2-3

 来賓の邪魔にならないように。

 周囲に気を使いながら、サラは進んでいく。

 ギルモアは彼女の様子を見ながら、王に一言二言、話をする。

 すると王はサラの方を見て、頬を緩めた。


 王は返答を返し、ギルモアは頭を下げる。

 王の下を離れた彼は、大広間を出ていく。

 サラもギルモアを追いかけて、大広間を出る。


 廊下を挟んだ向かい側、正面。

 開け放たれた窓の向こうに、テラスがある。

 傘付きのテーブルと椅子。

 それがテラスの中にいくつか置いてある。


 その一つにギルモアが座っている。

 

「隣、いいかしら」


 サラが言う。

 ギルモアは何も言わない。


「座るわね」


 テーブルを挟んだ向かいの席。

 サラが腰を下ろすと、ギルモアが口を開いた。


「捜査の方は進展しているか」


「何の捜査かしら」


「例の連続殺人だ。最近も一件、あったろ」


「ああ、その捜査ね。順調よ……って言いたいところだけど、正直煮詰まってきてるわね」


「難航しているのか」


「まあ、思うように言ってないのは、認めるしかないかも。って、何よ。冷やかすためにわざわざ私を呼びつけたの」


「そうじゃない」


「じゃあ何よ」


 ギルモアがちらと周囲を見渡す。

 何やら暗がりを酷く、恐れているようだ。


「どうしたの」


「さっきから何かに見られている気がしてならないんだ」


 サラも周りに注意を払う。

 

「気のせいじゃない。誰もいないみたいだし」


「どうだかな」

 

 ギルモアは肩をすくめる。


「殺された連中にある関係性が見つかった」


「どういうこと」


 怪訝そうにしながら、サラがギルモアの顔を見る。


「彼らは王位継承に関して、同じ人物を王に選ぼうとしていた」


「王位継承って、王様はまだまだ元気じゃない」


「そう見せているだけだ。体力的にも限界に近く、病に苦しんでおられる。いつ倒れられても、おかしくない」


「そんなに悪いの」


 ギルモアはうなずいた。

 考えてもみなかった、王の死。

 寿命という呪縛は、たとえ賢王と呼ばれた王であっても、逃れられないのだと突きつけられる。


「……王も、寿命には勝てないのね」

 

 サラの呟きに、ギルモアは静かにうなずいた。


「本来なら世継ぎに任せるものだが、生憎と王は世継ぎに恵まれなかった。だから、空席になった王の椅子を巡って、争いが起こっている」


「それに巻き込まれて、人が殺されてるってわけ」


「貴族や商人の顔ぶれを見るとな。他の市民との関係性はわからないが、地位のある人間を見ると、相関図が見えてくる」


「じゃあ、そいつらは誰を王にしたかったのよ」


「俺だ」


「……はぁ?」


「だから、俺なんだ」


「嘘でしょ。冗談で言ってるのよね」


 サラは笑って見せたが、ギルモアはくすりともしない。

 深刻そうな顔のまま、彼は口を動かす。


「俺だって信じられなかった。直接話を聞くまではな」


「直接って、死人にでも話を聞いたの」


「そんなわけはない。死んでいった連中を含めた派閥を取り纏めていた人物にだ」


「誰よそれ」


「ゲイル公だ」


「ゲイル公って、ヘンリー・ゲイル公?」


 ギルモアはうなずいた。

 ヘンリー・アレン・ゲイル。

 剣聖と名高い老貴族だ。


 ギルモアが勇者に選抜されてまもなかった頃。

 彼がかの老貴族に手ほどきを受けていたことは、サラも記憶に新しい。


「じゃあ何。ゲイル公が、あんたを王に仕立て上げようとしていたってこと」


「そうらしい。にわかには信じられないがな」


 ギルモアはテーブルに腕を乗せる。

 両手を組み合わせると、一つ息を吐いてから、話を続ける。


「ゲイル公の意思に賛同するのは1人2人だけではない。殺された人間も含め、多くの人間がいる」


「でも、そうじゃない連中もいると」


 サラの問いに、ギルモアはうなずく。


「今は国は水面下で二分されている。片方は俺を王にする派閥に、もう一つは、エドガー・へルミナ氏を推す派閥だ」


「エドガーって、ヘルミナ家の馬鹿息子じゃない。どうしてそんな奴を推したがるのよ」 


「エドガーが王である方が、都合のいい連中がいる。ということだろう」


「……なんかややこしい話になってるみたいね。ほんといやね。こういうゴタゴタって」


 サラは深々とため息をつく。


「でも、なんで早く言わないのかしらね。それがわかっていれば、警護のしがいもあったでしょう」


「もちろん、俺もそう考えたし、ゲイル公にも伝えた。だが、司令部のどこに敵の耳があるかわからないと、軽くあしらわれた」


「敵って……」


 魔王という大きな敵を倒したと思ったら、今度は身内・・を敵扱いだ。

 世の中の平和は、絶対的の死だけでは、到底やってくるものではないらしい。

 悪態の一つもつきたくなった。

 だが、それをグッと堪え、疲れた吐息を吐き出した。


「ゲイル公に、面会できるかしら。今の話が本当か、確かめさせてもらいたいんだけど」


「すでに話は通してある。都合がつけば、彼の元へいってみてくれ」


「そう。それじゃ、そうさせてもらおうかしらね」


 夜の風が2人の間を吹き抜ける。

 サラはぶるりと体を震わせると、腕をこすりながら席を立つ。


「あなたにも警護に何人かつけてあげる」


「その必要はない」


「遠慮はいらないわ。夜の間くらい、ゆっくり寝ていたいでしょ」


 不服そうにギルモアは眉根を寄せる。

 しかし、すぐに険しい顔をやめて、


「感謝する」


 と、疲れた顔をしながら、言った。


「いいわよ、別に」


 サラはひらひらと手を振りながら、会場へと戻っていく。

 ギルモアは、そんな彼女の背中を、じっと眺めている。


 闇の中に潜む1人の男。

 屋根の上からじっと、2人を見つめる何者か。

 その存在に彼らが気付くのは、もう少し、後のこととなった。

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