第21話 地獄耳
いきなり私の地獄耳が働いた。センサーに反応するように。
深田さんが、小川さんを小馬鹿にしたようなことを言っていた。
「今一番苦労してるの小川さんじゃない? あの人俺より長いのにまだそんなんなの?」
などと笑いながら後輩に言っていた。
小川さんは他部署に呼ばれていて、今日の午前中は来ないのだ。
小川さんの担当部品は一番複雑だ。お前に出来るのかと思ったが、私には何一つ知識がないので黙っていた。
それに今、私が手をかけているのが小川さんの部品だ。
この余裕の状況でも進めないといけないほど面倒だと思われたのだろうか。
だとしたら私が手をかけたことが拍車をかけたのか。
お前に関係ないと思ったが、深田さんはそういう人だ。
ここで手を止めるわけにはいかない、意地でも平然を装わなくてはいけない。
悔しかった。
私が原因で、小川さんが悪く言われてしまった。
けれども私には反論する知識も技術も経験もない。
聞こえないふり、気づかないふりを装わなくてはいけない。
悔しい。カーストの一番上にも更にカーストがあるのだろうか。
いや企業だから、ヒエラルキーというのだろうか。
〇
休日に夏物をしまい、秋冬物を出した。ブーツも出した。
今日は美術館絵へ出かけよう。
場所に合うように、ゆったりとしたワンピースを着た。
くすんだ緑のような色に、よく解らない模様が一面にデザインされている。
美術館のスタッフが着ている制服と似ていた。
間違ってお客さんに声をかけられたらどうしようと思った。
少し前まで「まだ暑い」と思っていたのに、気づいたら長袖を着ている。
通勤ファッションからはいつの間にか夏色が消えていた。自分も周りも。
会社へ行く途中、岸田さんを見かけた。
フリフリの付いた上着を着ている。
岸田さんは、体の線が見えるような服は着ない。いつも少しゆとりのある服を着ている。
首元や
岸田さんの雰囲気に、よく合っている。
岸田さんが私に気づいて、近寄ってきた。
「おはよう、神崎さん今日もお洒落だね」
いきなり言われたので、なんと返していいか戸惑っていた。
私は先日出した秋用の服を着ていた。私の中で、秋といえば茶色だ。
白やベージュを着こなす岸田さんの方がよっぽどお洒落で羨ましいと思っていた。
けれどもここでほめ合い会話を繰り広げるのもアレなので、謙遜しておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます