第5話 ここにいる意味


 あれ……なんで和弥のベッドで寝てるんだろう。早く起きて朝ごはん作ってあげないと……。


「え……?ち、力が入らない……」


 起き上がろうと全身に力を込めたがほとんど動かない。かろうじて指が痙攣する程度に動かせるだけで、まるで金縛りにでもあったかのようだ。


「そんなに無理しちゃってたのかな……今何時ぐらい?」


 何となく視界がぼんやりしている。目を凝らして枕元にあったデジタル時計を見る。

 九時…二十分……!?寝過ごしてしまったのだろうか。

 するとふと、私がエプロンを着ていることに気づく。昨日着たまま寝た覚えはない。


「そういえば朝ごはんは作ったような……」



 ふと曖昧な記憶が脳裏をよぎった。



『かずくん、朝ごはん目玉焼きとトーストしかないけどいい?』

『全然大丈夫ですよ。作ってくれるだけでありがたいです』



「うん。目玉焼きトースト作ったのは覚えてる。……でも」


 分からないことが多すぎる。

 私は確かに朝ごはんを作って、それを和弥に食べてもらった。お礼も言われたはずだ。だけどその後の記憶がなく、気がついたらベッドで寝ていた。


 和弥は朝食を食べた後、学校に行ったはず。

 そのあとに私が体調を崩して反射的にベッドに飛び込んで寝てしまった。

 これならばことの辻褄が合う。それなら別に慌てることはない。


 私が何らかの理由で疲れていたのなら寝ていれば少しは良くなるはずだ。さっきより体に力が入るし、単なる疲れだろう。


 気だるい体を横に傾け、体を少し楽にしようとしたとき、視界の中に私を困惑させるものが置いてあった。


 和弥のスクールバッグだ。


「なんで今ここにこれが……?」


 和弥は学校に行っているはずだ。緊張して忘れ物をしたならまだ分かるがスクールバッグ丸々一つ忘れていくのはシャレにならない。

 でもさすがに和弥でもそんなヘマをするようなことはしないはずだ。


 ───ガチャン。


 家の扉が開く音がした。現状家に入ることの出来るのは私と……


「あ、先輩起きてたんですか。とりあえずスポーツドリンクとお菓子を買ってきました。気分はどうですか?」

「い、いや……その……学校は?」

「行くわけないじゃないですか。心愛先輩が急に具合悪くして、黙って学校行けるほど性根は腐ってないですし」

「でもさすがに今日は……」


 和弥にとって今日は大事な日だ。これから級友となる人達に会ったり、学校の施設案内をされたりする。もし行かなかったら翌日から確実に学校生活が不便になってしまうだろう。


「先輩なんか余計な心配してません? 別に今日行かなくても明日適当な理由つけて先生や同級生には説明しますし、オープンキャンパス行ってるので施設や教室の場所ぐらい把握してますよ」


 考えを見透かされていた。家で私が起きた時にこういうことを言われると予想していたのだろう。


「……ごめん」

「だからいいですって。謝っても具合は良くなりませんよ。あ、プリン食べますか? 柔らかいものなら食べれるかなと思って買ってきましたよ」


 ─────



 ───『ほら。これなら食べれるでしょ。どう、おいしい? 「プリン」って言うのよ』


 ─────


「……ありがと」


 ちょっとだけ昔のことを思い出した。

 あの時食べたのもプリンだったっけ。


「どういたしまして。食欲はあるみたいですし、熱がさっきより引いたのかもしれませんね。九度あった時はさすがに焦りましたよ」

「そんなに高かったんだ……ん、測ったの?」


 私は寝る時には下着は外して寝るタイプだ。妙な締めつけが気になって眠れなくなる時があるから、寝る時はよくポロシャツ1枚で寝ている。


「そりゃ具合悪そうだったら測りますよ」

「……どうやって?」

「あ……お粥作ッテキマスネ。スコシマッテテクダサイ」


 口調が急に片言になった。

 和弥は思春期真っ只中の男子高校生だし、そういう欲求があるのかもしれない。

 ……触ったなら触ったと言ってほしい。


「具合はもういい感じだしお粥はいいよ。それより……どうやって私の熱を測ったの?」


 最初は目線が右往左往していた和弥だったが、少し時間をおくと観念した様子で気まずそうに俯いた。


「その……服を少し脱がして測りました……

 み、見てないですよ!」

「……正直に言って」

「ほんとに見ても触ってもないです!俺にそんな度胸あると思いますか!?」

「ふ〜ん」


 多分和弥の言っていることは本当だろう。

 でも、それはそれで「魅力がない」と言われているようで地味に傷つく。

 他人から認めてもらおうと必死で努力して、自分を磨いて、“女神様”といった地位を手に入れて少なからず生まれた私のプライド。それを否定されたみたいで妙に闘争心が沸いた。


「へぇ〜私には魅力がないと?」

「そんなこと言ってないですよ。先輩は俺にはもったいないぐらい可愛いです」


 ……っ!?


「ば、ばか! 付き合ってもないくせに何言ってんの!」

「それぐらい可愛いってことですよ!」


 ちょっとからかってやろうと思っていたら不意打ちを食らってしまった。顔が根元から熱くなっていくのを感じる。ダメだ。頭のストッパーが外れそう……。


「……うぅぅ」

「な、なんかすいません……」

「……も、もう1回言って」


 あぁぅぅ何言ってるの私ぃぃ。

 ぼぉーっとするよぉ……。これがエンストしたエンジンの気持ちかぁ……ちょっと待って意味わかんない。


 ─────


 ───『まだやってほしいの? じゃあもう少しだけね』


 ─────


 少しだけ冷静になった脳内では、昔の記憶の鱗片がふつふつと蘇っていた。


 小間使いさん《あのひと》の声だ。

 優しくて、温かい、ふわっとしているぬいぐるみに全身を包まれているような気分になれる声だ。


「ねぇかずくん、手貸して」

「……何するつもりですか」

「いいから早く」


 そう言って差し出してもらった手を胸の方に吸い寄せ、抱きしめた。恥ずかしさは微塵も感じない。


 体がポカポカしてくる。何とも言えない温もりを感じる。このまま眠ってしまいたい。


「な、何してるんですか先輩!?」

「いいから、このまま少しだけ」

「……朝にも聞きましたそれ」

「ほんとに少しだけだから」


 そういうと和弥は大人しく腕の力を抜いてくれた。実直で素直で……昔の私みたい。

 そんなことを考えていると少しずつ睡魔が体を包み込んでいく。思考が衰弱していく中、無意識にこんなことを口にしていた。


「私が寝てもしばらく手抜かないでね。具合悪くなるかもしれないから」

「それどんな病気ですか」

「うーん……恋の病?」

「バカ言ってないで早く寝てください」

「……ちぇ〜」


 和弥もやれやれと言った表情をしている。

 ……少し本気だったんだけど。


 瞼が自然と重くなってきた。

 まだ少し熱があるのか体の節々が痛むが、それ以上に、心が満たされている。

 小間使いさん《あのひと》と一緒に暮らしていた時以来、こんな感覚はなかった。



 私はここにいたい。

 自分をさらけ出せる相手がいるから。

 でも、何が私なのか分からない。

 自分の立場を得るために奔走した私も、女神の名にふさわしい立ち振る舞いをしていた私も、和弥に甘えたい、もっと話していたいと思っている私も、どれが本当の私なのか分からない。


 でも、今の私は───



 ……あぁ、神様。

 人生で最初で最後のわがままです。



 ───今の立場なんてどうでもいい。

 だから……

 彼のそばにいさせてください……。




〘あとがき〙

 ども、室園ともえです

 ちょっとだけ加筆修正しました。ストーリーにおいて不可解な部分を少し改善したつもりです。

 話は変わりますが、もう少しで1万PVです!

 ここまで読んでくださった方々には感謝しかないです。ありがとうございます。

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 それでは、また(。・ω・)ノ

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