金持ちしか手に入れることができないチケットを友人からもらったので、「あおぞら商店街」に行くことになった。
山脇正太郎
第1話 チケットくるゝ友
「えー、『徒然草』の中で、えー、兼好法師は、えー、このように述べております。よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。えー、このように書かれておりますが……」
お歳を召されて大変偉いであろう教授様が、黒板の前で『徒然草』の解説をしている。俺は大講義室の後ろの席で、講義を子守唄に突っ伏していた。昨夜遅くまでゲームに夢中になっていたせいで、俺は眠くて仕方がなかった。今の俺にとって必要なのは、この睡眠負債を解決することであり、「よき友」よりも深き眠りであった。
「おい。起きて、見てみろ」
隣の席に座っていた中村が、肩を揺さぶる。眠いんだけどな。あんまり執拗に俺の肩を揺さぶるもんだから、俺は渋々顔を上げた。
「なんだよ、かわいいグラビアアイドルでも見つけたのか。寝不足なんだよ。わざわざ起こすなって」
「どうせ、ゲームをしていたんだろ。まあ、起きるだけの価値があるものを手に入れたんだ」
「くだらないものだったら、学食おごりだからな」
ぶつぶつ言いながらも、俺は中村の方を見た。彼は一枚のチケットを手にしていた。チケットには「あおぞら商店街入場券」と太めのゴシック体で書かれていた。俺の中のスイッチが一瞬でオンになった。こいつは、やばいだろ。
「おいおい、どうしたんだよ。銀行強盗でもしたのかよ」
中村は、ニヤニヤしている。
「いやいや、俺にも運が回ってきたっていうか」
「やっぱり強盗か」
「するわけないだろう。バイト先のおばちゃんにもらったんだよ」
俺は耳を疑った。こんなプレミア品をくれる人がいるなんて信じられない。「あおぞら商店街」と言えば、誰もが憧れるホットスポットだ。
二十世紀末から急速に普及し始めたインターネットによって、生活環境は大きく変化した。ネットで品物を買うということが当たり前になり、クリック一つで商品を買うことが可能となった。さらに、メタバースが急速に普及し、多くの体験が仮想現実の中で可能となった。その範囲は、買い物だけではなく、ライブや旅行など様々だ。普及した理由はいくつかあるが、その一つはメタバースでの体験は手軽であり、かつ安価だったからだ。実際の体験をするには、時間と高額な料金がかかる。リアル体験は、金持ちの特権になったのだ。
ちなみに、教育に関しては、知識の伝達のみでは人格の完成には至らないとされ、リアルでの体験が基本となっている。だからこそ、親元を離れて一人暮らしをさせていただいている俺は、毎晩オンラインでゲームに興じ、大学の大会議室でウトウトと寝むりながら、ありがたい講義を聴いているのだ。
「あおぞら商店街」というのは、昔ながらの人情味を売りにしたリアルな商店街だ。「一度は行ってみたい場所ランキング」に五年連続一位を獲得しているぐらいなのだ。あまりの人気ぶりに、入場制限がかかっていて、闇市場では入場券が高額で取引されている。確か一枚十万円は下らないはずだ。
「おいおい。おばちゃんは大富豪なのか」
「いや。なんかさ。おばちゃんが雑誌の懸賞で当てたらしいんだ。で、今度の日曜日に友達誘って行こうと約束していたらしいけれど、その友達が用事が出来たらしく行けなくなったんだって。有効期間もあるし、使わなかったらもったいないから、俺に友達誘って行ってきなさいって言うんだよ」
「おいおい、おばちゃん、いい人すぎだろ。今世で解脱するつもりか」
俺は両手を合わせて、なむなむと唱えた。神様、仏様、おば様。
チーン。中村もそれに合わせて、おどけた。
「行くだろ。あおぞら商店街」
「おいおい、行かない理由なんかあるのかよ」
かの兼好法師は、こう記した。よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。
昔の人は、よくわかっていらっしゃること。俺はチケットと中村の顔を交互に見つめた。
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