2-4

 どれだけ楽しいひとときでも、時間の制限の中では、等しく有限である。


 夜も次第に更けていく。

 それじゃこの辺で。

 またいつの日か。

 これこれ、その時に会いましょう。


 参加者同士、来賓同士。

 にこやかに手を振り合って、外へと向かって歩いていく。

 駐車場に止められたいくつもの馬車。

 居眠りこいていた御者が、慌てて手綱を握り、主人の帰りを導いていく。


 1人、2人と人の立ち去る広間。

 彼ら彼女らを見送ると、騎士団も近衛隊も仕事を終える。

 噛み殺していたあくびを存分にして、さて宿舎へ戻ろうと、兵士たちは歩き出す。


 しかし、サラと3人の部下は、そういうわけにはいかない。

 客人たちの警護のあと、ギルモアの警護につく。

 近衛隊。そのほか王族貴族に悟られないよう、帰るふりしてギルモアの元に向かう。


 部下たちには、詳細な事情は話していない。

 ああだこうだと、事情を話してやるのは筋というもの。

 だが信用のできない噂話を、おいそれと広めるのは、サラも好きではない。


 ギルモアを信用していないわけではない。

 自分と目と耳で確かめるまでは、何事も疑いを忘れない。

 サラ個人の、信条があっての疑いだった。


 部下たちも深く尋ねることはしない。

 確証はないが、ギルモアが何者かから狙われているらしい。

 それだけわかれば、彼らは十分だった。




 王を見送ったギルモア。

 ランタンに火をつけ、とことこと。

 靴音立てて、廊下を歩く。


 すると、背後からいくつかの足音が聞こえてくる。

 目を向ければ、薄暗い廊下の先から、3人の兵士が歩いてきた。


「サラのとこから来たのか」


 ギルモアが尋ねる。

 兵士たちは彼の前に立ち止まると、かかとを揃えて敬礼をする。


「団長よりギルモア隊長殿の警護を仰せつかりました」


 兵士が言う。

 

「そうか。何もないとは思うが、よろしく頼むよ」


「はっ」

 

 背筋をぴんと張り、兵士は力強く返事をした。


 兵士を連れて歩き始めたギルモア。

 城の一階から伸びる外廊下。

 その先へ向かっていくと、三階建ての宿舎がある。

 階級問わず、城に勤める兵士であれば、誰もが利用できる。


 あたりはすっかり暗い闇。

 夜空は厚い雲に覆われて、星も月も見当たらない。


 人の気配を感じたのは、廊下の中程にまできた時だ。

 ギルモアは立ち止まり、じっと闇の中に目を凝らす。


「誰かいるのか」


 声をかけてみるが返答ない。

 しかし、確かに闇の中に、うっすらと人影が見えるのだが。

 

「お下がりください」


 異変に気付いた兵士が、ギルモアを背後にやる。

 鞘から剣を抜いて、構える。


「何者だ」


 返答はない。

 人影はまんじりともせず、その場を動かない。


 分厚い雲の切れ間。

 満月が一筋の光をもたらし、人影を照らし出す。

 黒いブーツ。

 黒のロングコート。

 頭からフードを被り、顔を確かめることはできない。


 黒い男。

 明らかな不審人物。

 兵士たちの警戒が俄然高まっていく。


 男がゆらりと揺れる。

 手元にひかる鋭い光。

 それが刃物であることに気付いた、瞬間。

 男が一目散に、ギルモアの方へ駆け出した。


「隊長殿をお守りしろ!」


 兵士の声が闇に響く。

 きらめく剣。風切音。

 兵士は男の急所を狙い剣を振る。

 しかし、男は尽くそれを避ける。


 男の構えたナイフ。

 きっさきにかけて反った形状の、得意な形状のナイフである。

 逆手に持ったそれを、男が振る。


 狙うはいずれも首。

 鎧の隙間を縫って、ナイフの刃が首筋を撫でる。

 月明かりの中に踊るは、黒い血。

 廊下に飛び散る黒は、闇に飲まれ、血の匂いが風に乗って漂っていく。


 男の刃。ふるわれたのは、たった数度。

 それだけで、2人の兵士が、瞬く間に倒れ伏せる。


 男がナイフを払う。

 生暖かい液体が、ギルモアの頬に当たる。

 それが血であることは、鼻でわかった。


「隊長、お逃げください」


 横に控えた兵士がギルモアに声をかける。

 しかし、ギルモアはそれに応じない。


「応援を呼んできてくれ」


「そんな、隊長殿を置いていくわけにはいきませんよ」


「お前の優しさはありがたいが、今はつべこべ言わず、走ってくれ」


「ですが……」


「いいから行け。ぐずぐずするな」


 静かであるが有無を言わさない言葉。

 これに気圧された兵士は、うなずき、今来た道を引き返す。

 男はまんじりともしない。

 走った兵士になど、眼中にないといいたげである。


 応援が来ても問題ない。

 それは余裕か。それとも何か思惑があるためか。

 

「何者だ」


 問うても答えはないだろう。

 ギルモアの予想通り、男は何も答えない。

 返答の代わりに差し出されるは、男の足。

 足を踏み込み、一気にギルモアへとかけ迫る。


 腰のあたりから肩口へ。

 振り上げられるナイフを、ギルモアは剣で受け止める。

 だが、それは男も予期したこと。

 すかさず男はギルモアの襟を掴み、腰に体を背負い下へと投げる。


 強かに背中を打ち付けるギルモア。

 痛みに息が詰まり、思わず目をつむる。

 開いた時に、眼前に迫るナイフのきっさき。


 顔を横に傾ければ、耳元に硬い音が響く。

 ギルモアは横に転がり、手すりを支えに素早く立ち上がる。

 懐へと潜り込んでくる男。

 ギルモアの腹を貫こうと、ナイフを腹に構えて突っ込んでくる。


 ギルモアは半身なってこれを避け、すかさず剣を横に振る。 

 男は頭を下げてこれを避ける。

 前方へと転び進み、すくと立ち上がる。


 月光差し込み、再び闇が晴れた。

 転がったことでフードがめくれ、一瞬男の顔があらわになった。


「お前……」


 すぐにフードをかぶったが、ギルモアの目ははっきりと男の顔を捉えていた。

 顔を覆うほどの大火傷。

 鋭い目つき。

 忘れるわけがない。

 そこにいたのはかつての仲間。

 魔王の首をするりと持ち去った、アルフォンス・ルーだった。


「どうして」


 闇を切り裂く警笛の音。

 城内に響き渡る笛の音が、ランタンの明かりを引き連れて、渡り廊下に進んでくる。


 アルフォンスは身を翻し、廊下を飛び出し中庭をかける。


「おいっ!」


 アルフォンスの影に伸ばされる、ギルモアの手。

 彼の手が触れたのは、虚空の闇。

 アルフォンスは振り返ることなく、城壁を越え、姿を消した。

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