【番外編】瞬殺劇場★その1

【番外編】瞬殺劇場★その1

■活き造り


 チョイ湖畔の空き地。

 水の様に薄いかゆを死んだ表情でみつめているダフォディル。


「おーい! ダフォディルー! 釣れたぞぉー!」


 釣りから帰ってきたアデッサが獲物を片手に手を振った。

 吊り下げられた『チョイ湖オオナマズ』がビチビチと暴れる。『チョイ湖オオナマズ』は中年の不細工なオッサンのような顔をしたややグロテスクな魚だが、味はまあまあ美味しい。


(――ん?)


 ダフォディルは違和感を覚えた。

 アデッサと言えば瞬殺。なのにナマズは……生きている?


「さーて、さっそくさばくか!」


 アデッサはナイフを取り出すとシュシュシュッと、慣れた手つきでナマズをさばき始めた。


「よし、完成! 今日はナマズの活き造りだ!」


 活き造りにされたナマズの頭が『ぶはぁ』と口を動かし、ギョロリとした目でダフォディルをにらんだ。


「食えるかぁ! 瞬殺しろぉ!」



■王家の剣


 チョイ湖畔の空き地。

 水の様に薄いかゆを死んだ表情でみつめているダフォディル。


「おーい! ダフォディルー! 釣れたぞぉー!」


 釣りから帰ってきたアデッサが獲物を片手に手を振った。

 吊り下げられた『チョイ湖オオナマズ』がビチビチと暴れる。『チョイ湖オオナマズ』は中年の不細工なオッサンのような顔をしたややグロテスクな魚だが、味はまあまあ美味しい。


(――ん?)


 ダフォディルは違和感を覚えた。

 今度のナマズはやたらとデカい。

 ダフォディルと同じぐらいの大きさだ。


「さーて、さっそくさばくか!」


 アデッサはドン!とナマズをおろすと【王家の剣】を抜き、ダイナミックにガシュガシュとさばき始めた……のだが、刃がボロボロなのでなかなか切れない。


「んー、そろそろ研がないとだめかなぁ」


「前から気になってたんだけど、その剣ってヤーレン王からもらった【王家の剣】よね……」


「ああ、そうだよ。お父様にもらったんだ」


「全然手入れもせずにボロボロじゃない」


 アデッサはキョトンとした顔でダフォディルを見る。


「あ! コレね。ほら、アタシって当てれば瞬殺できちゃうからさ、別に剣なんか研がなくてもいいかなーって。本当は剣もいらないんだけどね。あはは!」


(……このいい加減な女に瞬殺された敵に同情するわ)



■カトレア様のひみつ


 赤いベルベットのカウチソファーに横たわる少女――カトレア。


 高位聖職者であることを示す白いローブをふわりとまとっているが、だらしなく投げ出された細い脚が裾を大きくめくりあげ、太腿があらわとなっている。肌は陶器とうきのように白く、髪は淡い金色だ。


 その可憐な姿に似つかわしくない、左目をおおう金色こんじきくさりの眼帯。


 カトレアはむくりと起き上がると、塞がれていない右目をパチリと開き、エメラルドのように美しく輝く瞳で周囲をきょろきょろと、念入りに見回した。そして――


「コホン、誰かいるか。いないか? いないのだな」


 と、誰もいないことを確かめると、そさくさと部屋の隅の姿見の前へと移動した。

 そしてしばし、鏡に映る鎖の眼帯をうっとりと見つめた後……。


「ハッ!」


「フッ!」


「うしゃー!」


 と、戦闘ポーズを決める。


 そして『ムフフ』と満足そうにニヤけると体の前で腕を組み、右手をスッと眉間へ添え、顔の角度を微妙に変えながら、あらためて鎖の眼帯をしげしげと観察し――


「くうーッ、カッコイイ!」


 と、頬を赤らめた。


「――お似合いです、カトレア様」


 カトレアの後ろには、いつの間にか【審判の紋章】の扉から出てきたサザンカが立っていた。


「ふぁぁぁぁぁぁぁ……!」



■チョイト エピソード・ゼロ


 地下聖堂でサザンカを退けたダフォディルは気絶をしているアデッサをかつぎ、集落へともどった。


 無人となった集落。いや、そもそもここに人などいなかった。二人がおとずれたときには、すべての村人がゾンビになっていたのだ――嫌な記憶がよみがえる。本当ならばこんな村には二度と近づきたくはない。だが、アデッサの手当てが優先だ。


 ダフォディルは爺さんの小屋へ入ると昨夜のベッドへアデッサを寝かせ、服と下着を脱がして裸にした。


 そして、血と泥で汚れた体を井戸水で湿らせた布でくまなく拭き清めてゆく。汚れの下からきめ細やかな肌があらわとなった。裸となったアデッサには普段のボーイッシュさは感じられない。女神のような曲線美にダフォディルはしばし見入る。


 だが、いつまでもそうしてはいられない。


 アデッサの体はり傷だらけで、体のアチコチには大きな切り傷が開いている。命に別状はないはずだが、よほど疲れたのか、いまだに目を覚まさない。


 ダフォディルは治癒魔法が仕込まれた絆創膏ばんそうこうで淡々と傷を塞いでゆく。


 その途中、毒刃で斬られた傷が数か所見つかり、ダフォディルは小さく舌打ちをした。手持ちの毒消しでは数がまったく足りないのだ。


【鉄壁の紋章】頼りで、薬の備えをおろそかにしてきたこと。そして、その紋章からアデッサを引き離し一人にしてしまったこをダフォディルは再び悔やんだ。


 アデッサの背中を走る毒刃の傷を毒消し魔法のパッチでふさぐ。それだけで手持ちの毒消しが尽きてしまう。


 ダフォディルはためらわなかった。


 消毒で口を清めるとアデッサの首筋の毒刃の傷に唇をつける。傷口がみたらしく、アデッサは逃げるように体をらせてうめき声をあげた。ダフォディルはかまわずに汚れた血を吸い取って吐き捨て、絆創膏で傷口をふさぐ。


 腕、手の甲、腹、腰……ダフォディルは毒刃の傷へ順に唇をつけ、毒を吸い出してゆく。アデッサはダフォディルの唇が傷に触れるたびに痛みに体をゆがませ、うめき声をあげた。


 最後に、内腿うちももの深い傷に唇を寄せるとアデッサは腰をそよがせた。ダフォディルは体が逃げないようにアデッサの両手を取り、指をからめる。そっと、唇をつけるとアデッサはびくりと反応し、強張こわばらせた両脚でダフォディルの頭をはさんだ。そのまま優しく吸い上げると、アデッサは背を反らせ、鼻から抜けるようなうめき声をもらす。ダフォディルは絡めた指をほどくと、アデッサの腰をかかえ、傷を吸いつづけた。


 手当てを終えたダフォディルは寝息もたてずに眠るアデッサの額に浮いた汗をそっと拭う。


 やれるだけのことはやったが、手当てが遅れてしまった。今夜はうなされるかも知れない。


「でも、もう大丈夫……よく頑張ったわ」


 ダフォディルはアデッサの髪を優しく撫で、額へ小さくキスをした。そして自分も服を脱ぎ、アデッサの隣で横になる。


 ――疲れた。でも、次の街はチョイト。チョイトに着けば……高級宿屋、温泉にエステにスイーツが待っている……。


 久しぶりの『自分へのご褒美』を夢見て目を閉じた瞬間、ダフォディルは深い眠りへ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る