」
静寂が続く重重しい雰囲気の中、心愛さんが美紅を見ながら強い口調で言った。
「……少し和弥と話してただけだよ」
「……そう。でも普通に話してるだけじゃあんな風にはならないと思うけど?」
「それはぁ……そのぉ……」
あんな風とは、ついさっきまで和弥の上に覆い被さるように美紅が倒れていたことを指しているのだろう。
実際のところ、心愛さんに渡す誕生日プレゼントを俺が取り返そうとしたときに偶発的に起こってしまったことだ。
しかし、それをそのまま伝えるのは難しい。だから美紅は躊躇っているのだろう。蛇に睨まれた獲物のように、口をパクパクさせて目にはうっすらと涙を浮かべている。
……つい先程黙っていろと言われてしまったが、ここは助け舟を出した方が良さそうだ。
「話に区切りがついてそろそろ帰ろうかって時に、美紅が転びそうになったのを俺が助けたんですよ」
「……そ、そんな感じ。ほんとに偶然で」
「……まぁいいわ」
心愛さんは半ば呆れた様子だったが納得はしてくれたようだ。
ひとまずの誤解は解くことができたおかげで俺と美紅は同時に安堵のため息を漏らした。
美紅は心愛さんには見えないようにジェスチャーで感謝の意を伝えてきた。先程までは半泣きで薄暗かった目元も、すっかり色を取り戻していた。結果として俺の出した助け舟が効果を成したようで何よりだ。
これでひと段落……と思ったが心愛さんの表情はどこか煮え切っていなかった。
他にもなにか問題があるのだろうか。
「……和弥、ちょっといい?」
「は、はい」
バレてしまってはいけないと、美紅に心愛さんへの誕生日プレゼントが入った包装を指さし、俺のバッグへ入れるようにジェスチャーで指示した。
万が一今バレてしまっては、サプライズで驚かすどころか余計に気まずい雰囲気になりかねないからだ。
その後少しの間あれこれ思考を巡らせてみたが、特にこれといった問題点が思いつかなかったので、呼ばれるがままに心愛さんの方へ向かった。
心愛さんからは先程の怒りとは違った、不安や動揺のようなものを感じた。まるで親とはぐれてしまった迷子の子供のような表情で俺を見ていた。
「どうしたんですか」
「……あ、あのね和弥」
その声はとてもか細く、すぐにでも崩れ去ってしまいそうなほど脆かった。恐らく何かしらの原因で困っているのだろう。実際に今までも、心愛さんがか細い声を出す時は不安で仕方がないときだった。
そして彼女は小さく嗚咽を漏らしながら、そのか細い声で呟くようにこう言った。
「……謝るって……どうすればいいの?」
俯いていた顔を上げたその瞳には、大粒の涙が伝っていた……。
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