2-5

 突然の襲撃に城内は騒然となった。

 渡り廊下に集まる兵士。

 窓辺からは王族たちが見下ろし、廊下の周囲には使用人たちが集まっている。


 ギルモアはベンチに腰を下ろしている。

 彼の周囲を数人の兵士が囲み、彼から事情を聞いている。

 傷を負った部下を見送ると、サラは彼に声をかけた。


「大丈夫」


「ああ、大丈夫だ」


 一見したところでは、傷を負っているようには見えない。

 表情が少し険しくなっているが、痛みを堪えている様子もない。

 

「今日はもう、部屋で休んだら」


 一応言ってはみるが、ギルモアは無言を貫く。

 迷っているとかそういうのではない。

 ただ無言の中で、彼女の提案を否定しているのだ。


「……無理な話よね」


 サラは肩をすくめる。

 

「少し、2人だけにならないか」


 ギルモアが言う。


「どうして」


「話したいことがある」


「みんなには聞かせたくないってこと」


 周囲には5人ほどの兵士が立っている。 

 いずれも、サラの部下だ。

 ギルモアから事情を聞くとともに、彼の身辺警護の役目もになっている。


「ああ、そうだ」


 サラはため息をつくと、部下たちに目配せをする。

 少し、離れていて。

 そう目で訴えると、部下たちは敬礼し、その場を離れていく。


 充分に離れたのを見ると、サラはギルモアに顔を向けた。


「で、話って」


「俺を襲った、犯人のことだ」


「顔を見たの」


「ああ、はっきりとな」


「なら、どうして部下たちに教えなかったの。事情を聞いている時にでも、話してくれればよかったのに」


「そうするより前に、お前の耳に入れておきたかったんだ」


 ベンチからギルモアが立ち上がる。

 

「奴が現れた」


「奴って、誰」


「アルフォンスだ」


 ギルモアの口から懐かしくも、思わぬ名前が吐き出される。

 

「……アルフォンスって」


 もしかしたら、サラの知らないアルフォンスかもしれない。

 動揺を押し殺しながら、サラは尋ねる。

 だが、サラの希望は儚くも打ち砕かれる。


「アルフォンス・ルー。お前もよく知っている、あの男だ」


「そんな、どうしてあいつが、あなたを襲わなくちゃならないのよ」


 ギルモアは首を振る。


「俺が知りたいくらいだよ。ただ、奴は昔から誰かに依頼されて、仕事をすることがあった。それはお前も知っているだろ」


「確かにそうだけど。でも、依頼されるってほとんど狩人としての仕事だって言っていたし」


「それが嘘だったらどうだ」


「嘘って、何よ」


「その依頼が、誰かを殺すものだとしたら」


「ちょっと待ってよ。アルが誰かに依頼されて、あなたを殺しにきたって言うの」


「その方が自然だろう。俺はあいつに恨みを買うようなことはしていないし、あいつだって俺に因縁があるわけでもないだろ」


「仲間から外されたこと、根に持ってるんじゃないの」


「その件は奴も納得したはずだ。お前だって、そう言っていたじゃないか」


「そうだけど……」

 

 ため息をついたギルモア。

 彼の目はサラから、闇に浮かぶ城壁に向けられる。

 

「捜索隊を編成し、奴を見つける」


「見つけてどうするの」


「もちろん、罪人として扱うまでだ」


「刑に処すってこと」


「それ以外に何がある。奴は俺を殺そうとしたんだぞ」


「確かにそうかもしれないけど、何か事情があるのかも」


「事情があれば、人殺しも許すのか」


他人ひとのこと、言えないでしょ」


 ギルモアがサラをにらみつける。

 怖気付くわけにはいかない。

 サラも負けじと、ギルモアをにらみかえす。


 2人の間から言葉が消える。

 ただならぬ空気に、周囲にいた兵士たちが、自然と距離を開けた。


「……お前があいつを大切にしたい気持ちはわかる。だが、奴はもうお前の知っている奴じゃない。ただの罪人だ」


「罪人かどうか。まだわからないわよ」


「お前がわかりたくないだけじゃないのか」


 サラの視線が鋭くなる。


「とにかく、捜索隊を組んで奴の行方を洗う。お前も参加したければ、すればいい。無理強いはしない。……自分の部屋で待機しているから、用があれば呼んでくれ」


 サラの肩を叩くと、ギルモアは宿舎へと足を向ける。

 遠ざかっていく彼の背中を、サラはじっとにらみつける。

 

「終わりましたか、団長」


 ギルモアが立ち去るや否や、ロバートが歩いてきた。


「どうしたんです、そんな怖い顔して」


「……なんでもない」


 不機嫌さを隠そうともしないで、サラは歩き去っていく。

 その姿を不思議そうに首をかしげながら、ロバートは彼女を見送った。

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