第9,5話① 深い理由はないけどな

「また明日な」

「おう。じゃあな月島」


 俺は月島と別れ、自宅へと向かった。まだ塾が始まるには時間があるので、一旦家でシャワーだけでも済ませておきたい。


「いっけね、忘れてたぜ」


 スクールバッグからスマホを取り出しメッセージアプリを開いた。送信相手は当然今日できたばかりの友人の月島。


『いつまでもお幸せに♡』


「まぁ、こんなもんかな」


 軽い悪ふざけをしてやった。すぐに既読がついたが、返信がなかったのでおそらく心の中で「あの野郎明日絶対殺す」とでも思っているのだろう。


 今日はとても充実した日だったと思う。新学期、新しい友達や部活動、まさに絵に書いたような青春が俺の目の前に確かに存在していた。



 ───さて、楽しい時間はここまでかな。



 バス停から10分程度歩くと自宅に着いた。


 いつ見ても決して良い状態ではないよく言えば年季の入った、悪く言えばただのオンボロの自宅だ。


 昔は機能していた家庭菜園の茎や葉が家壁に蜘蛛の巣のように張り付いている。そろそろ片付けなければならないだろうか。


「ただいま……って誰もいねぇか」


 今日も当然の事ながら家には誰もいない。父が他界してしまってから母は俺を養うために夜遅くまで働いてくれている。基本母とは土日以外顔を合わせることはない。


「とりあえずシャワー浴びるか」


 まだ春とはいえそこそこ暑い。代謝がいいのか小さい頃から汗をかきやすい体質なので背中辺りが湿っているのが妙にムズムズする。


 部屋に荷物を置き、部屋着に着替えてシャワーを浴びる。身体中がスッキリとしていく感覚がなんとも言えないが心地いい。


「ふぅ……ん?」


 風呂の換気扇から聞きなれない音が聞こえる。またなにかが詰まっているのだろうか。


「……後で修理するか」


 この家は天井や壁にもうすっかりガタがきてしまっている。一応修理する金がないかと言われれば決してそんなことはない。そこそこの家に引っ越せる程の貯蓄はあるのだが、母も俺も時間がなく、いつも後回しにしているのだ。


「とりあえず晩ご飯は何にしようかな……ってまじか」


 冷蔵庫を開けてみるとそこには最低限の調味料がいくつかあるだけでメインになりそうなものがひとつもなかった。


「仕方ねぇ……コンビニで買おう」


 塾が始まる時間までにはまだかなりの余裕がある。塾の課題はもう済ませているし、気長にテレビを見たりさっき見かけた換気扇の修理をしたりして時間を潰すことにした。



 ───



「よし。これで動くかな」


 修理には思っていたより手こずったが、何とか修理することが出来た。老朽化のせいか換気扇の羽が折れて隙間に挟まっていたのだ。


 いつの間にかかなりの時間が経っていた。塾に間に合うためにはあと30分ほどで家をでなければならない。急いで着替えて荷物を用意した。


 ピコン


 ポケットにあるスマホの通知音が鳴った。メッセージアプリが通知が来たのを知らせてくれる。差出人は月島。


「なんだあいつ。こんな時間に」


『今どこにいますか? 返信お願いします』


「……あいつ送る相手間違えてやがる」


 既読無視するのはなんだか申し訳ないしひとまず送信先の誤りを伝えておこう。


『送る相手間違えとるぞ』

『すまん見なかったことにしてくれ』

『りょーかい』


 特に何事もなく会話は終わった。しかし何か後味が悪い。余計なお世話かもしれないが、さっき間違えて送られたメッセージは敬語だった。しかもそろそろ夜になろうとしているこの時間帯に今どこにいるかと聞いていたということはおそらく近しい関係なのだろう。


 月島にとって近しい関係でなおかつ敬語を使いそうな相手。俺はその条件に当てはまる人物を一人だけ知っている。


 俺の両親が離婚してからというもの、少しでも母の力になれればと幼いながらに家事や仕事の手伝いを率先してしていた。そのためだろうか昔から相手の行動を予測することが日常になっていた。


 だから今回も些細なきっかけでそういった思考が無意識にはたらいてしまい、いつの間にか予測を考えていた。


 そうやって、答えを予測し先に動く。こうするだけで母は喜んでくれた。俺がいてくれてよかったと言ってくれた。



 ……そうやって身についた自信は使い方を間違えれば自分を傷つける刃物になりかねないのだが。



 今回はどうすべきだろうか。知らぬ存ぜぬでやり過ごしてしまうのが正直一番楽だ。下手に間違って余計なことをしたと後悔するぐらいなら予め逃げていた方がよっぽどいい。


「まぁでも、今回は違うよな」


 今は昔の俺とは違う。望めば手に入る青春がもう目の前にあるのだ。家庭も過去も忘れて楽しめるかもしれない場所を手に入れることができるのだ。


「まだ……間に合うか?」


 塾の始まる時間まであと25分。まだ間に合う。


 準備を整え家を出る。バスで行く方がゆったりとしていていいのだが、今回は別だ。


 家の倉庫から自転車を取り出し、前カゴに荷物を入れる。今はバスを待っている時間が勿体ない。


「損な役回りは昔から慣れっこだぜ……」


 そう無意識に呟きながら自転車のペダルに精一杯力を込める。



 目的地はもちろん───あそこだよな。







〘あとがき〙

 ども。室園ともえです。

 最近思ったんですがこのあとがきって正直いって迷惑なんじゃないですか?

 この作品を読み終わって何かしら感じていただいた後に「ありがとうございました!」っていうのも何か鬱陶しいというか、そんな風に見られてないかなぁなんて思ってます。

 今回も読んでくださった方、ありがとうございます。よかったら感想やフォロー、レビューをよろしくお願いいたします。

 長々とあとがき失礼しました。

 それでは、また。


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