3-2

 ジョアンナの操る馬車に乗って、向かうは郊外にある古い邸宅。

 小高い山を越えていく。

 街中では感じられない、爽やかな自然の風が車窓に流れ込んでくる。

 新緑の季節。これから今少し暑くなりそうな、そんな気配を感じる野山。


 ゲイル公の邸宅は、そんな丘の中腹にあった。

 地面をならして作られた道。

 左側には斜面に沿って畑が築かれ、農夫がくわを振り上げ土を起こしている。

 右手には背の高い柵。

 その奥には馬や羊や、鶏などが放し飼いにされている。


 街から1時間と少しの道のり。

 玄関の前で馬車を横付ける。

 ジョアンナが先に降りて、馬車のドアをあけて待つ。


「そんなことしなくたっていいのに」


「いえ、これが仕事ですので」


 ジョアンナは至って真面目に構えている。

 堅苦しいが、そう言うのなら仕方がない。 

 サラは肩をすくめて、タラップを降りる。


 ゲイル公の邸宅は、木造の一階立て。

 黒茶色の外壁は丸い窓がいくつかあけられている。

 貴族の邸宅としては、かなり質素な作りだった。


 玄関の引き戸が開き、中から老婦人が現れる。

 給餌長のステラだ。

 

「サラ・ウィリアム様ですか」


「ええ。そうです」


「お待ちしておりました。ささ、どうぞ中へ。主人がお待ちしております」


 柔和な笑みを浮かべて、リサが玄関ドアを開いて招く。

 ステラに続いて、2人が邸宅の中に入る。

 玄関から入ってすぐのところにリビング兼キッチンがある。


 黒革張りのソファが二つ。

 間には背の低いテーブルが設置されている。

 壁際には薪ストーブ。

 そばには縄でまとめられた薪が置いてある。


「ここでお待ち下さい。いま主人を呼んできますから」


 ステラは2人をソファに座らせると、そそくさとリビングを出ていく。


「意外と、質素な暮らしをしているようね」


 絵画や彫刻。また金品なども見当たらない。

 貴族ともなれば自分の力を誇示したくて、自画像だの彫刻だのを、金によりをかけたものを、目立つところに飾っているものだ。


 だが、リビングを見る限り、ゲイル公はそう言った権威に無縁の人物らしい。


「ここにきたことはある?」


「隊長殿の付き添いで一度だけ」


「その時から、こんな感じなの」


「ええ。ゲイル公自身、あまり金のかかるものは好んでいらっしゃらないようですので」


「そう」


 会話をしていると、リビングの奥からカラカラと車輪の音が聞こえてきた。

 車椅子の音だ。

 押すのはステラ。

 乗っているのは、痩せ細った老人。

 坊主頭。

 痩せた体には不釣り合いな、鋭い目つき。

 彼こそがヘンリー・ゲイル。その人なのだと、サラは悟った。


「いや、そのままでいい」

 

 腰を上げかけた2人を、ゲイルが手で制す。


「楽にしてくれ」


「はっ、失礼します」


 頭をさげつつ、サラとジョアンナはソファに座り直す。


「遥々こんな場所によく来てくれた。本当なら私の方から出向くのが筋なのだが、見ての通り、情けない体のせいで、それも出来ん」


 両手を広げ、ゲイルは自分の細くなった体をサラたちに見せる。


「貴方様がお気になさる必要はありません。大した距離ではありませんから」


「大した距離ではない、か。さすが勇者と旅をした御仁だな。まったく頼りになるよ」


 シワクチャの顔に、笑い皺が浮かび上がる。


「少しまっていなさい。ステラに飲み物を持って来させよう」


「いえ、そんなお気遣いは」


「遠慮することはない。ステラ、飲み物を持ってきておやり」


「かしこまりました」


 ステラは柔らかく頬を緩めて、とことことキッチンの方に向かっていく。


「あいつには5人の息子たちがいるんだが、大家族を養ってきたせいか、その時の加減で料理や飲み物を用意するくせがあるのだ」


 車椅子をサラの方に寄せて、彼女の耳元にゲイルが小声で言う。


「飲み物も食べ物も、私には多すぎるくらいなのだ。だから、少し消費するのを手伝ってくれ。なんだったら、君らの部下や家族に持っていってくれても構わないから」


「は、はぁ」


「よろしく頼むよ。君も、遠慮せず飲んで食べてくれ」


 サラからジョアンナに視線を向ける。

 

「あ、ありがとうございます」


 恐縮しながら、ジョアンナは深々と頭を下げる。


「何を話しているんですか」


 ステラが戻ってきた。

 両手でもったトレー。

 その上にはレモネードの入った容器とグラスが3つ乗せられている。


「いや、なんでもない」


「また私の悪口でも言っていたんでしょう」


「いいや、君の作るものはなんでもうまいから、遠慮せず言ってくれと、彼女たちに言っていたんだよ」


「そうなんですか」


 ステラが眉をよせながら、疑いの目をサラとジョアンナを見る。

 返答に困った彼女たちは苦笑いを浮かべて、回答を濁すことにした。


「お菓子もお持ちしますからね。飲み物のおかわりがいるようでしたら、いつでも呼んでくださいな」


 ステラはため息をつくと、トレーを持って下がっていった。


「さぁさぁ、飲んでくれ」


 容器を手に持つと、ゲイルはコップに注ぎ入れていく。

 

「ありがとうございます」


 サラは礼を言いつつ、レモネードに口をつける。

 レモンとハーブの爽やかな香り。

 口当たりもよく、飲みやすい。

 3人がそれぞれに口をつけたところで、サラはコップをテーブルに置いて、ゲイルの顔を見た。


「ギルモアから話を聞きました。貴方が、彼を王にしようとしていること」


「ああ、そうだ」


 膝の上にカップを置いて、ゲイルは答える。


「巷を騒がせている連続殺人事件が、王位継承に端を発する、内輪揉めが原因であることも」


「内輪揉めか」


「お気に障ったのならば、謝罪させていただきます」


「いや、いいのだ。まさしく、その通りなのだから」


 カップをテーブルに置くと、ゲイルは前のめりになって、サラの顔を覗く。


「さて、どこから話そうか」


「できれば最初から。ギルモアを王に推そうと思った経緯から、お聞かせくださいませ」


 サラはメモ帳を開き、ペンを紙面に向ける。

 ギルモアはわずかに頬を緩めると、静かに語り始めた。

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