第19話 最悪のタイミング


「和弥は今日、こころんに誕プレ渡しちゃダメだからね!」


 ……ちょっと待て理解ができない。


「……なんでそうなるんだ?」

「企業秘密だよ」

「企業関係ないんですがそれは」

「細かいことは気にしなくていいの!」


 美紅はポケットから取り出したハンカチで首元の汗を拭い、つい先程までは荒らげていた呼吸を整えた。

 無意識に助けを求めるように教室内を見渡してみたが、生憎今この教室にいるのは和弥と美紅だけだ。


 このままでは埒が明かないので、質問を変えてみることにした。


「なら、俺がどうしても先に渡したい理由があるって言ったらどうする?」

「理由次第ね。もちろん『彼氏だから』なんて安直な理由ならお断り」

「……そ、そんなわけねぇだろ?」


 こちらも理由を話さずに少しでも美紅がプレゼントを最初に渡したい理由を聞き出せたらと思ったのだが……先手を打たれてしまった。

 思わず動揺したせいでぎこちない反応になってしまった。


「なんか怪しいわね。理由を聞かせなさい」

「いやそこはレディーファーストで」

「あら優しいのね。なら遠慮なく……ってなるわけないでしょ!?」


 美紅は危なかったわ呟きながらと少し後ろにたじろいだ。

 咄嗟に出た苦し紛れの冗談だったのだが……どうやらポンコツ属性をお持ちのようだ。

 何故だろう、既視感が凄い。


「とにかく、私は理由を話すつもりは無いわ」

「それなら俺も話しません」

「なんで教えてくれないのよ」

「そっくりそのままブーメランです」

「……ぐぬぬ」


 美紅の表情を見ているとふと初めてのコンビニバイトの時の心愛さんとの表情が脳裏をよぎった。

 悔しそうに唇を少し噛み、目にはうっすらの涙を溜めている、まるでおもちゃを取り上げられ悔しがっている子供ようなあの表情。

 既視感の正体はこれだったのか。


「あ、じゃあ私からも質問をさせてもらうわ」

「なんですか?」

「和弥は今日こころんにプレゼントをどこで渡すつもり?」

「一応同棲してるんで、家渡そうかと」

「……じゃあなんで学校にプレゼント持ってきてるの?」


 美紅が指さした先には、その大きさ故にスクールバッグの閉じ口から少しだけはみ出ていたぬいぐるみの包装があった。

 きちんと閉めていたつもりだったのだがどうやら詰め込みすぎてしまったらしい。


「いや……まぁかくかくしかじかで」

「家で渡すつもりなのに学校にプレゼントがあるなんて……おかしくない?」

「隠す場所が……思いつかなくて」

「……怪しいわね」


 先程の理由よりは幾分かマシな返答だが、苦し紛れなことに変わりはなかった。


「こころんに合うプレゼントをなのか私が吟味してあげるわ」

「いや……ちょっと待て、落ち着け」

「私は常に冷戦沈着な乙女よ」

「それは絶対にない」

「ななな、なんですって!?」

「おい冷静沈着な乙女」


 余計なツッコミに時間を費やしたせいで和弥が自分の手元にバッグを引き寄せようとした頃には既に美紅の手がガッチリと持ち手の部分を掴んでいた。


 力勝負で取り返そうとしたが、相変わらずの馬鹿力に為す術なくバッグを取り上げられてしまった。

 その乱雑さとは裏腹に、包装だけは丁寧に取り出していた。


「大丈夫よ、少し見るだけだから」

「……傷つけんなよ」

「このタイプの包装なら開けなくても中身は分かるし、さすがにそんな酷いことしないわよ」


 人のバッグを無理やり取っておいてそれを言うのかと言おうとしたが、美紅が込み上げてきた笑いを抑えるかのような仕草をとった瞬間、そんな思考は自然となくなってしまった。


「……和弥、これ何が入ってるの?」

「開けなくても分かるんじゃないのか」

「いや分かるんだけど……一応確認しておきたくて」

「……ぐるみだ」

「ごめん聞こえない。もう1回言って」

「……猫のぬいぐるみだ!」


 和弥は恥ずかしさを誤魔化すためにハッキリと叫ぶように声に出して言った。

 相手が女子だからなのか田島にからかられた時よりよっぽど恥ずかしかった。


 美紅はというと半泣きで腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。

 田島や美紅の反応を見ていると、絶対に喜んでもらえると確信していた自信が、今日一日でかなり自信が削がれてしまった。


「ぬ、ぬいぐるみかぁ……うん。いいと思うよ」

「別に気を遣わなくていいぞ」

「控えめに言って……ないと思う」

「……もういいだろ。返してくれ」

「はいはい。……っとと!?」

「っ!? 危ねぇ!」


 美紅が猫のぬいぐるみが入った包装を返そうと振り返った途端、踵が机の脚に当たってしまい、後ろから床に倒れそうになった。

 反射的に美紅の腕を掴んだまではよかったのだが、瞬間的な事だったので和弥も体制を崩してしまい、美紅と一緒に床に倒れてしまった。

 幸いなことに和弥の上に美紅が覆い被さるように倒れたため、美紅に怪我はなさそうだ。


「痛てて……大丈夫か?」

「うん。……あ、ありがと」

「お礼を言う前に早くどいてくれ……重い」

「おい一言余計だぞ」



「2人とも……なにやってるの?」



 その無機質な声を聞いて和弥と美紅は反射的にビクッと肩を強ばらせた。

 見なくても分かる、この声は心愛さんの声だ。

 そして今2人は覆い被さるように床に倒れ込んでいる。

 転びそうになった美紅を助けて一緒に倒れてしまったために今の体勢になっているわけなのだが、見方によってはカップルがイチャついているようにも見えなくもなかった。


「な、なんでもないよ!?」

「そ、そうそう。少しストレッチを……」


 お互いにその場しのぎの言い訳で弁明するが、心愛さんの表情は菩薩のような笑顔からぴくりと動くことはなかった。


「へぇ……ストレッチねぇ。私も混ぜてくれない?」


 その声に2人はただただ震えることしか出来なかった。

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