第3,5話② 心愛の本音

 その夜、私はだんだんと雲行きが怪しくなっていく空を窓越しに見ながら、しばらく眠れないでいた。


「……かずくんはもう寝たのかな」


 和弥が自室に戻ってしばらく経つが、一向に寝れる気がしない。


 枕元に置いてあるデジタル時計を確認してみると、丁度十二時を過ぎた頃だった。


 どうにかして寝ようと体を左右に傾けてみたり、足を曲げて丸まってみたりと、いろんな体勢を試行錯誤してみたが全く眠れそうになかった。


 初めて男の人の家に一人で泊まりに来たことでまだ体が慣れていないのかもしれない。


 まだ和弥のことを心のどこかで疑っているのだろうか。


 いや、それはありえない……はずだ。


 和弥はきっと信用していい相手だと思う。気が利くし、優しい。そこに下心を微塵も感じない。


 だから自然と恩返しをしたくなってしまったのだ。


 和弥は一人暮らしを始めた直後に大してよく知りもしない私を匿ってくれている。


 おそらく悟られないようにしているだけで、彼にとって私は相当負担になっていると思う。


 だから、この大きすぎる恩を、少しずつ小分けしてでもいいので返しておきたい。


 ここにずっと居座る訳にはいかないのだから。


 だから、和弥が頼み事をしてきたらできる限り答えるつもりだ。

 別に家事を全部やってくれと言われても

 なんの躊躇ためらいもなく甘受しようと思う。


 それが、和弥に対する私なりの精一杯の恩返しだ。


 私から何かを求めることは極力避けて、

 今だけは和弥に尽くしたい。




 和弥は優しい。私が出会ってきた、どんな人よりも。




 今まで出会った人達は皆、私を「人」ではなく、「権力を手に入れるための通過点」として接してきた。


 私は政略結婚させるために、名門葉賀家の長女として今まで育てられてきた。


 学校でも皆に合わせることが出来ず、自分自身の指標が分からなくなって、周囲から孤立してしまった。


 親には当然相談した。


 そこで母に言われたことは今でも鮮明に思い出せる。


「不満なら出ていきなさい。あなたの代わりなんていくらでもいるのだから」


 視界が端からどんどん暗くなっていくあの感触は今でも思い出す度に吐き気がした。


 自分の努力や存在意義を根底から否定された私は、その時に庇ってくれた小間使いさんと一緒に家を出た。


 その後は小間使いさんの家で暮らしていたけど、小間使いさんは持病が悪化してすぐに帰らぬ人となってしまった。


 その寂しさを紛らわすために私は自分磨きに没頭した。自分の存在意義を否定した母を、いつか見返すために。


 自分磨きの一環として始めたコンビニのバイトでは、今まで目上の人や親族に対して様々な言葉遣いを勉強した経験を生かし、同じ仕事仲間やお客さんに積極的に話しかけ、コミュニケーションをとったことが功を奏し、今となっては“コンビニの女神 ”と呼ばれる程にまでなった。


 初めて自分の存在が必要とされていることが嬉しくて、もっと他のことにも一生懸命取り組み、自分磨きに精進した。



 ───もっと必要とされたいから。

 それが私の存在する意味だから。



 和弥は、私が自分の置かれている立場やこの複雑な事情を話したとして、受け入れてくれるのだろうか。


 ……多分、受け入れてくれると思う。

 和弥は、優しいから。


 でも、昨日や今日のような楽しい会話は……できなくなると思う。


 自分の全てをさらけ出さずに、それでも一緒にいたいというのは、傲慢ごうまんなのだろうか。


 どうすればいいかなんて、わからない。


 教わってきたこと以外何も出来ない。

 それが私、葉賀心愛という人間。


 ポツポツと雨が降り始めた。

 リビングに雨の音が広がっていく。



「どうすればいいの……助けてよ……誰でもいいからさ……」



 考えれば考えるほど心が真っ黒でドロっとしたものに覆われていく。

 微かに見える光を飲み込んでいってしまう。


 頬を大粒の涙がつたっていく。

 窓の外の雨がさらに強くなって降り注ぐ。


 家の中にいるはずなのに、何故か雨に濡らされているような気がした。





〘 あとがき 〙

 ども、室園ともえです

 今回は、ヒロインである葉賀心愛の一人称視点で物語を進展させてみました。

 この話を作っている時に、いくつか矛盾点を感じたので一話から全ての話を大幅加筆修正しました。

 個人的に結構良くなっていると思うのでぜひ読み返してみてくださいな。

……ヒロインの掘り下げが早かったのは重々承知しております。まぁこれも個人の味だと思ってくださると嬉しいです。

 酷評でも構いません。感想やレビュー、

 お待ちしておりますm(__)m

 それでは、また(。・ω・)ノ


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