第13話 親友だったからこそ


「おーい葉賀、起きろ」

「ん……あ、すいません」

「珍しいな。お前が授業中に寝てるなんて」

「……ちょっと昨日徹夜してて」

「そうか、無理すんなよ」


 昼休みを終え午後の6限目の数学の授業。心愛は今までに感じたことの無い眠気に襲われていた。


 周りの同級生は少し動揺している様子で、物珍しそうに見る視線が集まっている。中には羨ましそうに見てくる男子の視線がちらほら。……何かよからぬ想像をしているに違いない。


 今までもテスト前や学年代表挨拶の練習で徹夜したことはあったが、その眠気は耐えれないほどというものではなかった。しかし今回の眠気は今までとは桁違いで、少し指をつねったりシャーペンで手に刺激を与えたりする程度では抗うことすら出来なかった。


「……珍しいね、私こころんが注意されるの初めて見たかも」

「まぁ……最近いろいろ大変だからね」

「そんなに和弥のことが好きなんだ」

「……い、いいじゃない別に」


 隣の席に座っている柚希はニヤニヤしながら心愛だけに聞こえる声量の軽口でからかってきた。最近は和弥との同棲が学校内でバレてしまい、直接聞かれることは少ないものの今のようにからかわれることが増えてきたのだ。


「あ、こころん。今日放課後暇ある?」

「……ごめん用事が」

「そんなにイチャイチャしたいのか」

「……それとは別の用事」


 用事というのは、この前迷惑をかけてしまった店長への謝罪を和弥と2人で行こうというものなのだが……どう説明しても言い訳だと捉えられそうなので雑に誤魔化した。


「それで……結局ゆずの用事ってなに?」

「ちょっと雑談ってとこかな。まぁ10分もかからないからさ、お願い」

「まぁいいけど……あんまり長引かせないでよ」

「わかってるって」


 放課後にわざわざ話したいこととはなんだろうかと思ったが、考えても分からないことを試行錯誤できるほどの余裕はなく、その後はいつも通りに授業を受けた。


 ─────


「それじゃあ今日はこれで終わり」

「起立、気をつけ、礼」

「ありがとうございましたー」


 帰りのホームルームが終わると、クラスと生徒は談笑したり明日の時間割を確認したりなどして、各々部活や自習室などに向かい、5分ほどで教室には心愛と美紅だけになった。


 廊下を歩く足音や人の気配も次第に聞こえなくなり、教室内に静けさが染み込んでいく。


「そろそろ話そっか」

「……そんなに周りには聞かれたくないことなの?」


 教室内に漂う静けさのせいなのか、それ以外なのか、美紅の表情には僅かな緊張を感じる。


「なんか……その、あんまり人前で話すような内容じゃないからね」

「……そ、そうなんだ」

「……」

「……」


 どこかお互いぎこちない雰囲気の中、教室内には時計の秒針の進む音だけが響いていた。


「あ、和弥だ」

「え?ごめん待たせてた!?」

「……嘘だよ」

「……話したいことってそれなの?」


 反射的に体が廊下の方を向いてしまい、からかわれてしまったことに気づき、慌てて動揺を隠そうとした。


 しかし、いつもならそこで小馬鹿にするように笑っているはずの美紅の表情は……眉を潜ませ、どこか残念そうに俯いていた。


 そして細々とした声で話し始めた。


「……こころんってさ、なんか……変わっちゃったね。柔らかくなったっていうか」

「別に……和弥のことがバレてちょっと変わったかもね」

「前はさ、私とか他の友達以外にはクールな完璧主義者で孤高した雰囲気があってさ、すごくかっこよかったのに」

「まぁ……色々あったからね」

「……そうやって誤魔化すんだ」


 美紅は今までか細かった声を段々と荒らげながら勢いよく俯いていた顔をあげ、心愛をキッと睨みつけた。


「こころんさ、私に何か隠してない?」

「……え?」

「だってさ、おかしいもん」


 心愛と美紅は幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた。だから悩みがあれば相談してきたし、相談されたら当然聞いてあげた。互いが互いのことを1番よく信頼している、親友だ。隠し事なんてするはずがない。


 しかし、その考えは美紅の一言で一変した。


「どうして私を頼ってくれなかったの?」


 ……そうだった。私は1つだけ、嘘をついていた。忘れようとするうちに自分でも気づけなくなっていた、たった1つの嘘。


「こころんの家庭事情がどうなっているは知らないけどさ、和弥にお願いする必要ってあった?こころんにはさ……頼れる相手が……私がいたじゃん。親と喧嘩したのかなんなのか知らないけど……相談ぐらいしても良かったんじゃないの?」


 美紅の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。その姿を見て、数日前、和弥と本音をぶつけあった日のことが脳裏を過ぎる。……美紅はあの時の和弥と同じ心境なのだろうか。


「……ごめん」


 ただ、それだけしか言えなかった。事情を説明したとしても……きっと美紅なら無理やりにでも心愛を庇おうとするだろう。でも、相手は権力や財力にものを言わせて平気で人を産み捨てるような人達だ。


 そして、一部とはいえその悪事の実態を知っている心愛は奴らにとって「害悪な存在」だ。小間使いさんやその知り合いや親戚の家を転々として今も尚家から逃げ続けている現状の中、美紅が心愛を匿えば、何かしらの手によって美紅やご家族に被害が及んでしまう。


 ……だから話せない。親友でも、これだけは。


「……そっか。なんかごめんね重い話しちゃって。そろそろ10分経つし、切り上げよっか」

「……うん」

「……さっきのことは、全部忘れてね」


 美紅はにへらと笑うとそそくさと教室を出て行ってしまった。足音は段々と早くなって、すぐに聞こえなくなってしまった。


 再び静けさが染み込んでいく教室の中、心愛は1人俯き立ち尽くしていた。頭の中に後悔や苦しみ、寂しさを抱えながら。


 自然と膝から崩れ落ち、溜め込んでいた涙が瞬きと共に流れ落ちていく。そのままうずくまったまま、自分の腕の中に顔を沈めた。


 嗚咽が胸の奥から込み上げてくる。


「……なんで、なんでいつも私なの」


 誰もいない教室で、ただただやり場のない感情を闇雲に発することしか……できなかった。




 ─────


〘あとがき〙

 ども、室園ともえです

 実はもう1話甘々な話書こうと思ってたんですけど、

「葉賀先輩の泊まる場所ってさ、友達の家でも良くないか?」という意見を頂きまして、

「……たしかにそうやな」

 というわけで新キャラ柚希美紅の掘り下げ、葉賀心愛の過去回想を同時に行いました

 こういう批判寄りの改善案というのはとてもありがたいです

 矛盾というのは自分では中々気づくことができませんからね(典型的な初心者の図)

 さて、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました

 ぜひ気軽に感想や★、レビュー等お願いします

 それでは、また

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