第8話 何もかもが想定外
俺と田島は教室に入った後、担任の挨拶やパンフレットの紹介を受けていた。
「それじゃあ改めて前から出席番号順に自己紹介をしてください」
新しいクラスでの自己紹介か……それはそれぞれが自分らしさを短文で伝える、これからの学友に対する自分の第一印象を決める重大なイベント。
俺もついこの前までなら自分らしさを出そうかそれともあえてシンプルに済ませて真面目でクールなキャラと思ってもらおうかなどと思考を巡らせているだろう。
本当は昨日行うはずだったらしいのだが俺が休んでいたため一日分ずらしてくれていたのだとか。まぁ今はそれどころじゃないのだが。
『お前、葉賀先輩と付き合ってんだろ』
一部語弊があるとはいえ今日会ったばかりのはずの田島が知っているということはおそらく他にもこの既成事実を知っている人がいるのだろう。
別にただ付き合ってると思われているのであれは反リア充に悪い印象を与えているだけでまだ弁明できる。しかし……相手が相手だ。
俺が付き合っていることにされているのはこの学校はおろか周辺の住民にすらその名前が通っている“女神様”こと葉賀心愛先輩だ。もし知っているのであれば興味があったであろう男子は多いのではないだろうか。
その場合俺はおそらく多くの期待を踏みにじったことになる。つまり今するべきことは俺と先輩が一緒にいた所を見て、余計な情報を盛り付けそれを
一学年240人の三年制、合計720人の中から特定するのは困難かもしれないが、まずは一番気軽に聞ける人物である田島に後で話を聞くことにしよう。
「宮武中から来た田島裕樹です。部活は小さい頃から続けていたこともあってバスケ部に入ろうと思っています。自分から話しにいくのは苦手なので、気軽に話しかけてくれると助かります。よろしくお願いします」
気がつくと既に田島が自己紹介を終わらせていた。となると次は俺の番なのだが……やばい何も考えてなかった。
てかなんだよ田島のやつ自分から話しにいくのは苦手って。どの口が言ってるんだか……
ふと田島の方を見るとついさっきのバスでのは付けていなかった楕円形の黒メガネをかけて真面目感を演出していた。
……まずい俺の自己紹介の番だ。
別に対して目立ちたくもないので質素な挨拶程度で手早く済ませてしまおう。
「月島和弥です。部活はバスケ部に入る予定です。新しい高校生活、いろんな人と関わりたいのでぜひ気軽に話しかけてください。よろしくお願いします。」
……よし完璧。不備はなくなおかつシンプル。これでいい。
何事もなく済んで助かったと安堵していると後ろの席から何人か……おそらく男女の会話が耳に入ってきた。
「あれが噂の月島か……。顔そこまでじゃね?」
「それな。でもワンチャン中身が聖人説」
「俺はそれなら顔イケメンで中身ポンコツの方がいい」
「お前の好みなんぞ聞いとらんわ」
……顔イマイチなんですか。じゃなくてもう噂としてクラスと数人はその噂を知っているらしい。今のうちに既成事実であることを伝えておかないと噂というのは時間とともにいろいろと付け加えられ、取り返しがつかなくなってしまうかもしれない恐れがある。
もしこのまま原型をとどめていないようなものになってしまったら今後の学校生活に少なからず悪影響が出でしまうし、それでは先輩に合わせる顔がない。
「それでは今日は解散です。気になる部活動がある人は配られているプリントに部活ごとで指定された場所が記載されているので、ぜひ行ってみてくださいね」
先生の呼びかけと共にショートホームルールは終わり、各々が自分の入りたい部活の場所へと向かい始める。
現在時刻は15時半を少し過ぎたぐらい。バイトが始まるまであと三時間弱程あるが下校の時間を含めると学校にいられる時間は実質二時間もない。そのうちに噂の発生源を突き止めなければ。
「田島、さっきの話の続きいいか」
「おう。だが、その前に」
そういうと田島はメッセージアプリの「栄開学園1ーC」のグループ画面を俺に向けてきた。
「多分聞きたいことがあるだろうがそれはここで話してくれ。招待したからすぐに入れるぞ」
「今お前に聞いたらダメなのか」
「悪いが俺は見る専だ。手助けはしねぇ」
「見る専て……。てかそれだと
「これは手助けじゃねぇよ」
まぁ今のところ田島はこの噂を広めたと言うよりは他所から聞いてそれを俺に伝えただけ。噂の根源ではないはずだ。
「そんじゃ俺はそろそろバスケ部見学に行くぜ」
「おう。時間とらせて悪かったな。初日から色々助けられたし今度学食でも奢ろうか」
「それならカツカレー定食で。480円な」
「オッケー」
「サンキュ。そんじゃまたな」
俺の返事を聞くと田島はそのままバスケ部見学場所の体育館へと走っていった。気がつくといつの間にか教室には俺一人しか残っていない。
今からだと、できるだけ部活を回って誰が噂を広めたか聞いていくのが唯一思いつく噂の根源に近づける方法なのだが、相手が嘘をつかれてしまえばそれで終わりになってしまうし、そもそも全員に聞いて回っているヤツがいると変な解釈をされかねない。
田島に教えてもらったグループに参加すれば一応クラスの人たちには見てもらえるが、噂の規模か分からない以上、知らない人までその既成事実を知ることになってしまうかもしれない。
毒を以て毒を制すとは言うが、それは相手にも毒が効いたらの場合だ。噂の元を断つために噂を広げてしまっては本末転倒だ。
「とりあえずバスケ部の見学行くか」
体育館へ向かうと、勧誘の熱が凄かった。今年は三年生が卒業していまうと人数の関係で市郡大会にすら出場できなくなってしまうらしく、どうか入ってくれと部長に一人一人頭を下げていた。
だからとはいえ決して下手ではなく、むしろ個々の技術はとても高く、聞いたところによると毎年県大会ベスト8には残っているそう。部活の雰囲気もよく、とても生き生きといていた。青春の眩しさに思わず目を背けてしまう。
……俺もまだ間に合うのだろうか。
どうしようもないことを、ふと思ってしまった。ほんと……しょうもない。
部活を決定するまでまだ期間があるので入部するかはひとまず保留にした。
時計を確認すると今は三時半頃。このあとは家に帰って洗濯や晩御飯の用意をしてから先輩と一緒にバイトへ行くことにしよう。噂の件は今晩田島に聞いて情報を集めよう。
「お、月島じゃん」
「田島か。見学終わったのか」
「おう。今から帰るつもり」
「ならちょうどいいや。一緒に帰ろうぜ」
「いいぜ。軽く駄弁ろうじゃないか」
それから家に帰るまでは何気ない雑談をしながら家へと向かった。中学のことや葉賀先輩との関係、知り合った経緯など質問攻めにされたがそれは最低限答えてあとは黙秘した。
下手に舌を滑らせてしまったら一巻の終わりだからである。
こちらとしてもいくつか聞きたいことはあったのだが田島も考えは同じようで俺が教えないのであれば教えない。その姿勢を貫いていた。しかし時間は有限で、いつの間にか田島が降りるバス停に着いてしまっていた。
「また明日な」
「おう。じゃあな月島」
そういうと田島はバスを降りる直前、何やらスマホをいじっているようでICカードでも無くしてしまったのだろうかと思ったが、その心配は俺のスマホの通知画面を見ただけで余計なお世話なのだとわかった。
『いつまでもお幸せに♡』
「あの野郎明日ぶっ殺す」
しかし今日は田島に何度か助けられたのは紛れもない事実だ。さすがに噂の事前情報がなければ俺は見事に醜態を晒していたかもしれないのだから。
まぁ噂のことは明日以降でもいいだろう。というか先輩には知られないようしなければ……確実に迷惑だろう。
そんなことを考えながらバスを降り、自宅のエレベーターのボタンを押した。
そのまま乗り込み、何となく制服のポケットにからスマホを出した。
別に使いたいという訳では無いが、何となくメッセージアプリを開く。
「あ、そういやまだクラスのグループ参加してねぇんだった」
招待はされていたがそのまま放置してしまっていたのだ。別に急いでいるわけではないが遅すぎるのもそれはそれで誘ってくれた田島に申し訳ない。
グループの欄から参加を選択し、グループに入り、一言「よろしくお願いします」と挨拶しておく。
そのまま閉じようと思ったが、よく見ると葉賀先輩から数件のメッセージが送られていることに気づいた。送ってきた時間は午前11時頃。
「もしかしたら晩飯作ってくれてたりして」
先輩なら「ご飯できてるよー」感覚で送ってきてもおかしくない。というかおそらくそういう系の軽い連絡だろう。とりあえず確認しておく。
「……」
……気のせいだろうか。
俺の視力はそこまで悪くなかったはず……見間違えだろか。目を凝らしてもう一度見てみる。
「……嘘だろ」
ふと朝の出来事を思い出す。確か先輩は呼びかけても返事はなかった。いつもは余裕をもって起こしてくれていたのに。
つまり、そのときには……もう。
いや、そんな馬鹿な話があるか。
エレベーターが自宅のある階へ着いた。俺はどんどん真っ青になっていく頭の感覚に押しつぶされそうになりながら急いで家の扉を開けた。靴は並べる余裕などなくそのまま脱ぎ捨て、リビングへと向かう。
人の気配はしなかった。今朝と同じように玄関には先輩の靴はなかった。これだけならまだ先輩はバイトに早めに行っているのもしれない、きっと俺を驚かせたいんだとどうにかしていい方に思考を無理やりもっていく。
リビングには……何も無かった
先輩の荷物や寝具は跡形もなく、先輩がいたという形跡が微塵も残っていなかった。
気を張りすぎていたからだろうか。足の力が抜けて、そのまま膝から崩れ落ちた。
後悔が頭を通り抜けていく。
どうして、もっと早く気づいてあげなかった。
どうして、助けてあげられなかった。
ヘドロのようなドロっとした後悔の感情が俺の思考を包み込んでいく。
「電話……なら……」
俺はせめて電話で一言ぐらい貰えないのかと玄関に戻り電源をつけっぱなしだったメッセージアプリの画面を見る。
すると自然と涙が頬を伝っていった。そのメッセージを見るだけで、胸が締め付けられそうになるからだ。
─────
『ごめんね和弥』
『今までお世話になりました』
『身勝手な話だけど、聞いてくれるかな』
『私にもう、関わらないでください』
─────
「……少しぐらい頼ってくれたっていいだろ」
怒りだろうか。わからない何かがどんどん込み上げてくる。
何度、何度読み返してもそのメッセージが変わることはなかった。
─────変わることは、なかった。
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