第9話 偶然と必然



 午後四時頃、私はシフト通りに仕事をしていた。

 和弥は……来る気配はない。

 それもそうはず。今頃私からの最後のメッセージを見ているのだから。


「……い、いらっしゃいませ」


 来客にいつも通りの挨拶をしているつもりでも喉がかすれているのか声が出ない。シフトが同じ店長からも困惑の視線が向けられている。


「どうした葉賀。やけに元気ないな」

「あ、いえ……疲れてるだけですので」

「そうか? キツかったら遠慮せずに帰っていいからな」

「……ありがとうございます」


 本当は具合は少しも悪くない。隠しているつもりだったが和弥が体調不良で急にシフトを変更するという連絡があってからいつもの営業スマイルもどこかへ消え、業務作業どころではなくなってしまったのだ。


 ……たぶん、和弥は今日ここには来ない。


 本当は直接言う勇気が持てなかったから、今日のシフトで一緒に働くときに一言お礼を言って家を勝手に出ていったことを謝ろうと思ってた。これは覚悟を決めるための時間稼ぎに過ぎない。


 ……現実逃避とも言えるかもしれない。


 しかし、無理にお願いして家に泊めてもらっていたのに勝手に出ていって連絡も寄越さないなんてのはさすがに和弥も怒るだろうと思ってしまい、メッセージアプリで今までのお礼と謝罪を済ませてしまったのだ。


「電話もでない……よね」


 メッセージを送信した後、やはり直接話をしようとしたが、その時にはもう既読がついていたのだ。


「すいません、これ温めてくれませんか」


 いつの間にかレジに人が3人ほど並んでいる。意識が飛んでしまっていたらしい。


「あの、聞こえてます?」

「すいません! 今すぐ!」


 慌てて弁当を逃げるように電子レンジへ運び電源を入れる。並んでいた後ろの客は店長が別のレジで対応してくれていた。申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「あの〜」

「もうすぐ終わりますので少々お待ちください」


 どれほど待たせてしまったかは分からないが向こうも少し困惑気味の顔をしている。ちょうど弁当の温めが終わり、急いでレジ袋に包んで並んでいる茶髪の青年に渡す。


「お待たせして申し訳ございません」

「謝らなくていいよ別に」

「いえ。お客様の貴重な時間を取らせてしまったので」

「謙虚だなぁ。あ、ひとついい?」

「……なんでしょうか」


 文句のひとつでも言われても構わない。接客業を行う上ではどうしても発生してしまうトラブルであり、今回の非は私にあるのだから。


 ある程度の罵声を覚悟し、唇を噛む。



「和弥と何かあった?」



 ……ふぇ?


 今、この青年は和弥って言ったの?いつから知り合って……それよりなんで私の事知ってるの……同棲バレたの!?


 ただでさえ自分のせいとはいえ精神的な疲労が溜まっている中に巨大な爆弾を投げ込まれてしまい脳内の整理が追いつかなくなってしまった。


 と、とりあえず誤魔化そう。うん。そうしよう。


「べ、別に何もトラブルなんて? 私と月島くんが? ないない、あるわけない!」

「わかりやすすぎでしょ」

「証拠はあるの? 証拠は!?」

「俺和弥の苗字月島って言いました?」

「うぐっ!?」


 悪役まがいのセリフを言ってしまったと思っていたら子供だましの推理に引っ掛かっていた。確かに私が会ってもいない人の名前をフルネームで覚えてるわけないもんね……それより今の私バカ丸出しだ……。


「とりあえず自己紹介を。俺は栄開学園1年の田島です。月島の友達やってます」

「……どうしてここに来たの?」

「近くに塾あるので寄り道です」

「どうやって私と和弥のこと知ったの」

「学校で有名だったので」


 学校で有名……私の噂ならたまには耳にするけどなんで和弥のことも一緒に?


 ……ま、まさかね。さっきから質問ばかりな気がするけどとりあえず聞いてみよう。


「学校でどんな感じに有名なの ?私と和弥」

「おぉそっくり」

「何がそっくりなんですか」

「あいつもそうやって聞いてきたんですよ」

「なんて答えたの」

「なんて答えたと思います?」


 数秒間の沈黙のあと、やっぱり知らないかと意味深な発言と共に彼はポケットからスマホを取り出し、ひとつの動画を私に見せてきた。


 そこには、家に泊めてと私が和弥に半泣きでお願いしているものを車の中から撮影したものだった。


「二人が同棲しているの、バレてますよ」

「……!? あなたが撮ったの?」

「いやいやまさか。学年のグループトークでまわってきたのを見ただけです」

「それ……拡散されてるの!?」


 もっと隠れてしていればよかった。油断大敵とはこのことだろうか。


「もう全校生徒の間で話題ですよ?『女神様を射止めた新入生がいる』って」

「……べ、べつに射止められてなんか」


 あの時は別に好きだったとかじゃない。誰にも頼れない状況下で言い方が悪いかもしれないが彼が1番都合が良かったのだ。


 ……でも、和弥はそんな私の事情なんて気にせず、私にただただ優しく接してくれた。


 むしろ射止められたのは……私の方だ。


「先輩顔赤いですよ」

「う、うるさい! 余計なお世話です!」

「……お可愛いこった」


 いつの間にか自分の顔が熱くなっている。しかも心臓の鼓動が尋常じゃない速さで動いている。あぁもうなんで……!


「話が逸れますけど、先輩明日時間ありますか?」

「……ないことはないよ」

「じゃあ明日、一緒に出かけて貰えませんか」

「……ナンパはお断りします」

「そんなことしませんよ。先輩は和弥一筋ですもんね」

「……そそそ、そんなことないし!?」


 日頃からかわれることなんてない私にとって彼の軽口は一つ一つが的確に仕掛けられた罠のように私を動揺させる。彼が上手なのか私が弱すぎるのかはさておき……和弥に今の私の反応なんて見せられな……くもないか。


 でも……なんか嫌だな。そんなの。


 ここ数日の私と和弥の生活がフラッシュバッグする。何気ないことで笑い、からかい程度に甘えて、照れる和弥をまたからかって、それでご飯食べて、またくだらないことを話して笑う。


 その生活が今、私の選択によって失われようとしている。


 バイトの貯金で生活できないこともないが、その生活を少し想像してみると、当たり前のようで大切な、あることに気づいた。



 ーーーそこにいる私は、あまりにも一人ぼっちだった。



 ……まだ、やり直せるのかな。



 ……このどうしようもない気持ちは、伝えてもいいのかな。


「あ、これ俺の連絡先です。詳しいことはこれで」

「……まだ誰もいいって」

「そろそろ塾始まるんでまた後で!」


 そういうと話しすぎて少し冷えてしまっている弁当の入ったレジ袋を持ち、あっという間に出ていってしまった。残ったのは、連絡先の記してある紙切れがひとつ。


 確か私が和弥に連絡先を渡す時もこんな感じで渡したっけ。なんというデジャブ。


 急な出来事のあまり、脳内処理がいまいち追いついていないが、一つだけ、やらなければ

 ならないことが決まった。


「すいません店長。今日少し早めにあがってもいいですか」

「やっぱり具合悪かったか?まぁ安静にするに越したことは無いしな。いいぞ」

「ありがとうございます」

「そういえば月島は今日来ないのか」

「……」

「さっきの客との会話を聞く限り月島と何かあったらしいな」


 さすがに聞こえていたのだろう。店長は私なんかよりよっぽど人生経験が長いのである程度察しているはずだ。


「……少しだけ、ケンカしました」

「どっちが先に手を出したんだ」

「別に暴力沙汰ではないんですけど……非があるのは私だと思います」

「そうか。詳しくは聞かんが悪いと思っとるんなら変に躊躇わずに思ってること全部ぶちまけた方が楽になるぞ」

「そう……ですか」


 全部……か。私がそれをしたところで和弥は理解して、許容してくれるのだろうか。『私』という大きな負担を。


「どうせならこれが私の全部です!ってぐらいにぶちまけてきな。後悔先に立たずってな」

「……そうですね。言いたいこと全部ぶちまけてやります」

「おう。なんだ、いい顔するじゃねぇか」

「もともといい顔なので」

「それはそれは。さすが女神さんだな」


 店長は察した上であえて私を励ましてくれた。昔からそうだった。他人からの前向きな言葉はいつだって背中を押してくれる。薄っぺらくなんかない、誠心誠意の本心で。


 和弥だってそうだった。下心なんて微塵もないありふれた善意の詰まった言葉。私はそれに救われていたんだ。それなのに私は勝手に何も返してあげられない自分のことが嫌になってしまって勝手に逃げてしまった。


 だから、私はまず全力で謝る。なんと言われようと構わない。全部受け止めてみせる。



 そしてーーー伝えるんだ。私の全部を。



「何ぼさっとんしてんだ。急がなきゃいけないんだろ?」

「はい。今日はお疲れ様でした」

「おう。早く行きな」


 店長はそういうと肩を伸ばして奥のレジへと向かっていった。人が少ない時間帯とはいえ、負担は増えてしまうだろう。今度改めて謝っておこう。


 休憩部屋で着替えを素早く済ませ、荷物を持ち全速力で走り出す。

 ありがたいことに追い風が吹いており、あまり走るのが得意ではない私の体を包み込むように風が支えてくれる。


 まるで早く進めと言われているかのように。



 もちろん向かうべき場所は一つしかない。


「待ってて和弥。今すぐ行くからね」


 夕暮れ頃、風も少し冷たくなり、街頭がポツポツとつき始めた。


 ───


 走り続けて体感4〜5分で目的地に着いた。全速力で走ったのでさすがに息切れで体が披露しているが休んでいる暇などない。


「よし……」


 私は今から伝える。全部を。否定されたって構わない。本音をぶつけるんだ。


 覚悟を決め、私は家へと踏み出した。





 ───


〘あとがき〙

 ども、室園ともえです。

 内容は投稿後に訂正することが多々あるので通知うるさかったらごめんなさい。

 さて、ここまで読んでくださった方ありがとう。よかったら感想やフォロー、レビューなんかをくださるともっと多くの方にこの作品を見てもらい、主のモチベや成績が上がりますので何卒よろしくお願いいたします。

 それでは、また。

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