第4話 偽りの女神様


「……くん……かずくん、そろそろ起きて」


「ん……あぁ……」


 半開きの目にカーテンから太陽の光がくさびのように差し込んできた。


「やっと起きた。朝ごはんは作ってあるからゆっくり準備してていいよ」

「わざわざありがとうございます」


 朝から余計な気を使わせてしまったらしい。昨日の夜に考え事なんてしなければよかったとつくづく思う。


「別にいいよ。これも私なりの恩返しだし」


 そう言うと先輩は鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。


 目が次第に覚めていくとぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。

 すると、部屋のとある変化に気付いた。



 ……俺の部屋ってこんなに広かっただろうか。



 いや待てダンボールの山々は何処へ?

 というかあの古代都市のような部屋を見られたのか?

 というか片付けてくれたのか……


 ……後で考えよう。


 朝はとにかく意識が朦朧もうろうとする。起きてから一時間ほどが一番クリエイティブに頭が機能するとよく聞くが、実際そんなことはない。


 単に頭のストッパーが外れているだけだ。


 ひとまず寝間着から制服に着替え、おぼつかない足取りで洗面台に向かう。


 少し視線をキッチンに向けると先輩がキャベツを千切りにして皿に盛り付けていた。


 相変わらず可愛らしい猫柄のエプロンを着たポニーテールの姿は新妻感が溢れ出ていた。……目のやり場に困るな。


 こんな奥さんがいたら毎日幸せなんだろうなぁ。……何考えてんだ俺。


 やはり起きてから一時間は脳内のストッパーが外れるだけの時間のようだ。たった今この身をもって証明することが出来た。


「かずくん、朝ごはん目玉焼きとトーストしかないけどいい?」

「全然大丈夫ですよ。作ってくれてるだけでありがたいです」


 また料理面の家事を心愛先輩に任せていることに多少の罪悪感を覚える。

 先輩の厚意はすごくありがたいのだがこのままでは立派なヒモ野郎が誕生してしまう。


「あ、これ弁当。今日から必要でしょ?」


 再びヒモ野郎への道を進んでしまった。

 視界の隅に黄色い布で包まれたコンパクトな箱があるのは気づいていたがまさか俺の分の弁当だったとは。


「……作ってくれたんですか?」


「あんまり上手じゃないけどね。うちの学食争奪がすごいから。私も去年苦労したし。」


「ほんと色々すいません……」

「いいのいいの。ほらほら早く食べないと遅刻するよ」


 先輩はそう言って目玉焼きトーストを差し出した。……う、美味そう。

 他人が作ってくれると美味しそうに見えるのは気のせいだろうか。



 時刻を確認すると時計はもう八時を回っていた。あと十五分程度で出ないと遅刻してしまう。


 急いでリビングにあるテーブルに向かった。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれ、かずくん」


 まずトーストにかぶりつく。出来たてということもあり少しばかり熱いが、それでもちょうどいい焼き加減だ。

 外はカリッと中はフワッと、テレビでよく聞く食レポの表現だが本当にその通りの食感だ。

 次は目玉焼きも含めてかぶりつく。

 目玉焼きの半熟具合は完璧だ。合わせて食べるととろりとしている黄味とカリカリのパンの表面がベストマッチだ。



 自分で作ってもこうはならないだろう。クオリティの問題もあるが、その場合味が予想出来てしまうので新鮮味がなくなってしまい美味しさが半減してしまうのだ。



 急ぎながらもしっかりと味わいつつ、五分程度で食事を済ませ、洗面台で歯を磨き、提出物などの確認も終わったので、急いで玄関へ向かった。

 心なしか少しだけ、登校日が一週間遅い先輩を少し羨ましく思った。




 鞄を置いて座り込み、靴紐を結ぶ。すると先輩がエプロン姿のまま、玄関の方へ歩いてきた。

 見送りにまで来てくれたのだろうか。ほんとに申し訳ない……。


「……かずくん、行ってらっしゃい」


 それは、とてもぎこちない声だった。


「行ってきます」


 だけど、俺はその違和感の意味がわからなかった。



 靴の紐が結び終わり、玄関の扉を開けようとしたその時、背中に何か柔らかいものがあたる感触がしたのと同時に腰に腕をまわされ、



 先輩に抱きつかれたのだ。



「せ、先輩!?」

「ごめん、少しだけこのまま……」


 とても、弱々しい声だった。

 初めてコンビニで泊めてと言われたときよりもずっと……小さく、か細い声で。

 少し力を込めれば抜け出せたが、できなかった。

 ここで力を込めたら、先輩がいなくなってしまいそうな気がしたからだ。



 廊下に沈黙が広がっていく。



 聞こえるとはリビングのアナログ時計の秒針が進む音だけ。


 先輩は俺の背中に顔を埋めたまま微動だにしない。


「少しだけですよ……」


 反応はなかった。



 ……そのまま五分が過ぎた。



 今ならまだ、バス停まで全力で走れば十分間に合う。



 だがむやみに放っておける状況ではなかった。……お人好し過ぎただろうか。


少し体を譲ってみたが、反応はなかった。


 ……これも先輩の家庭の事情と何か関係があるのだろう。



「先輩、俺そろそろ行かないと」



 再び呼びかけたが、案の定返事はなかった。



「先輩……?」



 もう一度肩を揺すろうとすると、先輩の元々弱々しかった力がスルッと抜け、廊下に崩れ落ちた。



「寝ちゃってたんですか……」


 目をつむっているたで最初はそう判断したが、すぐに先輩が体に何かしらの異常をきたしていたのがわかった。


「う…・ぅぅん」


 顔が真っ青だったからだ。口もとを見ると、何かに耐えようとするように唇を強く噛み締めていた。


 ひとまず寝れるところに……俺の部屋のベッドしかないな。


 先輩を両手に抱えて自室に運ぶことにした。両手が塞がっていたので部屋の扉を開けるのに苦労したが、何とかベッドまで運ぶことができた。


 どうするのが正解なのだろうか。


 今は学校に行っている暇などない。


 先輩の体調が最優先だ。ひとまず熱を測ろう。恐らく探せば熱さまシートと解熱剤ぐらいならある。


 リビングから体温計を持ってきたはいいが、無抵抗な異性を少しだけとはいえ、脱がすのは多少勇気が必要だった。


 今回は仕方がないんです。

 後でなんでも言うこと聞きますから。


「先輩、失礼します」


 まずは背中のボタンを外しエプロンを脱がす。


 さて、ここからが問題だ。

 先輩は服のサイズが割とピッタリで方から体温計を通すのが難しい。

 そのため少し上着を捲らなければいけない。



 自分にはとことん甘いことは自分が一番よく知っている。



 ベッドの片隅から睡眠時にいつも愛用しているアイマスクを取り出す。


 前は見えづらくなってしまうが服を少し脱がしたときに反応してしまうよりずっとマシだ。


 アイマスクを付け、無心で体温を測った。途中で何か柔らかいものにあたってしまったようだが見えなかったから触った証拠はないはずだ。うん。これは仕方ないんだ。



 ……こ、これは不可抗力。



 ピピピ ピピピ


 そんなことを考えていると体温計が測定を終えていた。


 アイマスクを外し、体温計を確認すると三十九度二分の高熱だった。

 リビングで寝させてしまったことが問題だったのだろうか。

 あの時部屋をきちんと整理して、先輩にベッドを譲っていれば……


 しかし後悔しても熱は引かない。急いで熱さまシートと解熱剤を用意する。


 解熱剤はすぐに飲むと細菌を弱らせるために上がった熱が無駄になってしまうと聞いたことがあるので、先輩はキツいかもしれないが熱さまシートで我慢してもらおう。


 ひとまず、自分が熱だったら何が欲しいかを考える。



「ひとまずお粥とスポーツドリンクが欲しいな」



 幸い自宅の近くにコンビニがある。ついでに熱さまシートも買ってこよう。



 そうと決まればすぐに行動に移そう。制服から着替える時間が勿体ないので、財布とエコバッグを持って出かける準備は完了。



「すぐに戻りますので」



 ベッドで苦しそうにしている先輩に一言告げて、俺は自宅を後にした。




 ───




〘 あとがき 〙

 ども、室園ともえです

 最近3点リーダーという言葉を覚えました。

 Twitterで教えて頂いたのですが自分は圧倒的に他の人より基礎ができてないようです

 いっちょんわからん……


 ひとまず読んでくれた方、ありがとうございます。

 よかったら感想や応援、ご指摘よろしくお願いします。

 それでは、また。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る