絶体絶命
地下大聖堂。いきなり
押し寄せる何十体ものゴースト。スケルトン。レイス。
「瞬殺!」
アデッサの剣の一振りでゴーストは
だが、再び押し寄せてくるアンデッドたち。
「くッ、きりがない!」
アデッサの目の輝きはまだ失われてはいない。
しかし、息は既に上がり始めていた。
――このままでは……。
ここは一旦引くしかないか。
そんな思いが頭を
撃ち漏らしたスケルトンが振り下ろした剣が、アデッサの右肩を掠めた。
「――! 瞬、殺ッ!」
アデッサが返す刀で
大きく息を切らせ、
だが、休んではいられない。
視線を上げると、既に次の敵の波が押し寄せてきていた。
歯を食いしばり立ち上がる。
ふうっと大きく息を吐き、一息で呼吸と気持ちを整えた。
静かな気持ちで剣を構える。
右腕の【瞬殺の紋章】から赤いルーン文字の帯が
「うぉらああああ! 瞬ッ殺ッ!」
◆
再び膝をつくアデッサ。
その体は何度も敵の剣を受け血を流し、瞳の輝きは消えかけている。
大聖堂最奥の大広間は静まり返っていた。
――これで……すべて。けど、おかしい。こんな数のアンデッドは不自然だ。
とっくに気づいていたが考える時間がなかった疑問に思いを巡らせる。
可能性は一つしかない。
「……罠、か」
そして、自分はまだ敵の罠の真っただ中にいる。
この広間へ入ってからずっと感じている、肌にまとわりつくような邪悪な気配。
「そこの者、いい加減出て来てはどうだ」
アデッサは崩れ落ちた
二呼吸ほどの沈黙。
そして、赤い
「フッ、気づいていたか」
「……」
聖職者は目深にかぶっていたフードを引き上げる。
ローブの下から現れたのは、赤毛のウルフカット。鋭い眼光。キリリとした顔立ちの女性。年の頃は二十代か。
そして、
「あなたは! この集落への道を……」
――クソっ、ダフォの言うとおり、チョイトへの近道だと言ってこの森へ誘い込んだのはコイツだ。あれは死者を操る【審判の紋章】。どうりで、これだけの数のアンデッドが湧いて出るわけだ。
アデッサは聖職者を
疲れ切った目の焦点は合わず、視界が
「フッ。カトレア様が目にかけているアデッサとやらがどれだけのものか、試させてもらったが
聖職者は広間に声を響かせた。
「カトレア……ダンチョネ教か」
「いかにも! 我はダンチョネ教
――ダンチョネ教。
女教皇カトレアの名は聞いたことがある。
子供ながらに【愚者の紋章】を
アデッサは立ち上がった。
――腕が重い。足が動かない。意識が……遠い。
「ヤーレンの第十三王女アデッサ。アデッサ・ヤーレンコリャコリャ!」
震える手で、サザンカに向けて剣を構え、名乗った。
「……ほう。王女の命乞いでも見れると思ったが、死を選ぶか。それでいい。死んでしまえば貴様の体はこの【審判の紋章】の思うがまま。その死体が
「この、【瞬殺の紋章】が狙いか!」
サザンカは冷たい眼差しでアデッサを見据え、こう言った。
「世界平和だ」
「せ、世界……平和!?」
――なんだ、と?
意外過ぎる言葉にアデッサの思考が空転する。
「カトレア様が望むのは世界の平和! アデッサ……瞬殺姫よ。その目を開いて人の世を見てみろ。貴様が魔王を倒したその後、愚か者どもが取った行動はなんだ?」
サザンカの言葉に熱が入る。
「平和な暮らしを、
アデッサは
――世界平和?
なんだ、いい人じゃないか。
いい人が、私を退治しにきた、ということなのか?
そんなに私が悪いのだろうか。
これでは、私が魔王みたいじゃないか。
でも……。
ソイヤもそんなことを言っていたような気がする。
警備隊長もそんなことを言っていた気がする。
そうか……。
私が居なければ、私が居なければ世界は平和に……なるのだろうか。
よくわからない。
けど、皆が言うなら……そうなのかもしれない。
薄れゆく意識のなかで、辛うじて剣をかかげるアデッサの心にひとつの答えが浮かぶ。
――よかった。
私がこの人に殺されれば、世界に平和が
心の中に残されていた、敵へ
いや……溶けずに残っているこの塊は……なんだったっけ?
「だからこそ! 我らダンチョネ教は戦争を加速させ、愚か者ども同士を殺し合わせ、麻薬で国力を奪う! そして勝ち残った
「……」
「清き心を持つ子供以外は、男も女も
「……」
「さて、貴様にはその【瞬殺の紋章】で国を亡ぼす手伝いをしてもらいたかったのだが……」
「……あんぽんたん」
「なんだと?」
アデッサは背筋を伸ばし、王家に伝わる決闘の構えを取った。
もう手は震えていない。その目は異様な輝きを取り戻し、顔は無慈悲な獣のように険しく、その体は触れれば切れるほどの気迫に満ちている。
右腕の【瞬殺の紋章】から赤いルーン文字の帯が噴き出して宙を舞い、アデッサの体を包んでいった。
「そんなの聞いて、おちおち死んでられっかアホ聖者ッ! 【賢者の麻薬】を作ってたのも貴様らだな! ソイヤの仇だ、今すぐ瞬殺してやるッ!」
アデッサは声の限り叫んだ。
――奴に触れられれば
髪一本でも触れられれば
私は奴を瞬殺できる。
だが……。
「フッ。言い残すことはそれだけか」
サザンカはニヤリと笑うと【審判の紋章】を発動させた。
額の紋章から黒いルーン文字の帯が噴き出し、宙に魔法陣を描く。
死者を無限に呼び出すその力が
――これまでか。
ごめんよ、ソイヤ。私には幸せな世界はつくれなかった。
と、後ろから、何かが駆け寄る音が聞こえてくる。
既に振り向く気力さえない。
――敵か?
もう、ゴースト一体を瞬殺する力さえ残されていないのに。
踏んだり蹴ったりじゃないか。
もう、これで最後。
そう思った瞬間に。
「ダフォディル……」
口から
まぶたに浮かんだのは、大好きなその笑顔。
やっと気づいた。
これが、心の中で、溶けてしまわずに残っていたもの……。
「ダフォディル……」
アデッサはもう一度そう呟くと、目の前に浮かんだダフォディルの
「……ぁぁぁ」
背後からアデッサに迫る足音に加えて、何か鳴き声のような音が……いや、これは悲鳴だ。
「ぎやああああああああ! ぎやああああああああ!」
バタバタという足音が叫び声と共に、一気に大広間へと侵入してきた。
アデッサが反射的に振り返ると、そこに居たのは――
涙をちょちょ切らせ悲鳴を上げながら走ってくる、ダフォディル。
……と、ダフォディルを追いかける爺さんと、村人たち!?
「ダフォディル!?」
「ぎやああああああああ! ぎやああああああああ!」
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