第14話 誕生日プレゼント
「……この前はすいませんでした」
「……俺も、連絡すらしてなくてすいませんでした」
放課後、和弥と心愛は自分たちのせいでバイトの仕事に支障をきたしてしまったことを謝りに行っていた。
「まぁ別にいいってことよ……んで、仲直りはできたのか」
「……おかげさまで」
詳しい事情を説明しようにも、あの夜は感情のままに喋っていたからよく覚えていない。曖昧な記憶の中で確かなのは、思いを伝え、実ったことによる高揚感と達成感だけ。
なのでどうしていいかわからず、和弥はその場しのぎの愛想笑いをしながら相槌を打った。
「本来ならクビにしてもいい所なんだが……貴重な看板娘とその彼氏を失うわけにはいかないからな」
「べべべつに付き合ってないですよ!ね、ねぇ和弥」
「あ、当たり前ですよ!俺となんかじゃ釣り合わないですよこんな可愛い人!」
「……か、可愛いって言うなぁ!」
次の瞬間右頬をバシッという破裂音と共に衝撃が走る。……しまった余計なこと言わなきゃよかった。
和弥はジンジンと痛む右頬をさすりながら店長の顔色を伺う。謝りに来た2人が目の前で捉え方によってはイチャイチャしているように見えることをしているのだ。さすがに呆れいるかもしれない。
しかし、その表情はどこか懐かしいものを見るような、優しいものだった。……付き合ってると思われてるなこれ。
「……付き合ってませんからね」
「どうだか。そうだ、月島、ちょっと来い」
店長はそういうと休憩部屋へと向かっていった。和弥もそれに続く。
「葉賀はもう帰っていいぞ」
「……も、もういいんですか」
「家で未来の旦那の帰りを待ってな」
「だから別に付き合っているないです!」
「……はいはい」
顔を赤らめながら心愛は和弥の方を見る。あえて言葉は発していないが、視線と手首のジェスチャーで「ここで待っていた方がいい?」と言いたいのだと分かる。
……もうほぼバレてる気がするから直接でもいいのでは。
とりあえず首を横に振っておく。予想する限り、今から店長は和弥を叱責するはずだ。さすがに迷惑をかけすぎてしまったことは言うまでもない事実。なので時間が長引く可能性があるからだ。
和弥が首を横に振ると、少し残念そうに心愛は家で待ってるねと口パクで伝え、コンビニ
を後にした。
─────
和弥は恐る恐る休憩部屋の扉を開いた。誰だって怒られるのは怖いものだ。
「そこに座れ」
「……は、はい」
いつもとなんら変わりのない休憩部屋のはずなのに、そこには確かな緊張感があった。
和弥が目の前に置かれたパイプ椅子に座るとテーブルを挟んで、店長が和弥の前に腰を下ろした。無意識に肩がビクついてしまう。
「そんなに緊張するな、別に説教なんてしねぇからよ」
「……そ、そうなんですか」
「とりあえず、これをやる」
店長はそういうとテーブルの上に1枚の封筒を置いた。そこそこ分厚い。
「開けてもいいんですか」
「おう」
言われるがまま封を開けると、そこには子供が手にしてはいけない額の札束が入っていた。少なくとも……30万はある。
「え!?こんなの頂けませんよ!」
「待て、最後まで話を聞け」
店長はどこか気まづそうに首筋辺りをポリポリと掻きながらこう言った。
「これで葉賀に誕生日プレゼントを買ってくれ」
……ちょっと待って今なんて言った?
「……こんな金どこから」
「葉賀に誕プレあげるぞって言ったらなんか皆くれた」
「……どうして俺なんですか」
「彼氏からの方が嬉しいだろ」
「いや職場でみんなで渡せば……」
「今まで何度かしようとしたんだが、『お気持ちだけで結構です』って全部断られた」
……有り得そう。もはや最近和弥の前ではほとんど見かけることのない心愛さんのクールな一面。そういう場面が容易に想像できる。
「……でもこれは受け取れません」
「別に全部貰えって訳じゃねぇ、お前も使ってくれってことだ」
「そういう事じゃなくて……」
確かにここの職員の人は心愛さんにお世話になっているだろう。その感謝を伝えたい気持ちは分かる。でも……
「人から貰った金じゃなくて、自分で稼いだ金で買います」
「月島……お前案外イケメンじゃねぇか」
「今更気づきました?」
和弥が冗談交じりにそういうと、店長は休憩部屋に鳴り響くような高らかな声で笑い始めた。……少しぐらい賛同してくれや。
「まぁ少し残念だが……仕方ないな」
店長は渋々、封筒を「秘密!」と書いてある箱の中に入れた。……店長可愛いかよ。
「あ、店長……1つのお願いが」
「なんだ?」
店長を呼び止め、どうしても本人には聞きづらいことを聞いておく。どうせなら誕生日のサプライズをしたいのだ。
「心愛さ……葉賀先輩の誕生日教えてください」
「……お前彼氏失格」
店長はそういうと休憩部屋の隅にあるカーテンを指さした。何かあるのかと思いカーテンをめくってみると、そこには「5月5日」に大きな花丸が記してあるカレンダーがあった。
「サプライズだからな、絶対バラすなよ」
「……俺、店長大好きです」
「アホかお前は」
そういうと店長はそのまま休憩部屋を後にした。部屋には静けさと異様な存在感を放つ「秘密!」箱だけが残っていた。
和弥はもう一度カレンダーに記されている心愛の誕生日を確認し、絶対に忘れてなるものかとスマホの待ち受け画面に設定した。
─────
「ただいまー」
「おかえり和弥。……怒られた?」
「……そりゃまぁこっぴどく」
「それなら私が慰めてあげよう」
「それよりお腹空きました」
「ご飯に……負けたぁ」
肩を落とし、残念そうにしている心愛さんを、見るとさっきまでは気づかなかったが、目元や頬かなり腫れて赤くなった跡がある。
「心愛さん、今日泣いたりしました?」
「……ちょっと
「欠伸で頬まで後が残るほど涙はでないと思いますよ?」
「……やっぱりバレちゃうか」
すぐに心愛さんは黙り込んでしまった。やはり何かあったのだろう。
「和弥……ちょっとだけ頼っていいかな」
「もちろんです」
「ありがと。先にご飯用意するね」
「そうですね。もうお腹ぺこぺこです」
心愛さんはもう遠慮はしないと言っていたが、まだ少し謙遜はするらしい。でもそれは遠慮と言うより謙虚と言うべきだろう。
「今日の夕食はカレーだよ」
「……にんじん入れました?」
「たまにはアレンジしてもいいかなって」
「それただの好き嫌いじゃないですか」
「……てへっ☆」
「今度無理やりにでも食べさせますから」
「それ遠回しに死ねって言ってない?」
「……にんじんに先祖殺されたんですか」
何気ない軽口を交わしながら自室へ戻り、部屋着に着替える。廊下にはカレーの香ばしい香りが漂い、空腹によって高まった食欲を大いにそそらせる。
「っと、忘れないうちに」
食欲によって脳裏の端に追いやられていた記憶を呼び起こし、スマホを起動する。
そして、カレンダーの5月5日のメモ欄に
『大切な人の誕生日!』
と書き込んだ。……誰かに見られようもんなら赤面では済みそうにないな。
「おーい和弥そろそろできるよー」
「すいません、今行きます」
胸の中がじんわりと温かくなっていくのを感じた。この温かい気持ちはなんだろうか。何かが満たされていくような感覚。
「やっぱり俺、心愛さんのこと好きです」
「な、何急に!?」
「なんとなくです」
顔を赤らめながら恥じらいの表情を浮かべた心愛を見て、ふとこんな日々がずっと続けばいいなと心の底で願った。
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