第11話 裏方が表舞台で目立ってどうする


「心愛さん……そろそろ起きないと……」

「あと5分だけ……ふえぇ〜何をする」

「少しだけって言ったじゃないですか」


 俺と先輩が付き合ってから数日が経ち、今日からは2年生も出校日。

遅刻はもうしてたまるかと早起きして、お互い食事や着替えを簡単に済ませたまではよかったのだが……


「和弥の匂いってさ、なんか落ち着くんだよね」

「……恥ずかしいんでやめてください」


 嬉しいのか恥ずかしいのか分からない。

雪のように白い肌が制服越しにとはいえ俺の背中からはその柔らかい感触が伝わってくる。好きな人にこうされるとなんとも言えない幸福感が体を満たしていく。


 ……なんでこんなことに。


 実際のところ理由はシンプル。早く起きすぎてしまったが故に時間が余りすぎてしまったのだ。

仕方が無いので朝からニュース番組でも眺めようと思っていた矢先、部屋に呼び出され、頼みがあると言われ了承した結果がこの抱き枕状態なのである。


「もう満足しました?バス来るまであと10分しかないですよ」

「和弥は嬉しくないの?普通彼女から抱き枕にされたら喜ぶもんだと思ってた」

「時と場合によります」

「贅沢なやつだな〜」


 本音をぶつけ合ってからというもの、心愛さんには一切の遠慮がなくなってしまった。ついさっきも部屋で着替える時に『彼女って一緒に着替えるのかな?』などと言い出す始末。積極的なのはありがたいがなんというかブレーキのようなものが壊れてしまっている気がする。

俺がカバーに徹しなければ。


「そろそろ行きますよ」


 先輩を押しのけようと試みるがまるで岩かと思うほどにビクともしない。

一体その細くてしなやかな腕のどこにそんな力があるのだろうか。


「まだ10分ある……そうだ!今日ぐらい学校を休んで家でゴロゴロしよう!」

「バカなこと言ってないでほら、行きますよ」

「ノリ悪いなぁ」

「……朝から甘えられたら俺理性持ちませんよ?」

「それは夜ならOKということかな?」

「……学校行きますよ」

「回答なしは肯定と言うことで」


 この際どう答えても変わらない気がしてきたので相槌だけ打っておいた。


 すると今まで腰と背中にかかっていた力がするりと抜けた。

わざわざ朝遅刻するリスクを冒してまで口実が欲しかったのだろうか。


 横目で部屋の時計を見るとバスが来るまであと5分ほどの時刻を指していた。……あの日と何ら変わらねぇじゃねぇか!


 俺が慌てた様子でスクールバッグを用意しているのを察したのか、心愛さんもようやくベッドから起き上がり、玄関へと向かっていった。その表情はやりすぎてしまったという後悔からだろうか。顔色は良くなく、額が少し汗ばんでいる。


「……さすがにやりすぎちゃったよね、私」


 その言葉通り案の定慌てているようで俺と全く視線を合わせてくれない。


「……次からは気をつけてくださいよ?」

「うん。ごめんね」

「それより今から走れます? 割とガチでギリギリなんで今」


「一応……でも私短距離苦手なんだよね」


 田島の話によると心愛さんは陸上部で長距離種目専門らしい。

短距離と違って一時的なスピードは出しづらいのかもしれない。


「ちょっと失礼しますよ」

「ふぇ!?」


 持っていたバッグを背負い、後ろを走っていた心愛さんの足を抱え浮いた腰を右手で支える。


 抱えた瞬間にローズか何かの甘い香りがしたがそんなことは気にしてられない。


「バッグ持っててもらえますか」

「う、うん……意外と力あるんだね」

「いや……腕ちぎれそうです」

「……前言撤回」


 恥ずかしそうに埋めていた顔は、俺のタブーな発言によって一瞬で鬼の形相に変わってしまった。


 許してください何でもしますから。



 ─────



 昼休み


「……で、そんなに疲れていると」

「もう足パンパン……動けねぇ」

「そういえば葉賀先輩は?」

「多分しばらく相手してくれねぇと思う」

「なんだ、もうフラれたか」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


 バスにはどうにか間に合い、学校へ着いた。


 心愛さんはと言うと……バスに乗るなり距離を取られてしまい、一言も交わすことはなかった。バスを降りるなり、スタスタと歩いていってしまったのだ。


「ご愁傷さまでした」

「勝手に殺すな」

「いやどうせ死ぬだろ……他の男子共の目を見てみろ」


 そう言われてみると他の男子からの視線……いや、死線を感じる。完全に殺意がこもってる目つきだよあれ。うん、俺死ぬなこれ。


 どうせなら死ぬ前に聞いておきたいことがある。

まぁ別にそんな予定はないんだが。


「……なぁ話は変わるが」

「なんだ?俺は守ってやらねぇぞ」

「ひでぇなおい。それより一つ質問がある」

「分かってる。『なんで俺と葉賀が付き合ってるの知ってんだ?』ってとこだろ」

「話が早くて助かる」


 実際のところ、入学して以降俺は田島に振り回されっぱなしだ。

それによって助けられていると言えばそうなのだが田島にはどちらかと言うとからかわれているという印象の方が強い。


 あの時の電話だってそう。

付き合う事ができて一段落ついたと思った矢先に『仲直りできたか?』なんて軽くストーカーじみた問いかけをしてきたときはさすがに危機感を感じたぐらいだ。


「正直こと言うとな、俺あの電話する前に葉賀先輩に会ってたんだ」

「……へぇ」

「それで色々かまをかけてみたんだ。お前が本当にあの人と同棲してるなんて信じられなかったからな」


 まぁ実際そうだろう。

傍から見たら釣り合うなんて思う人なんていないと思う。

自分のプライド云々の話ではなく、根本的に置かれている立場が違う。


 新入生の1人が学園のマドンナ射止めて入学してくるとか普通に考えると相当のスペックを期待されていたのだろう。

しかし、俺にはそんなハイスペックな能力はない。


「まぁ……その通りなんだが」

「聞いたところではクールで親しくない限り近寄り難いオーラがあるとか言われてたけどそんなのはこれっぽっちもなかったな。どっちかって言うと暗い雰囲気だったし」

「……そうだったのか」


 暗い雰囲気……恐らく無断で出ていってしまったことに罪悪感を感じていたのだろうか。


「んで、俺のこの素晴らしい予知能力は『お前と葉賀先輩が喧嘩をした』っていう仮説を立てた。んで、じいちゃんと協力してお前と和解できるように手助けしたんだ。」


「ん……じいちゃん?誰だそりゃ」

「あ、知らねぇか。あのコンビニの店長な、俺のじいちゃん」

「……そんな偶然あんのかよ」


 学校で最初にできた友達……というより悪友の祖父が俺のバイト先の店長だとか……偶然だとしてもご都合すぎるな……。


「ってなわけでお前は俺に少しは感謝してくれても……いや、するべきだな」

「バカ。そういうのは言わないのがかっこいいんだよ」

「うるせぇ。一つ貸しだからな。」

「まぁサンキュな。てかその貸しはいつ返せばいいんだ?」

「……今日弁当忘れたんで学食奢ってくれ」

「……さてはお前バカだな?」

「バカに言われちゃおしまいだな」


 てっきり貸しなんて言うもんだから何か面倒事に巻き込まれる口実にでもされるのかと思ったが、なんだか拍子抜けしてしまった。


 つい田島と目が合い、互いに苦笑する。


 友達と送る青春はこんなにも楽しいものなのかと実感できる。くだらない日常談ですら心地よいと感じてしまう。


 ついこの前までは、『自分がここにいていいのだろうか』、『俺は別にいらない存在だ』と心のどこかで思っていた。


 でも、今は違う。俺を必要としてくれている人がいる。それだけで、自分に自信が湧いてくる。


 そんなどうしようもないぐらいに温かい気持ちを胸の中にしまい、田島に学食代を渡そうと机に下げていたバッグを取る。


「あっ……」

「どうした?まさかお前……」

「……財布忘れた」

「ほんとお前、なんで付き合えたんだ?」




 ─────



〘あとがき〙

 ども、室園ともえです

 主人公とヒロインの過去編が終わり、ラブコメパートが始まりましたがいかがだったでしょうか?

 実際の作者の体験談的なものを織り交ぜながら手探りで書いてみたので、なかなかぎこちないかもしれません……

 改善点などあればお願いします

 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました

 最近例のウイルスの第二波や大雨で多くの方が自分含め多くの方が苦労していると思いますが、この小説を読んで、少しでも心に余裕が出来たらいいななんて思ってます

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 長文失礼しました

 それでは、また

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