飛んでる二人

 サザンカはアンデッドの群れを召喚し次々とグナァムンを斬り伏せてゆく。だが、敵の数も限りない。グナァムンの光線はアンデッドたちを的確にとらえ、みるみるうちにその数を減らしていった。サザンカのローブにもすでに穴が二つ。そのふちは焼け焦げてうっすらと煙を放っていた。


「クソっ!」


 ――このままでは……ここは無理にでもカトレア様を。いや、カトレア様のお言葉は絶対。これは未来のための試練……ん、そうか!


 サザンカは意を決すると叫んだ。


「アデッサ!」


 サザンカがアデッサとダフォディルへ目を向けると無数の光線に晒された【鉄壁の紋章】が火花を散らし、いくつものルーン文字が剥がれ落ちてゆくのが見えた。


 アデッサが剣を振ると周囲のグナァムンがまとめて瞬殺される。その空間へ、すぐに新手が押し寄せる。


「サザンカ! 封印の中枢はどこだ!」


 アデッサの声に先ほどまでの余裕は感じられなかった。


 ――このままアデッサを見殺しにするのも一興いっきょう。だがここは……


 サザンカはひと呼吸勿体もったいを付けてから、不遜ふそんな表情で封印の間の一角をあごで指した。その先では、壁面にはめこまれた四角い板状のものが、鈍い緑色の光を放っている。


「封印の中枢を破壊しようにも、通常の攻撃は受け付けんぞ。どうする、瞬殺姫!」


「フッ。アタシを誰だと思ってるんだい? 行こう、ダフォディル!」


 アデッサとダフォディルは繋いだ手を確かめ、目と目で合図をすると封印の中枢へ向けダンスを踊るかのように突き進んだ。アデッサが斬り拓き、ダフォディルが攻撃を受け、火花を散らしながら一糸乱れず流れるように。


 ――フッ。敵ながら見事なコンビネーション。だが、狙いどおりだ、アデッサ。


 サザンカは二人の進撃を横目にほくそ笑むと、目の前のグナァムンに見切りをつけ、再びデージ・マギームンの操縦席へ向かって梯子を駆け上った。



 一方、壁面の緑色に輝く板へ到達したアデッサは――


「瞬・殺ッ!」


 封印の中枢へ剣を突き立てた。

 輝く板は陶器とうきのような音をたてて割れ、青白く放電しながら煙をあげる。何体ものグナァムンが一斉に動きを止め、動作音がピタリと止んだ。そして全てのグナァムンが同時にその場へ崩れ落ちる。まるで地震のような地響きがした。


「ふう。もう大丈夫だ、ダフォディル」


 アデッサは額に浮かんだ汗を拭い、いつもの笑顔を取り戻すとダフォディルを抱きしめた。


「ふはははは! ご苦労であった、アデッサ!」


 背後からカトレアの笑い声。


 アデッサとダフォディルが振り返ると、デージ・マギームンの操縦席の上で仁王立ちするカトレア。かたわらに立つサザンカ。


 そして、今まで巨大な石像のように見えていたデージ・マギームンの表面に刻まれた象形文字が薄い光を放っていた。低い振動音。熱を放ちはじめたのか、その周囲に陽炎かげろうが立っていた。今にも動き出しそうな気配がする。


「おかげでロボの封印が解けたわッ! お前はつくづく努力が裏目に出る運命にあるのだ、絶望しろ、アデッサ!」


「なんだとッ!」


 アデッサは【王家の剣】の切っ先をカトレアへ向けた。

 腕の【瞬殺の紋章】が赤い輝きを放つ。


「アデッサ!

 魔王を倒しただけでは世界は幸せにならない

 殺し足りぬのだ!


 世界は一度浄化されなければならない!

 浄化なしに、世界に幸せは訪れない!

 アデッサ、お前のやり方では世界に平和は訪れぬのだ!


 今から私がこのロボで世界を浄化する

 その上に清らかな世界を築くのだ

 よく見ておけ!」


 カトレアは小さな胸を張った。そして――


「たいせつなことなのでもう一度いいます。魔王を倒しただけでは――」


「言うな、長い!」


 アデッサが差し出した左手にダフォディルが右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。ダフォディルはスカートをたなびかせながらくるりと一回転してアデッサの胸の中へおさまる――まるで、恋人同士が踊るダンスのように。


 二人はぴったりと息を合わせてデージ・マギームンへ向けて突進する。


 カトレアはその姿を『ふん』と鼻で笑うと操縦室の中へと姿を消した。デージ・マギームン搭乗口のドアがパタリと閉まる。


『この威力、見るがよい! ポチっとな』


 カトレアの拡声された声がデージ・マギームンから発せられた。


 同時に周囲が真っ白な光に満ち――

 轟音!

 爆風!


 アデッサとダフォディルはお互いをかばいながら立ち止まった。爆音や爆風、同時に押しよせた高熱は【鉄壁の紋章】により退けられ、二人は無傷だったが……伏せた顔を徐々にあげ、驚愕きょうがくの声を発した。


「こ、これはッ!」


 地中深くに居たはずが、空が見える。それどころか、周囲の壁面すら見当たらない。


 見渡すと、封印の間どころか、丘があった一体が完全に蒸発して消えており、自分たちが巨大なクレーターの底にいることがわかった。


「なんて破壊力だ……」


『どうだ、おそれいったか! あはははは!』


 頭上から拡声されたカトレアの声が響いた。見上げると、デージ・マギームンは薄桃色のオーラを放ちながら空中に浮かんでいる。


「え、あいつ飛ぶの!?」


 ダフォディルは空に浮かぶ巨大な人型兵器を見て目を丸くした。


「くそ、これでは攻撃が……」


 アデッサは歯ぎしりをする。


『ふふふ、空中なら手も足も出まい――おや? ちょうど良い所に町があるではないか。まずはあの町から浄化してやろう』


「やめろ!!」


 アデッサは声の限り叫んだ。


 だが、その声は空中のカトレアには届かない。

 デージ・マギームンは巨大な右腕をゆっくりと上げ、コリャサの町の方角を指さした。


『照準は……これかな?』


『カトレア様、こちらでは?』


『ちょっと、私がやるから! サザンカは触らないで!』


『ハッ、申し訳ございません』


『えーと、これがロケットパンチだから、わかった、このボタンを……ポチっとな』


 デージ・マギームンが町へ向けた右腕……ではなく、地面へ向けてだらりと下げていた左腕が強烈な輝きを放ち始める。


『あれ?』


 デージ・マギームンの左腕から強烈な光線が地面へ向けて放たれた。

 真下にいたアデッサとダフォディルの目の前へ着弾する。


「うわあ!」


 光線は『ボッ』と何かが燃えるかのような音をたて、二人の目の前に直系数メートルもある深い穴を穿うがった。


 すると……地響きと共に、地中深くから岩が斜面を転がるかのような音が響いてくる。


「アデッサ……この音は!」


「そうか!」


 アデッサとダフォディルは視線を合わせ、頷き合った。



 その頃、デージ・マギームンの操縦席では、カトレアが立ったまま操縦桿を握りペダルを踏んでいた。操縦席周囲の壁には、魔法によって外の景色が映し出されている。


「間違えちゃった」


 カトレアは傍らに立つサザンカにペロっと舌を出した。


「カトレア様、やはりこちらのボタンではないかと」


 サザンカはマニュアルをペラペラとめくりながら、操縦桿に取り付けられたボタンを指さした。


「……あれ? 『熱反応接近』って書いてあるけど、なんだろう?」


「さて、何でしょうか……」


 カトレアとサザンカは計器が指し示した方向に目を向けた。すると――


 先ほどの一撃で地面へ開けた穴から空高く、熱泉が噴き出している。


 噴き出す熱泉の高さは……デージ・マギームンの飛行高度よりも高い。


 そして、その熱泉に吹き上げられて宙に舞う、青いルーン文字の帯と、赤く輝く【瞬殺の紋章】。


「あの二人、飛んでる……」


 カトレアがポツリとつぶやいた。


「はい、こちらへ向かって落ちて来ますね……」


 カトレアとサザンカはポカンと口を開けたまま顔を見合わせた。


「「うわあああああ! 回避! 回避!」」



「瞬・殺ッ!」



 ちゅどーん!




 コリャサの丘があった位置は巨大なクレーターとなり、その中心から湧きだした熱泉で満たされていった。


 アデッサとダフォディルはその縁で、水没してゆくデージ・マギームンの残骸を見送る。


「やれやれ……」


 と、溜め息をつくアデッサ。ダフォディルは憂鬱ゆううつそうにつぶやいた。


「今回はなんとかなったけど、あの二人、逃げだしたわね。また何かやらかしそう」


「うん……」


 アデッサは湯気をあげる水面をぼんやりと眺めながら気の無い返事をした。


 そしてダフォディルを引き寄せると背中をそっと撫でた。


「ちょっと、アデッサ……!?」


「せっかく美肌ローションを塗ったのに台無しだ」


「……」


 ダフォディルは改めて自分の手足を見た。二人ともほこりまみれだ。そして少し意地悪な笑いをうかべる。


「今度は私が先に塗ってあげるわ。隅々まで、ね」



 かくして、丘だけが目印だった平原の街道町コリャサは大温泉街として栄えることとなるのだが、それはもう少し未来の出来事。そこでのお話はまた、いずれ。

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