第18話 サプライズと優先順位


 5月5日 昼休み


「月島……お前なぁ」

「もう言うな……心が痛い」

「何度も言わせてもらうが……なんでお前学校にぬいぐるみ持ってきてんだ?」

「……気がついたら持ってきてた」

「可愛いかよ」

「うっせ」


 心愛の誕生日の前日、和弥はどうにか心愛への誕生日プレゼントを買うことができた。

 しかし、その嬉しさと達成感のあまり、勢いあまって学校に持ってきてしまったのだ。


「んで? 放課後にでも渡すのか?」

「いや、家に帰ってから渡すつもり」

「イチャイチャしやがって」

「別にお前が思うほどしてねぇよ」

「そしてそのままベッドに……ぐへへ」

「おいやめろ変な妄想するな」


 田島は冗談だってと言いながらせわしなくケラケラと笑っていた。

 いつもなら1発キメているところなのだが、反抗しても余計にからかわれる気がしたので余計な行動は控えておく。


「ならなんか渡しづらくなっちまったな」

「……まさか用意してたのか」

「そりゃまぁ。一応お世話になってるし」


 そう言うと田島はスクールバッグの中から黄緑色の水玉模様の小袋を机の上に取り出した。


「まぁ大したものじゃないけどな」

「アクセサリーでも渡すのか?」

「馬鹿言え。そういうのは親しい仲でも結構躊躇うんだぞ」

「そういうもんなのか」

「あぁ。そんなわけで俺は手作りクッキーを持ってきた」


 慣れた手つきでその小袋の結び目を解き、中からクッキーの入った透明な袋を取り出した。

 その中には星型や丸型の形をした綺麗な焼き加減のクッキーが10枚程度入っており、そのクオリティはお菓子売り場の店頭に並んでいても差し支えないのではないかと思わせるほどよくできていた。


「……お前女子力高ぇな」

「そうか? まぁ趣味の一環だな」

「今度俺にも作ってくれよ」

「やなこった。どうしても欲しいんなら葉賀先輩に分けてもらうんだな」

「……明日昼飯奢る」

「任せろ絶対作ってきてやる」


 田島は昼飯を奢ると言うと大抵なんでも言うことを聞いてくれる。

 俺が学校に宿題を忘れてしまった時は学食を奢るかわりに課題を見せてもらって以来、俺は昼飯分のお金を常にポケットに入れている。これのおかげで助けられた機会は少なくない。

 当人いわく「人の金で食う飯は最高に美味い」とかなんとか。


「あ、ちゃんとハート型のクッキーは作ってねぇから安心しとけ」

「いや別にそこまで気にしねぇよ」

「そうか? 余計なお世話だったか」


 変なところに気を使いやがってと心の中で苦笑しながら俺はスクールバッグの中から弁当を取り出した。

 残念ながら今日は心愛さんの手作り弁当では無い。

 朝早くあまり無理させてはいけないと思い、作ってもらうか否かは話し合った結果、毎晩申告制ということに決まったのだ。


「あ、わりぃ俺弁当忘れた」

「まじかよ」

「明日クッキーあげるから先払いで!」

「……しょうがねぇなぁ」

「月島よ。今日は肉うどんが食いたいぞよ」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」


 何故か田島は週一ペースで弁当を忘れてくる。

 楽しみにしていたとはいえ学校にぬいぐるみを持ってきた俺が言えたことではないが、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。

 ついこの前聞いた時には、「昔っからのクセでな」と軽く返されてしまった。


 まぁ、無理に深く言及する必要もないか。


 ─────


「起立、気をつけ、礼」

「ありがとうございましたー」


 帰りのホームルームが終わり、各々が帰宅や部活のための準備を始めていた。

 そろそろ部活決めないとまずいなと考えながら、俺は今日の課題と予習に必要なものを整理し、帰宅の用意を進めていた。


「月島、ちょっといいか」

「なんだ?」

「これ、渡しといてくれないか」


 田島はそういうとポケットの中からクッキーの入った水玉模様の小袋を取り出した。

 まさかあの田島が今更渡すことに緊張しているのだろうか。


「どうせお前のことだからサプライズでもするつもりなんだろ? 俺が先に渡したらそれができなくなっちまうと思ってな」

「……どうした田島、なんか悪いもんでも食ったのか?」

「おいコラ人の気遣いをなんだと思ってやがる」

「わりぃわりぃ」

「ま、俺はそろそろ部活に行くから。葉賀先輩にはよろしく言っといてくれ」

「わかってる」


 田島はそういうと荷物をまとめ、足早に教室の出入口へと向かった。

 どうやらあまり時間がないらしい。


「じゃあな月島」

「おう、部活頑張れよ」


 返事はなく、そのまま田島は体育館へと走っていった。

 月島以外誰もいなくなった教室がゆっくりと静寂に包まれていく。


「俺もそろそろ帰るか……」


 そもそも俺が最後まで教室に残っていたのはスクールバックの中の半分以上がぬいぐるみによって埋め尽くされているため、下手したら帰りの支度中に見られてしまう可能性があったからである。

 誰も教室にいなくなった今、わざわざそれを隠す必要もなくなった。


 俺は荷物をまとめ、教室を後にしようとした。


 その時、


「お、和弥ちょうどいいとこに!」


 走っていたのか少しばかり肌が汗ばんでいる美紅が息を荒らげながら和弥の肩をガシッと掴んできた。


「な、何の用だ?」

「よく聞いて。1つだけお願いがあるの」

「お、おう」


 初めて会った時に教室の出入口の断末魔を聞いてから、何となく怪力なんだろうなぁとは思っていたがこの力量は想定外だ。

 いや待って放してガチで。


 そんなことはお構い無しに美紅は一切力を緩めることなく、こう言った。


「和弥は今日、こころんに誕プレ渡しちゃダメだからね!」


 ……は?


 どうやら俺は、会って間もない女の子に無茶なことを言われるのが得意らしい。

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