はなればなれ

 翌朝、爺さんの小屋の狭い居間いまにて。


「ゴースト退治!」


 アデッサはスクッと立ち上がりテーブルへと乗り出した。瞳はキラキラキラリと輝き、お腹の底からこみ上げてくる喜びで顔がほころんでいる。今にもぴょんぴょん跳ねながら走り出しそうな勢いだ。


「そうですのじゃ。森の遺跡いせきにゴーストどもが住み着いてしまいましてのう。行商人ぎょうしょうにんの皆さんが怖がって村に近寄らなくなってしまいましたのじゃ」


「もちろん! やりま――」


「お断りします」


 欲しいオモチャを目の前に吊るされた幼児のように、詳細も聞かずに依頼へ飛びつこうとするアデッサをさえぎり、ダフォディルはクールに断った。キノコのお茶が注がれたカップをカチャリとテーブルに置き、いつものまし顔で静かに続ける。


「お困りのこととは思いますが悪霊あくりょう退治は専門外です。チョイトへ到着したら腕のいい悪霊払いのプロを探してこちらの村へ派遣しましょう。もちろん、お代はこちらで持ちます」


「ねぇ、ダフォ……。困っているんだ、助けてあげようよぉ」


 アデッサはダフォディルにぺったりとくっついて駄々だだをこねた。


「い、いやよ」


 ついつい、ダフォディルの口から本音がこぼれた。そう。『専門外』なんて言い訳でしかない。もし、これがゴブリン退治だったら、ダフォディルは二つ返事で引き受けていただろう。単にイヤなのだ。ゴーストが怖いから。


「ふん、オバケが怖いからって……」


 アデッサがグズる。図星ずぼしを突かれたダフォディルもツンと視線をらせて口をへの字に結んだ。


「ねぇねぇ、アタシが守ってあげるからさ」


 目の前のオモチャを逃すまいと、アデッサは食い下がった。もし、これがドラゴン退治だったとしても、アデッサは二つ返事で引き受けていただろう。単にモンスターを『瞬殺』出来るだけで嬉しいのにたみに感謝までされるなんて、こんなに美味しいチャンスは滅多にないのだ。


 アデッサはダフォディルの肩へぐっと手を回し、白い歯をキラリと輝かせ『大丈夫だから。ね?』と優しくせまる。一瞬、ダフォディルの心は溶けて折れそうになる……が、昨日、森でさらした醜態しゅうたいを思い出すとぷるぷるッと首を振り、キッパリとこう言った。


「私はイヤと言っているのよ。そんなに言うならアデッサ一人で行ってきて」


 ダフォディルの言葉に、アデッサは少し寂しそうに表情を曇らせた。



 幽霊が出ると言う森の遺跡は集落から小一時間ほどの距離にあった。


 アデッサは一人でその入り口に立ち、中の様子をうかがっている。遺跡と聞いていたので廃墟はいきょ廃村はいそんを想像していたのだが、どうやら洞穴を削って造った宗教の地下聖堂のようだ。


 遺跡からは邪悪な気配がただよい出し、脇を通る道まであふれていた。真っ昼間にゴーストが出てもおかしくないほどの禍々まがまがしい気配。確かに、行商人が怯えるのも無理はなさそうだ。


 ――けど、これだけの気配がするということは、中にはよほどの大物がいるはず!


 アデッサはまだ見ぬ大物への期待にムフフと笑った。


 ――にしても、また聖堂かぁ……


 アデッサはホイサでの出来事を思い出した。【賢者の麻薬】の密売組織も、打ち捨てられた聖堂を根城にしていた。この遺跡も元々はホイサの時と同じ……ダンチョネ教の施設だったようだ。


 ダンチョネ教はこの世界に数ある宗教の中でも歴史が古い宗教だ。極端な終末論が特徴的であり、一時は信者も多かったようなのだが、今では一部の狂信的信者が残るだけですっかりさびれてしまっている。


 ――そう言えば、この森へ続く道を教えてくれたのもダンチョネ教の司祭。最近なにかとダンチョネ教続きだ。


 アデッサは少し考えた末に……


 ――ま、いっか!


 と、言葉にならない違和感をスパッと割り切り、意気揚々と地下聖堂への侵入を開始した。



 集落へ残ったダフォディルはイライラした様子で部屋の中を行ったり来たり、ぐるぐると歩き回っている。


 ――アデッサのバカ! 瞬殺マニア! モンスターを瞬殺できれば何でもいいと思ってるんだから。あなた、仮にも一国の王女でしょ? もう少し自覚を持ちなさいよ、自覚を!


 と、頭の中でミニ・アデッサを正座させて『エアお説教』を続ける。


 ――だいたい、あなたは攻撃力が無限大でも『防御力はゼロ』なんですからね。剣だって本当は全然上手く使えなくて、ぜーんぶ【瞬殺の紋章】まかせで敵を倒してるだけなんですから! 一人で遺跡になんか行って痛い目にあっても……。


 ……。


「防御力、ゼロ……」


 ダフォディルは声に出してそう呟くと左腕の【鉄壁の紋章】に目を向けた。


 あの日、アデッサから受け継いだ【鉄壁の紋章】。あらゆる攻撃を跳ねのける、究極の盾。


 すべての敵を瞬殺する【瞬殺の紋章】は万能ではない。強敵から先制攻撃を受けてしまえばそれを防ぐ手立てはないのだ。それを防ぐには常に先手を取り、敵が攻撃を放つ前に瞬殺し続けなければならない。


 そのきわどい状況を防ぐための【鉄壁の紋章】なのだ。この二つの紋章がそろえば無敵の力を発揮できる。だが、揃わなければ……その力はあまりにももろい。


 胸の奥から嫌な予感が込み上げてくる。


「アデッサ!」


 ダフォディルは自分がホイサで犯してしまった『アデッサとはなばなれになるあやまち』を繰り返してしまったことに、ようやく気が付いた。


「私としたことが……」


 と、部屋を飛び出そうとしたその瞬間に、ドアが音もなく開く。


「!?」


 無言で、ゆっくりと部屋へ入ってくる爺さん。

 そして、その背後から数人の村人たち……。


 その異様な気配にダフォディルは後ずさる。

 昨日から何度も口に出しかけていたように、この集落は何かがおかしい。


 ダフォディルは腰の短剣に手をかけた――。



「ぎやああああああああ!」



 集落にダフォディルの悲鳴が響く。

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