3-3

「ギルモアを王にする。夢の発端は、まず王の体調面が理由だよ。……彼から、王の体について、何か聞いているかね」


 ゲイルがサラの顔を見る。


「見た目よりも、ずっと悪いようだとは」


「ここの病が、今年に入ってから急に悪さをし始めてな」


 ゲイルが自分の胸を指で小突く。

 

「医師からはいつ倒れてもおかしくない。体力があるうちに、後継のものを決めておいた方がいいと言われてな」


「それでギルモアを推すことを考えたのですか」


「魔王を討ち、この国を救った人間だ。怪しげな影もなく、市民からの信頼も厚い。彼ほど適任な人間は、今のところ存在しないと私は思った。君も、そうは思わないか」


「……さぁ、私は何とも言えません」


「明言は避けたいか」


「申し訳ありません」


「いや、いいさ。このご時世だ。どこに誰に目と耳があるかわからん。私のような後先短い老いぼれでもなければ、無闇に敵を作流のは得策とは言えん」


 ゲイルは肩をすくめる。

 そして彼の視線は、自然とジョアンナに向けられた。


「他言は、いたしません」


 背筋をシャンと伸ばしたジョアンナ。

 その声は緊張からか、微かに震えている。

 彼女のその気遣いに、ゲイルは微かに頬を緩ませる。


「ギルモアの部下だ。おいそれと吹聴しないとは思うが、念の為に気をつけてくれ」


 ちょうどステラがケーキを持ってやってきた。

 ほほえみを浮かべながら、ケーキをテーブルに並べていく。

 ケーキを運び終えると、彼女は会釈をして、すぐにその場から立ち去っていった。


 ステラの背中を追いながら、サラは視線をケーキに向ける。

 チーズケーキ。表面にはうっすらと焦げ目がつき、黄色に茶色が混じっている。


 早速ゲイルがケーキに手を伸ばす。

 フォークで突っつき、ケーキのかけらを串刺しにして口へ運ぶ。

 

「遠慮しないで、食べてくれ」


「ありがとうございます」


 ゲイルに促されて、サラとジョアンナはケーキを突っつく。

 しっとりとした食感。甘い中に少しの酸味。


「美味しいです。とっても」


 予想していたより、遥かに美味い。

 サラの感想に、ゲイルは満足そうに微笑んだ。


「先ほどの話の続きなんですけど」


 ケーキを手早く片付けると、サラは話の続きを始める。


「ギルモアの支援者は、貴方を含めてどんな方がいらっしゃいましたか」


「銀行家のアレックス・ヘンジー。司教ニコラ・ロドル。議員のクレア・ヴォル。レイモンド・ガン。クリストファー・ガルシウス。グロア商会のアレクサンドロ・レイ・グロア。それとヘンドリック・バレンチア。この男は、君も知っているだろう」


「バレンチア副司令も」


 司令部のNo.2。

 なかなかのビックネームの登場に、サラは思わず息を飲む。


「死んでいったウィル・ジャン・ゲイブル。ステファノ・コノー。デゾナ・コードリックも私に賛同してくれた人間だった」


「ギルモアの王位継承に反対していた人間は、どれくらいいましたか」


「それほど多くはなかった。10人もいなかったはずだ」


「彼らはエドガーを支持していたんですか」


「いいや、その頃は別々に候補者を揃えていたようだ。エドガーの名前が出てきたのは、ここ最近だ」


「彼らが危害を加えてくるような空気はありませんでしたか」


「少なくとも、支援者が殺されることまではなかったな」


「そうですか」


 半年前から、反対する勢力あり。

 ただ候補者は乱立。

 危害を加えてきたのも、エドガーの支持層の登場も、ごくごく最近のこと。


 サラはメモ帳に素早くメモを取る。


「ご自身の身辺で、何か変わったことはありませんでしたか」


「妙な連中が現れるようになった」


「と、言いますと」


「いつも夜更けに、そこの茂みの影から、こちらをじっと見つめているのだ」


 窓の外から見えるのは、家を囲む生垣。

 ゲイルはそこを指差した。


「男でしたか、それとも女」


「背格好からして、男だったように思う。ただ、近頃は女性であってもガタイのいい方もいるからな。なんとも言えん」


「人数は」


「最初は2人きりだったが、ここ最近は4人だったり、5人だったり。バラバラだ」


「彼らは何をしていました」


「何も。ただこの屋敷の方を、じっと見ているだけだよ」


 監視の可能性。

 指令があれば、襲撃する計画かもしれない。

 警戒のために数名の兵士を配置。

  

 メモに走り書く。

 

「エドガーの支援者についてですが、何か知っていることはありませんか。名前であったり、顔であったり」


「ミハエル・ポラー。ガブリエル・ウィンストン。ティモシー・グレイ。私が知っているのは、この3名だ。彼らは別々の候補者を押していた3人だが、今はどういうわけかエドガーに鞍替えしている」


「理由については」


「さっぱりわからん。ただエドガーの名前を出すと、変に顔色を変えていたから、おそらく何かあったことは間違いがないだろう」


「そうですか」


「何か、役に立ったかね」


「ええ。とても。お時間をとらせてしまい申し訳ありません」


「いや、いいさ。また何かあったらくるといい。幸い私は、暇を持て余しているからな」


「ありがとうございます」


 サラはジョアンナに目配せをする。

 そろそろ、おいとまするとしよう。

 無言の内に通じ合うと、2人は揃って立ち上がる。


 その時だ。玄関の方から慌ただしく、誰かがかけてくる。

 リビングに現れたのは、鎧をきた憲兵である。

 よほど急いで来たのか、額には汗がにじみ、息を切らしていた。


「う、ウィリアム団長はいらっしゃいますか」


「どうしたの。そんなに慌てて」


 嫌な予感がした。

 サラが緊張をしながら、憲兵に話しかける。


「また、殺人です」


「誰が殺されたの」


「そ、それが……」


「誰なの」


 動揺する憲兵。 

 サラがきつい口調で、憲兵に言葉を引き出させる。


「バ、バレンチア副司令です」


 思っても見ない名前に、サラは再び息を飲んだ。

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