漂泊者たちの聖戦

漂泊者たちの聖戦:プロローグ

 魔王なき時代に『悪』などという都合のよいものは存在しない。立場が変われば正義も変わる。『何が正義か?』という問いへの、『何が正義か』いう強者きょうしゃの答えに、『ナニが正義か!』と弱者があえぐ。そう。いくら正義の意味がゆらごうと、強弱がゆらぐことは決してない。結局、強者が奪い、血を見るのは弱者の役目なのだ。


「そんなイヤな世の中ならば、浄化リセットしちゃえばいいじゃない!」


 カトレア・チョイトヨイヨイはステージの上で小さな胸を張った。とある街の広場。整然とならぶ白いローブの男女、その数ざっと二千人。白き群衆へ向けて発せられたカトレアの声は魔法で拡声され、街中へひびきわたる。


「殺せ! 殺せるだけ殺せ! 殺して殺して殺して、殺し尽くしたのであれば自分も死ね! けがれたものを排除すれば、世界はそれだけ清くなるのだ!」


 熱弁をふるうカトレアの背後に並んでいるのは、選ばれし『聖なる子供』たち。


 いわく、浄化という名の大虐殺だいぎゃくさつののち、清く正しく心優しい『聖なる子供』たちが世界を再建すれば、この世に永遠の平和と幸せが実現すると言うのだ。『破壊と再生』を信条とする古き宗教であるダンチョネ教教義の拡大解釈。


「世界は一度死に、そしてよみがえらなければならない!」


 自分も死ねなどと言うに誰がついてゆくものか。そう考えるのが普通と思われるのだが……。


 広場が歓声に包まれる。


 その一部は【絶望の紋章】により心を支配されたカトレアの傀儡かいらい。そして残りの大半は、現在の世界に何かしら恨みを持つ者たち――そう、弱者たちの群れだ。正義の名のもとに、時代の強者たちへの復讐を果たしたい、例えこの命と引き換えとなっても。そんな物騒な想いを持つ弱者たちが、日々、カトレアのもとへと集まっていった。


「たいせつなことなのでもう一度いいます! そんな嫌な――」


 広場が微妙な空気に包まれた。



 黒煙をあげ、炎に包まれてゆく小さな村。逃げまどう村人たち。燃えさかる炎の音の狭間に聞こえてくる怒声と悲鳴。だが、ただの火事ではなさそうだ。煙がただよう道端で、ダンチョネ教の白いローブをまとった男が剣を振り下ろす。斬り伏せられた男が断末魔をあげた。


 その惨劇を背に、二人の幼子の手を引きながら必死に走る若き母親。子供は走りながら母親へいった。


「おかあさん、お父さんは?」


「だいじょうぶ、お父さんはきっと大丈夫だから!」


 子供の声に母親は涙ながらにこたえた。


 しかし、母親が子供から前方へと視線を戻すと同時に、数名の白いローブの男たちが物陰から現れ、親子を取り囲んだ。母親はあわてて立ち止まり周囲を見回すが、逃げ道はない。男たちが薄笑いを浮かべながら親子へと近寄ってくる。母親の顔が絶望に染まってゆく。


「おかあさん、こわい!」


 母親の動揺を察して怯える子供たち。母親はしゃがみこみ二人の子供を抱きしめるが、その手は震え、目からは涙があふれていた。


「どうか、どうかこの子たちの命だけは!」


「はぁ? けがれの分際で、命乞いかよ」


「ここは『完全浄化』の指示が出てるんだ、生かしておく訳にはいかねぇが……へへへ、その前にちょっとだけいい思いをさせてやるぜ」


 白いローブの男たちが母親へとにじりよる。カトレアのもとへと集まったのは自分なりの正義を目指す者たちだけではない。ただ奪い殺すことが好きなだけ。末端はそんなやからの吹きだまりとなっていた。この手の奴らがカトレアに求めるのは己の残虐行為を正当化する後ろだてだ。『世界を浄化するために最後は自分も死ぬ』つもりなど毛頭もない。


 男たちは暴行を働きやすいようにと、白いローブを脱ぎ捨てる。いままで何度繰り返してきたのか、そんな動作すら手慣れていた。だが――


「そこまでだ、ダンチョネ教!」


 男たちは背後からの声に動きを止め、声の方へと振り返る。

 そこに立っていたのは、二人の少女。


 ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませる。黒髪の少女はスカートをたなびかせ、くるりと一回転してブロンドの少女の胸の中へとおさまった――まるで、恋人同士が踊るダンスのように。


 ブロンドの少女が長剣の切っ先を男たちへと向けると、右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと光った。


 黒髪の少女はブロンドの少女の胸の中で目を細め、口元に冷たいみをうかべる。つぎの瞬間、その左腕に刻まれた紋章から青く光るルーン文字の帯が噴き出し、二人の体を包みこむ。


「正義をいつわ悪辣あくらつどもめ、この瞬殺姫が許さん!」


 ブロンドの少女の、綺麗にみ遠く響く声。


 何が正義かわからぬままに、互いを正義と支え合う二人の少女。アデッサと、ダフォディルだ。


 二人の登場に男たちは顔を見合わせた。そして一人の男が首から下げた呼び笛を特定のリズムで吹きならす。すると、まるでするかのように、いまだ燃え盛っている村のあちこちから同じリズムの笛の音が返ってくる。


「出やがったな瞬殺姫!」


「てめぇの賞金だけで国が買えるぜ!」


 笛の音に応じ、村中に潜んでいた何人もの白いローブを着た男たちが駆けつけ、アデッサとダフォディルを取り囲んだ。その数、ざっと百人。中には笛の音を聞いて逃げ出した者も数名見かけられる。混乱に乗じて、親子が逃げ出してゆくのを見届けながら、アデッサはいった。


「ほぉ。こんなに居たのか。探す手間が省けたよ」


 軽口をたたきながらも、その眼差しは冷たい殺気に満ちている。


「へへへ、覚悟しろ。お前はこれが弱点なんだろ」


 リーダー格の男がそう言うと、二人を取り囲んだ白いローブの男たちが一斉に武器を抜いた。手にしているのは短剣に長剣、槍や弓など、そのどれもが黒いオーラを放っている。


「野郎ども、やっちまえ!」


 男たちが一斉に襲い掛かった。



 ――瞬殺。



 昇った黒煙が空にとけるよりも速く、わずか数瞬のあいだに男たちが白いローブを血にそめてその場へと倒れる。


 アデッサが唯一生かしておいたダンチョネ教の男へ【王家の剣】の切っ先を突き付けた。


「ひ、ひぃぃ」


「今から真っすぐにアジトに帰れ。そしてカトレアへ伝えろ。『瞬殺姫が会いにゆく』とな」



 そして、もう一人。


 その様子を木陰こかげからのぞいていた少年。みすぼらしい服装。背中に背負った二本の刀。鋭い眼差しと結んだくちもと。その顔には冷たい決意が溢れていた。


「アデッサ……絶対に、やらせない」


 少年はそう呟くと森の中へと姿をくらませていった。

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