隠遁者の森

幽霊なんて、超怖い

 昼なお暗い森の中。


 今日も二人仲良く寄り添って旅を続けるアデッサとダフォディル。

 しかし、いくら仲が良くても、ちょっとくっつき過ぎなのでは……。


「ダフォ、歩きづらい」


「しょ、しょうがないでしょ!」


 余裕があるアデッサに対し……。


 バサバサバサ


「き、キャー! キャー!」


「……ただの鳥だよ」


 おびえ切っているダフォディルは鳥の羽音はおとにビビり、アデッサに『ビタッ!』としがみついた。


 そう。何を隠そうこのダフォディル、いつもはクールなまし顔をしているのだが、オバケが大の苦手なのだ。


「そんなに怖がりでよく退魔師たいましなんか務まるな」


「わ、私は退魔師と言っても悪魔払い専門よ! 悪魔とアンデッドは別でしょッ!」


「そっか? パッと見、悪魔とアンデッドなんて区別なんか付かないけどなぁ」


「アデッサは相手を確かめる前に瞬殺しちゃうからよ」


「いやいや、流石にそれはないって。それにダフォディルは【鉄壁の紋章】を持ってるじゃないか。それ、リッチやバンパイアに攻撃されてもビクともしないぞ?」


「そーゆー問題じゃないでしょ!? 防御力なんかいくら高くたって怖いものは怖いに……! ぎ、ぎやああああああ! ぎやああああああ!」


 ダフォディルは再び悲鳴を上げると、アデッサの背中へリュックサックのように『ガシッ!』としがみついた。


「もう、大げさだなぁ。今度は何が……うわぁ!!」


 アデッサはダフォディルが指さした森の奥へと目をらし、おどろいて半歩後ずさった。


 誰も居ないと思っていた木陰から、みすぼらしい姿の爺さんが暗い表情でこちらをぼうっと見つめていたのだ。



 鬱蒼うっそうとした森の中の小さな集落。


 丸太まるたの壁に茅葺かやぶきき屋根と言うと聞こえがいいが、灰色に老朽化ろうきゅうかした流浪るろうたみ仮住かりずまいといった様子の小屋が十数軒、やや疎らに並んでいる寂れた集落だった。店は見当たらず、どうやら狩りや採取さいしゅで細々と生計を立てているようだ。


 アデッサとダフォディルはその集落のやや大きな小屋の小さな居間で、先ほど木陰から覗いていた爺さんの向かいへ並んで座り、キノコのお茶を御馳走ごちそうになっていた。


 小さな蝋燭ろうそくの炎が揺れる室内は、目が慣れてきても薄暗い。石造りの小さな無蓋むがいかまどでは鍋が湯気を立てていた。棚のパンは固そうだが、吊られている干し肉は上等そうだ。


「いやあ、すみません。大声を出しちゃって」


「ふぉふぉふぉ。いいのですじゃ。このあたりは薄気味悪うすきみわるいですからのぉ」


 はっはっは、と、アデッサと爺さんが笑う。


 ダフォディルは取り乱しているところを見られてしまったのが恥ずかしいのか、そのかたわらで色白な顔を少し赤らめ、視線を部屋の隅へ向けてモジモジしていた。


「さて、お二人はこれからどちらへ?」


「ホイサを出てチョイトへ向かう途中だったのですが……」


「おやおや、だいぶ道を外れているではないですか。2日も遠まわりだ」


「はい。途中で親切な人に近道を教えていただいたのですが……どこかで道を間違えてしまったようです」


「そうですか。いずれにしろ今からでは森を抜ける前に日が暮れてしまう。息子が使っていた部屋が空いていますので、今日は泊っていきなさい」


 爺さんはニコリと笑った。



 簡単な夕食を済ませ、二人は案内された部屋へと移動した。

 部屋にはセミダブルのベッドが1つ。野宿を覚悟していたのでベッドで眠れるだけマシだ。


 アデッサはベルトを取ってブーツを脱ぎ、少し考えてからそのままパンツ1枚になるとベッドへごろんと横になった。


 ダフォディルは何も言わず淡々と下着姿になるとその横へ寝転がり、二人の胸元まで毛布を引き上げる。


「……騙されたのよ」


 天井を眺めながらダフォディルが呟いた。


「……誰が」


「私たち」


「……誰に」


「こっちの道を教えたダンチョネ教の司教よ。途中で分かれ道なんてなかったもの」


「考え過ぎだよ……」


 アデッサは『別にいいじゃないか』とでも言いたげに応えると、ダフォディルの体を毛布の上からぎゅっと抱きしめた。


「森でさんざん抱き付いてきたからお返し」


 ダフォディルの頬が少し上気する。


「こ、この村……なんだか、薄気味悪いわ」


「大丈夫……」


 アデッサが毛布とダフォディルの下着の隙間へするりと腕を滑り込ませる。


 ダフォディルはくすぐったさに耐えるかのように顔を背けて身をよじらせたが、逃げはしない。二人の体が離れたその隙間へアデッサがぴたりと詰め寄った。ダフォディルの甘い息が漏れる。アデッサが赤く染まった耳元へ口を寄せ、呟く。


「大丈夫だって……」


 アデッサの腕に力が入る。

 ダフォディルはシーツを掴みまぶたしばたたかせた。


 もちろん、ダフォディルは知っている。


 ――これ、アデッサが寝るパターン。


 冷静さを取り戻し、横目でチラリとのぞくと……やはり、アデッサは眠りについていた。


 ダフォディルは暫くそのままの姿勢でぼんやりと天井を眺める。


 やがて、もう一度横目でチラリと確かめてから、アデッサを起こしてしまわぬよう、もぞもぞと、向き合うように体勢を整えた。そして、じっと、アデッサの唇を見つめる。じっと……、じーっと……。


 決心が固まってゆくにつれ、ダフォディルの胸の鼓動こどう破裂はれつしそうなほど高鳴たかなってゆく。


 そして、ダフォディルの唇が3ミリほどアデッサへ近づいたところで――


「ところでダフォ、この村って……」


 アデッサがパッチリと目を開けた。

 ダフォディルの心臓は止まりかけた。


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