第17,5話 伝えたい気持ち


「はぁ……」


心愛の誕生日前日の夜、美紅は1人自室のベッドの上で寝そべりながら大きなため息をこぼしていた。


「いつもなら楽しみなはずなのにな……」


美紅はなかなか眠りにつけないことに嫌気がさし、やけにいつもより重たい体を起こしてベッドサイドランプのスイッチを入れた。

暗い部屋が少しずつ薄橙色に染まっていく。


ふと自分の勉強机を見ると、そこには猫柄模様のラッピングが施された片手に収まるサイズの袋が1つ。

……心愛への誕生日プレゼントだ。


「受け取ってくれるかな……」


不安が脳裏を過ぎっていく。

いつもなら何事もなく当然のように渡せるのだが、今回ばかりは事情が違った。

……喧嘩をしてしまったからだ。


「あれは喧嘩って言うより……私の一方的な押しつけだった……かな」


『どうして私を頼ってくれなかったの?』


……あの時は心愛が美紅ではなく和弥を頼ったことに対する怒りのような何かに胸が押しつぶされそうになってしまい、吐き捨てるように心愛の選択を否定してしまった。

何か理由があったかもしれないのに、真相を聞くのが怖くなってしまって、言いたいことを言うだけ言って話を切り上げ、逃げ出した。


「ほんと……なにやってんだか」


心愛の家庭事情が複雑なのは薄々気がついていた。

授業参観や運動会などの学校行事に心愛の親が来たことは1度たりともない。

もちろん……入学式から卒業式まで。

幼い頃、何気なくこころんの親に会いたいなと言ってしまった時に酷く後悔したのを覚えている。


その時の心愛の何もかもに打ちひしがれたような表情は今でも鮮明に思い出せる。

目元はうっすらと陰り、しばらく何かに耐えるように身震いさせながら


『 ……いつか……会えると思うよ』


と掠れた弱々しい声と無理やり作ったのであろうその場しのぎの苦笑を見て以来、美紅は心愛にとって家庭事情の話はタブーなのだと察知し、それ以降そういった話題を避けるようにしてきた。


でも、この前はつい口走ってしまった。


心愛の家庭に比べれば、美紅の家庭なんて足元にも及ばない。

なのに……ついでまかせの感情論で頼ってほしいと言ってしまった。

美紅自身にできることなんて……ほとんど何もないのに。


「明日どんな顔して会えばいいんだろ……」


あの喧嘩をしてから今日までの数日間、心愛とは一切の会話をしていない。

おはようの一言ですら躊躇ってしまう。


「ちゃんと……謝らないと」


美紅はもう一度ベッドに横たわりながらぼんやりと明るくなっている天井を見上げ、やり場のないやるせない気持ちを胸の奥底へとしまった。


ベッドサイドランプのスイッチを切り、さっきより少しだけ重くなった瞼を閉じた。

すぐに眠りにつけそうだ。


「よし……明日はちゃんと謝るぞ」


そう決めて毛布に頭から潜り、クマのぬいぐるみを手元に引き寄せて抱きしめた。

昔、心愛からもらった初めての誕生日プレゼント。

何年も一緒に寝ているので随分と色あせてしまっているが、もふもふとした感触は新品と何ら変わりはない。

不安な時はこれを抱いて寝れば全部忘れて安心することができた。


両親の帰りが遅いせいで、家で1人寂しい思いをしていた時によくすがりついた。

まるで心愛が慰めてくれているような気がして、これを抱いていると心から安心できるからだ。


「おやすみ……こころん」


無意識に口からこぼれたその一言は、誰にも聞こえることはなく、弱々しく消えていった。

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