【番外編】瞬殺劇場★2

■支部長


 エッサの某施設。ランプの灯りがゆらめく薄暗い通路。『支部長室』と書かれたドアの前で二人の男たちが何やら押し問答をしている。二人が身にまとっているのは赤いヘムにふちどられた白いローブ。ダンチョネ教の僧兵だ。


「おい、お前が聞いて来いよ」


「えー、やだよぉ」


 どうやら何かを押し付け合っているようだ。そこへ、コツコツと通路に響く靴音が近づき、もう一人の男が現れた。二人と同じく赤いヘムの白いローブをまとっているが……胸元の飾りを見るに二人よりも格が上のようだ。


「おい、お前たち。何をやっているんだ」


「あ、先輩! 丁度よいところへ!」


「先輩にお聞きしたいことがあったんです!」


「おお、なんだ? なんでも聞いてみろ」


 あとからやって来た先輩格の男は満更まんざらでもない顔つきで無精髭をなでた。その顔をみた二人は『この先輩なら』と頷き合い、手にした一枚の紙を差し出す。


「あの……支部長の名前を知りたいんです」


「……ん?」


「今日、サザンカ僧兵長からこの名簿を出すように言われたんですが、支部長の名前がわからなくて困ってたんです」


「俺たちここへ来てからずっと『支部長』で通してるんで……それに、あの人も名乗らないじゃなスか」


 先輩格の男は眉をひそめ腕を組み首をひねるが……。


「んー……。俺も知らん」


「そうなんスか!?」


 二人は心底驚いた顔をした。


「あの人の部下になって長いが、俺もずっと『支部長』で通しているからなぁ。うちの組織、いままでそんな名簿なんてなかったし」


「……やっぱお前が聞いて来いよ」


「やだよぉ! あのひと機嫌が悪いと怖いんだもん」


 そこへ――


「おぉ、お前らぁ、なぁにやってんだよ」


「「「支部長!」」」


 巻き毛の男が現れた。

 三人の男たちはピンと姿勢を正す。そして名簿を手にした男はこれを好機と見たのか、巻き毛の男へそれを差し出した。


「あ、あのぉ、サザンカ僧兵長から……これを」


 巻き毛の男は眉をひそめて紙を覗き込み、露骨に嫌な顔をして吐き捨てる。


「俺の名前? いいよ。『エッサ支部長』とでも書いておけ」


「しかし、そういう訳には。カトレア様からのご命令のようですし」


 巻き毛の男はかなり長い間ひとりで悩んだあと、三人から視線を逸らせて小声で言った。


「タンポポ……」


「「「え!?」」」


「タンポポ・ズンドコパンパンだ……親が女の名前を付けやがったんだよ。文句あるか」


 支部長改めタンポポは眉間に皺をよせつつも頬を少し赤らめ、いまいましそうに巻き毛を掻き、『クソっ』と吐き捨てた。


 驚愕の事実に固まる三人の男たち。このミンヨウ大陸で『タンポポ』と言えば可憐な幼い女の子が連想される名前だ。


「あの……やっぱり『エッサ支部長』って書いておきます」



■カトレア様の切り札


 ミンヨウ大陸の某国のとある教会、その一室。


 豪華な家具が並ぶ部屋のなかで、エメラルドのように美しい隻眼の瞳を輝かせ、テーブルに置かれた『1/144 デージ・マギームン人形』を舐めまわすように見つめるカトレア。前から右から左から、そして見上げて見下ろして、じっくりと観察したあとふぉぉーッと溜め息をつき――


「くぅー、この造形がたまらん!」


 と、満面の笑みを浮かべる。


 そこへサザンカが駆け込んでくる。そして、息を整える間もなくカトレアへ報告した。


「カトレア様! エッサ支部がアデッサに……アデッサに、壊滅させられました! ホイサに続きこれで二ヵ所目です!」


「エッサ? エッサ……あぁ、タンポポの所か。あいつ弱いもんな……」


 カトレアはデージ・マギームン人形から目を離せずに上の空で応える。


「カトレア様、世界を戦乱のうずおとしいれるには何としてでもエッサとヤーレンの同盟を崩さねばなりません。デージ・マギームン作戦が失敗した以上は……やはり、ここは早急さっきゅうにアデッサを」


 サザンカの言葉にカトレアはピクリと反応した。そしてスッと立ち上がると赤いベルベットのカウチソファーの上に立ち、手を腰に当て小さな胸を張る。


 その姿に、サザンカは床に膝をつき、うやうやしくこうべれた。


「わたしには切り札がある」


 サザンカは無言で頷き、神に選ばれし少女の言葉を一言一句聞きらすまいと、その声に集中する。


「つー、だ」


 サザンカがハッと顔を上げた。


「……ツー、でございますか?」


「デージ・マギームンが倒されたのならデージ・マギームンツーで戦えばいいじゃない」


「ツーはありませんし、いまから作るとしても技術力が足りません」


「あそっか」


 カトレアはスパッとあきらめてカウチソファーの上へぽんと座り、陶器のように白く細い足を足を投げ出した。そして体の前で腕を組み、意味ありげにゆっくりと、左目をおおう鎖の眼帯を右手で触れた。


「くっくっく、しかたない。この封印を解く日がこようとは……」


 鎖の眼帯を投げ捨て、そっとまぶたを開く。


 左の瞳がある筈の場所で【絶望の紋章】が赤黒い輝きを放った。



■瞬殺幼女〆アデッサ


 時をさかのぼること十余年。ヤーレンの王宮。ダリアの部屋。オフホワイト地に金のかざふちで統一された家具やカーテン。可憐な花柄が織り込まれたワインレッドの絨毯じゅうたん。まさに王女の部屋の気品が漂っている。


 ダリア・ヤーレンコリャコリャはその中央へ据えられた丸テーブルでひとり、お茶を飲みながら厚い本のページをめくっていたが、ドアがそっと開く気配に気づいて振り返る。


「あら、アデッサ。いらっしゃい」


 今年六歳になった末っ子のアデッサがドアのかげからのぞいていた。


 アデッサがいつものように抱っこしてもらいに来たのかと、ダリアは本をテーブルに置き膝を向け、両手を差し出した。『アデッサったら、甘えっこなんだから』と、心のなかで言いつつも、姉妹のなかで孤立しがちなダリアは何故か自分にばかり甘えてくるアデッサが可愛くて仕方がない。


 ところが、今日のアデッサは様子が違う。ドアのかげからダリアのもとへ、とことこと歩み寄ったのだがいつものように膝の上には跳びこまず、じもじとしながらなにやら瞳を潤ませている。


(ははーん……なにかやらかしたわね)


 ダリアは泣きそうになっているアデッサが一層愛らしくてたまらない。


「ダリアねえさま……」


 もじもじしながら頑張って声を出すアデッサ。だが――ダリアはもったいをつけ、あえてツンとした表情を見せる。


「あら、なにかしら?」


 アデッサはいつも優しいはずのダリアの冷たい態度にびくっと震えた。そしてしばらくの間ほっぺを真っ赤にして考え込んだあと……


「おとうさまのだいじな花瓶をわっちゃったの……」


 そういうと、アデッサは泣きながらダリアに抱き付いた。


 腹違いだが女ばかりの十三人姉妹の中で、まるで男の子のような顔立ちの末っ子、アデッサは皆の人気者だ。そのアデッサに好かれていることはダリアにとってはステータスのひとつとなっていた。


(くぅー可愛い! 花瓶のひとつぐらい、お姉様がいくらでも直してあげるわよ!)


「まっ! それは大変!」


 ダリアはわざと驚いたふりをする。アデッサは声をあげて泣き出した。


「よしよし、大丈夫よー。ダリアお姉ちゃんが助けてあげますからね」


~~~~~


「……こ、これを……割ったの? アデッサ……」


『どうせ廊下の花瓶でも引っ掛けたのだろう』と思っていたダリアは愕然がくぜんとした。


 アデッサがダリアを引っ張っていったのは王族しか立ち入りを許可されていない王国宝物庫。その中央に飾られている至高の宝、世界に二つとない壺、【ヤーレンのあかつき】の前……いや、元【ヤーレンのあかつき】だったゴミの前だった。


 ダリアの顔が蒼白そうはくとなり、目眩めまいでその場へへなへなとしゃがみこんだ。


「アデッサ、これ、お父様……いえヤーレン……いえ世界で一番の宝もの……」


 再び声をあげて泣き出しそうになるアデッサ。


「あー、大丈夫大丈夫大丈夫!! お姉ちゃんに任せなさい!」


 ダリアは立ち上がると右腕を砕けた壺の欠片へと向ける。右腕の薬指に刻まれた【時の紋章】から銀色のルーン文字の帯が噴き出した。広い宝物庫に一瞬、銀色の光が満ちる。


「わあああ! ダリアねえさましゅごい!」


 ぽかんと口を開け、目をまんまるくして喜ぶアデッサ。さっきまでの涙が嘘のような満面の笑みをうかべてぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「えへへへ」


 ダリアは腰に手を当てて笑顔で応える。そこへ――


 パリン


 と、【ヤーレンのあかつき】が割れる音が宝物庫に響いた。


「ねぇ、ダリアねえさま、もう一回やって!」


~~~~~


 エッサの高台の屋敷。夜。遠く海をのぞむ豪華な部屋。


 いつもの安宿のベッドよりも大きなソファーでぴたりと寄り添うアデッサとダフォディル。腰を包み込むように柔らかな感触。それよりも柔らかな、触れ合う肌。


「はははッ。まさか、ダリア姉さまの紋章が同じものには二度使えないとは思わなくてさ」


 ニコニコと笑いながら『夕食のミートボールを床に落とした』程度の口調でサラリと語るアデッサ。一方のダフォディルは見開いた目をぱちぱちとしばたたかせ――


「それじゃ……【ヤーレンのあかつき】って、もうこの世には」


 と、カタカタと肩を震わせた。


【ヤーレンのあかつき】と言えば、異国の出身であるダフォディルでさえ聞いたことがあるミンヨウ大陸最大級の芸術品だ。ことわざから酒場の冗談まで、極端に高価なものとして引き合いに出されることが多い。庶民にとってみれば正に伝説の品だ。


「ははは。それが、ダリア姉さまが接着剤でくっつけたんだけどさ、お父様にバレちゃって、めちゃくちゃ叱られたなぁ。あはははは」


 ダフォディルがソファーの上でパタリと倒れた。


「ダフォ!」


「……大丈夫。びっくりしただけよ。今度はちゃんと生きてるわ」


「――もう、おどかしてッ!」


 アデッサはそう言うと横になったダフォディルの上へ覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめた。そして体をまさぐって笑わせたあと、ダフォディルの胸の谷間へ耳をつける。


「ダフォディルの、心臓の音……」


 アデッサはダフォディルの柔らかな感触につつまれながら白い肌の隅々を愛撫し、どこへ触れると鼓動が速まるのか、その変化に聞き入っていた。


 そして胸元へそっと口づけをしてからダフォディルの腰をまたぎ馬乗りとなる。見下ろすと、ダフォディルは乱れた呼吸を隠すかのように、顔に手の甲をあてがっていた。そっとひきはがし、腰から順に、体をぴたりと合わせながら、顔を顔へと寄せる。


「ダフォ……私はダフォがいてくれないと、この旅を続けられない」


 互いの肌が、互いの肌と息の熱さを感じる。


「ときどき見失いそうになる。何が正義なのかなって。

 でも、どんな時でも、私の正義はダフォディル、君なんだ」


 アデッサはもう少しだけ、ダフォディルへ唇を寄せた。


「アデッサ……」


「なんだい、ダフォ」


「また……瞬殺されちゃいそう……」


 アデッサがふと見ると……ダフォディルの魂が半分ほど体から抜けかけている。アデッサは慌ててダフォディルから体を離した。


 海風が部屋に舞い込みチェストに飾られた白い花を揺らす。

 窓辺の外では今夜も、エッサの街の明かりが瞬いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る