第17話 身近なものほど気づかない
「まずい……まずいぞ……」
和弥はコンビニの休憩部屋の中で1人、とある大きな問題に頭を悩まされていた。
それは……
「もう明日心愛さんの誕生日じゃねぇかっ!」
レジには接客中の心愛さんと店長がいるのであまり大声では言えなかったが、心の中にある漠然とした問題を口に出さずにはいられなかった。
誰だ、誕生日にサプライズしてやろうと1週間以上前から用意してた奴は。
「どうした月島。そんな絶望に打ちひしがれた顔しやがって」
ふと声のする方を見ると、そこには苦笑しながら頭をポリポリとかいている店長がいた。
……聞かれてたら恥ずかしすぎるんだが。
「なんか悩みがあるなら聞くぞ」
「まぁ色々とありまして……」
「……フラれたのか」
「さすがにそこまでじゃないです」
「ならいいや」
「良くないですよ!」
和弥かそういうと店長は以前話をした時と同じように座り、腕を組んだ。
おそらく悩みを聞いてやると言う店長なりの意思表示だろう。
「……笑わないでくださいよ」
和弥は事の発端と自分の悩みを内容を店長に説明した。
─────
「……笑わないでくださいって言ったじゃないですか」
あらかた話を終えた和弥の前には、店長が必死に笑うのを堪えながらプルプルと肩を震わせていた。
「いや……別に笑ってねぇし……プッ」
「今絶対笑いましたよね!?」
「いやだってお前……誕プレでここまで悩んでるとか……ピュアすぎんだろ」
「……純粋で何が悪いんですか!」
あぁ久々にこんなに笑ったなぁと呟きながら店長はゆっくりと椅子から腰を上げた。
「まぁあれだ、1つ助言しといてやる」
「……なんですか」
「葉賀はもふもふしたやつ……そうだ、ぬいぐるみ。あいつにはぬいぐるみとかがいいんじゃねぇか?」
「は、はぁ……」
「なんだ。せっかく助言してやったのに何か不満でもあるのか?」
「いや、不満とかじゃなくて……」
別に不満などはない。
むしろ今までひとつ屋根の下でぬいぐるみに顔を埋めて幸せそうにしている心愛さんの姿をよく見ていたのに、忘れていたのを思い出させてくれてありがとうと言いたいぐらいだ。
しかし、和弥には1つ気にかかることがあった。
「意外と心愛さんのことに詳しいなって思って」
「……そうか? まぁ長い付き合いだからな」
「そういうものなんですか」
「まぁ細かいこと気にすんな」
気のせいかいつもより店長の顔色が暗くなっていた。
でもそれも一瞬だけで、またいつもの明るく脳天気な顔に戻った。
……あまり触れない方が良さそうだ。
「ちょっと長話しすぎたな」
「なんかすいません」
「俺に謝るより1人で店番してた葉賀に対して謝るんだな」
「……そうします」
「ま、優しい彼女なら許してくれるだろ」
「余計なお世話です!」
和弥がそういうとカッカと高らかに笑いながら店長は休憩部屋を後にした。
「……ぬいぐるみかぁ」
和弥も忘れてはいたが、心愛さんがぬいぐるみ好きなのは把握していた。
家には20を超えるぬいぐるみがリビングに置いてある。
小さい頃から集めているらしく、愛着心ゆえかそれぞれ名前をつけて毎日手入れをするぐらいだ。
きっと渡したら喜んでくれるはず。
しかし、ぬいぐるみにも種類がある。
心愛さんの持っているのは動物系のものなのだが、それにはシリーズがあり、既にコンプリートしていると自慢されたことがある。
あまりそういうものに詳しくはないが、やはりシリーズものは全部揃えた方が統一感があり、見ているとどことなく満足する気持ちが湧くのは分からなくもない。
別のシリーズをまとめて買えばいいのではと考えはしたが、調べてみるとシリーズ一式は中々高校生の所持金からすると手痛い額で、渋々諦めることにした。
それよりも、そもそもリビングのスペースにぬいぐるみをこれ以上並べられる空きがなかった。
和弥は何かヒントになるものはないかと心愛さんと出会ってからの日々を振り返ってみた。
初めてのバイト……恥かいたな。
家に泊めて……動画撮られなければなぁ。
新しい学校……男子怖ぇ。
「おいちょっと待てろくな記憶が思いつかないぞ」
なんでこんな変なことばかり最初に浮かぶんだろうか……と考えながら荷物置き場を眺めていると、何かが落ちていることに気づいた。
心愛さんの猫柄ポーチだ。
「たしかこれって……」
初めての心愛さんとのバイトの昼前、疲れていた時に「甘いものは疲れがとれるよ」とアメをもらった覚えがあった。
……猫柄か。
そういえば恩返し云々で手料理を振舞ってくれたっけな。
バジルが隠し味のフレンチトーストを始めとする料理の数々はどれもすごく美味しかったのを覚えている。
あのフレンチトーストはたまに挑戦してみるがなかなか理想の味にたどり着けない。
……猫柄エプロンだったっけ。
手料理と言えば……学校で一緒に弁当食べたこともあったな。
唐揚げと卵焼きとご飯といったシンプルなものだったが、家での手料理に負けない美味しさで、ぜひまた食べさせてもらいたい。
あれも……猫柄の弁当の包みだったような。
「思い返してみると心愛さんって結構猫好きなんだな」
複雑に絡まっていた糸がスッと
意外とヒントは身近に溢れていたらしい。
ぬいぐるみ、猫。
この2つが心愛さんの好みだとわかった。
なら……
「誕プレは猫のぬいぐるみに決まりだな」
考えがまとまると、一気に頭が軽くなった。
まるで今まで何か大きな重しをつけられていたかのように体から負担が消えた。
その瞬間に休憩部屋の扉がドンッ! と勢いよく開けられた。
そこには腕を組み眉を吊り上げながら、ふつふつと怒りを露わにした心愛さんとやれやれと呆れ顔をしながらそっぽを向いている店長がいた。
「和弥? いつまで休憩してるのかなぁ?」
「心愛さん!? ちょっとこれには深いわけがあってですね……」
「言い訳無用!」
「ぐほぉ!?」
弁明の余地もなく、和弥の脇腹にその細い腕からは想像も出来ない力が込められた渾身の右ストレートが飛んできた。
心愛さんも店長も……どうしてこんなに力が強いんだか。
いや、むしろ和弥が弱すぎるのかもしれない。
「休憩するって言って平気1時間サボった罰よ」
「いやこれには理由が……」
「まだ何か言い訳があるのかしら?」
「すいませんでした」
家ではあんなに甘えている心愛さんだが、外ではしっかり女神様モードだ。
クールな雰囲気を纏い、いつもの柔らかく、小動物のような可愛さは微塵もない。
……いやそれでも可愛いんだけれども。
その雰囲気は家での心愛さんに慣れてしまっている和弥にとって、少し違和感を感じてしまうほどだ。
「お前らイチャイチャすんなよ……」
「「してません!」」
「……息ぴったりじゃねぇか」
店長はうんうんと何かに感心するように頷いていた。
いやそれより助けてまじで。
「あ、俺仕事に戻らないと……」
「おい、逃げるな」
「あ、はい」
しかし女神様モードの心愛さんから逃げることは出来ず、逃げられないことを悟った和弥は反射的に正座していた。
「今日は客少ないし、俺が担当しとく。だからその……お前らは……頑張れよ!」
店長は無理やり話を一区切りさせると、目に見えぬ速さで逃げ出すように出ていってしまった。
「じゃあ俺も……」
「待ちなさい」
「……はい」
心愛さんは笑っているのか怒っているのか分からない表情で和弥を見ていた。
その表情の裏で何を考えているかわからないせいで怖さが倍増していた。
女神様モードだと、いつもの10割増しで厳しくなる。
……肝に銘じておこう。
「和弥、覚悟はいい?」
「……お手柔らかに」
……そこから家に帰るまでの記憶はない。
〘あとがき〙
ども、室園ともえです。
今回は自分の体験談入れてみました。
実際に考え事してて、自分と仲が良かった先輩からもらった右ストレートは痛かったなぁ……。
みんなも気をつけよう!(誰得)
最近更新ペースがあまり芳しくないですが、それでも毎週3話は更新しますので、ぜひまた読んでくださると嬉しいです。
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めっちゃ励みになるので!
……長話しちゃいましたね。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
次回も読んでくださると嬉しいです。
それでは、また。
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