第2話 どんな服を着たらいいのだろうか

 俺は、クローゼットの中の洋服を物色していた。「あおぞら商店街」に行くには、どのような格好がふさわしいのか、決めかねていたのだ。普段はTシャツにジーンズといったラフな服装を好むのだが、行く場所は何といっても「あおぞら商店街」なのだ。ネットで調べた限りでは、ドレスコードはないらしいのだが、TPOをわきまえないといけないだろう。大金持ちが入場券を購入してまで、通う場所なのだ。燕尾服ぐらいがふさわしいのではないか。しかし、そのようなものを持っているわけもなく、結局俺は大学の入学式の時に買ってもらった紺色のスーツにすることにした。

 中村もスーツにすることに決めたらしい。なんでも新しいスーツと革靴を買ったそうだ。アルバイトをしてコツコツと貯めていたらしい。俺はゲームの課金にバイト代を投入していたことを後悔した。中村のアルマーニのスーツと俺の吊るしで買ったスーツじゃ、並んで歩くのも恥ずかしいけれど、ない袖は振れぬのだから仕方がない。

 そもそも商店街に行くのだから、見学だけをして帰るわけにいかない。買い物をしにいくのだ。何を買おうか。それが問題なのだ。売っているものは、基本的にはネットで手に入るものと同じらしいのだが、その額はネット上で買う場合よりも高い。大根を例にとって考えても、ネットでは一本一五〇円であるが、「あおぞら商店街」では三〇〇円はする。倍の値段なのだ。どんな大根なのだろうか。やはり金持ちが好んで買うものだから、俺たちが普段食しているものとは異なる種類なのだろう。

 中村は駄菓子屋に行きたいと言っていた。あいつは無類のお菓子好きだ。鞄の中にはいつもいくつかの菓子が入っている。大学の講義が終わったら、自販機で買った甘いコーヒーを飲みながら、菓子を食べている。

 お菓子なんてどこで買っても一緒だろうと俺は笑ったが、あいつはそれが違うんだと力説した。「あおぞら商店街」の駄菓子屋には、白髪頭のおばあちゃんがいるらしいのだ。そのおばあちゃんと喋らないと、お菓子を買えないというシステムなのだ。ネットでなら、そんな面倒なことをしなくても買える。クリック一つで、大量のお菓子がすぐに宅配ドローンで送られてくるのだ。金持ちとやらは、時間が有り余っているのだろうから、暇つぶしにおばあちゃんと話をするのかもしれない。

 こう考えていると、「あおぞら商店街」というのは、どうも金持ちの金と時間を無駄に費やすためだけのものではないかと思えてきた。やはりここで常にショッピングをしている金持ちに笑われないためには、それなりの服装をしないといけないだろう。俺も革靴ぐらいを新調しようか、かかと部分が履きつぶされた靴を見ながら、ぼんやりと考えた。

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