第12話 弁当と女神様と腐れ縁


「今日の昼飯どうするよ」


 昼休みになり、クラスでそれぞれが持参した弁当、もしくは学食で買えるパンなどを持ち、机を移動させている。


 本来なら和弥と裕樹もお互いに用意した昼食を食べ始めるはずなのだが、2人には今、弁当どころか一銭も持っていない。


「月島……お前金借してくれそうなアテあるか。有名人だからいけるだろ」

「馬鹿野郎。確実に殺される」

「大丈夫だ。骨は拾ってやる」

「死ぬこと前提なんですがそれは」


 ……しかしこれは由々しき事態だ。昼食抜きで午後の授業を受けたとして、あの恐ろしい睡魔に勝てるわけが無い。


「そういう田島の方は誰か借りれそうな奴いないのかよ」

「……いねぇことはないが、ちょっとな」


 田島は苦笑しながら俺から視線を逸らす。何か訳ありらしい。


 お互いに打つ手がなく、和弥がため息をこぼしたその時、


 バンッ!……メキッ


 クラスメイトの談笑を遮るがの如き勢いで教室の扉が開いた。……今あの扉の断末魔が聞こえたぞ。


 そこに立っていたのは2人の生徒。1人はこの栄開学園なら誰もが知るマドンナであり、和弥の彼女でもある葉賀心愛。その顔にはうっすらとだが恥じらいが浮かんでいる。そしてもう1人は1年C組の扉を勢いよく開……壊した、見慣れない顔の女生徒が1人。


 そしてその女生徒はクラス中の視線を気にすることなく、辺りをキョロキョロと見渡している。そして、突拍子にこんなことを言い出した。


「このクラスに『月島和弥』って人いる?」


 今度はクラス中の視線が和弥の方へと集まった。「またお前か」と言いたげな男子の視線が一直線に和弥目掛けて飛んできている。


 しかし扉を壊した生徒はそれすらも気にせずズカズカと教室に入り込んできた。その体格はとても小柄で、なんというか……威勢のいい子供のような雰囲気だ。


「あなたが月島和弥で間違いない?」

「そうだが……何か用事か?」

「この時間に来たんだから察しなさいよ。ほら、昼食。一緒に食べましょ」

「残念ながら俺たち弁当も財布も忘れちゃってて……」

「何言ってるの。あなたの分はこころん……あ、心愛先輩が作ってくれているわ」

「……へ?」


 廊下を見ると弁当を両手に持っている心愛さんの姿があった。いや嬉しいんだけども。……まずいぞこれは。


 クラスの男子から向けられる視線が死線へとグレードアップするのを察知した和弥は、急いで逃げる支度をする。


「待て月島。俺を置いていく気か」

「いや、この際ついてこい」

「……いや、それはちょっと」

「私は構いませんよ?田島さんには私の弁当の中身を差し上げますので」

「そりゃ助かる。だそうだ、田島」

「……わかったよ。行けばいいんだろ」


 こうして、和弥達4人は、教室を後にした。



 ─────




 4人が向かった先は中庭。シクラメンやパンジーなどの花々が並ぶ手入れの施された丁寧な造りの空間は、心を落ち着かせる雰囲気がある。辺りを見渡すと、既に昼食を食べ始めている生徒がちらほらといる。


「あ、あそこ空いてるよ! ラッキー!」


 柚希が言う通り、運良く中庭の2人用ベンチが2つ空いていたので、和也と心愛、田島と女生徒で座ることにした。


「自己紹介がまだだったね。私は柚希美紅ゆずきみく。こころんとは腐れ縁なの。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「いや敬語じゃなくていいよ。なんか恥ずかしいし」


 さっきまでの出来事がなかったかのように自己紹介をする柚希は小柄な体格に黒色のショートカット。くるりとした翡翠色の瞳、小動物のような小鼻にぷっくらとした薄紅色の唇。中学生が背伸びをして高校生の格好をしているような雰囲気を感じる。


「とりあえず食べながら事情は話すから、とりあえず食べちゃおっか」

「……そ、そうですね」


 気のせいかさっきから和弥と美紅しか会話していない。左を見れば恥ずかしさで顔が茹でタコのように真っ赤の心愛さん、右を見れば田島がこの世の終わりかと言うぐらいに目が死にきっている。


 心愛さんの方を見ると無言で猫柄の布に包まれた弁当が出てきた。しかし目は一向に合わせてくれない。


「その……心愛さん。弁当ありがとうございます」

「……うん。喜んでくれたなら嬉しい」

「でもいつこれ作ったんですか。朝あんなに俺に甘えてたのに」

「待っ……それ以上は」


 先程までですら真っ赤だった頬がさらに赤く染まっていく。気のせいか沸騰したヤカンのような音が聞こえる。


「ちょっと月島く〜ん。その話詳しく」


 気がつくと和弥の肩には柚希の手が乗っており、ニヤニヤした顔で楽しそうに見ていた。


 心愛さんが和弥の制服の腰あたりを指先でつかみながら「これ以上はダメ」と恥ずかしさでプルプルと体を震わせながら目で訴えてくる。


「は、早く食べないと昼休み終わっちゃいますし食べましょう!」

「そ、そうね! 冷めないうちに早く食べましょ!」

「……まぁいいわ」


 ぎこちない演技だったことは明らかだだったがどうにか諦めてくれたらしい。今後はつい口に出してしまわないように気をつけなければ……。


「なんか……2人の邪魔しちゃ悪い気がしてきたわ。私たちちょっと離れておくわね」

「え、ちょっと」

「ご・ゆ・っ・く・り♡」


 何故か戸惑っている心愛さんには目もくれず、柚希はほぼ抜け殻と化した田島をヒョイと担ぎスタスタと去ってしまった。


「あの……心愛さん?」

「お、お互い大変だね」

「……そ、そうですね」


 会話がぎこちない。家では何気ない会話のネタがすぐに思いつくのだが、立場や学年が違うとこうも話しずらくなってしまうのだろうか。


「……とりあえず食べよっか」

「そ、そうですね」


 弁当には卵焼きや唐揚げなどが入っていた。どれも見慣れたおかずなのに、人が作ったからだろうか食欲のそそる香りが鼻を突き抜けていく。


「和弥……こっち向いて」

「はい?」

「あ、あ〜ん」


 さっきよりは落ち着いているが、その顔には明らかな恥じらいがある。……やっぱり可愛い。


「はむっ……」

「ど、どう?」

「……美味しすぎます」

「そ、そっか。よかった」


 それ以上の会話はなかった。少し油断するだけでこっちまで恥ずかしくなってくるからだ。再び無言で食べ進める。


 ……全国の彼氏彼女はこんなイベントを毎日楽しそうにやっているのだろうか。俺にはまだまだ無理そうだな。


 ─────


 翌日、中庭での和弥たちのイチャつく動画が学校内のグループトークに上げられ、再び学校中で話題になった。






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