二章
2-1
人が人を殺めたくなる時。
特に個人間の命のやりとりが発生する場合、何かしらの感情が介在することが多い。
それは妬みであり、そしりであり。
それは怒りであり、憎しみであり。
殺人衝動に駆られる時は、常に感情が入り混じるものだ。
だがエドガー・サイモン・へルミナは違う。
彼に殺意はない。
それどころか、対象に対する感情も、何一つ持っていない。
彼が興味があるのは、対象の死ではない。
対象の部位、とりわけ頭に対して。
エドガーは異常な執着心を持っている。
年齢も、体格も、性別も。種族も関係ない。
一眼見て気に入った頭があれば、欲しくてたまらなくなってしまうらしい。
アルフォンスは彼の収集癖。
もはや悪癖とも呼べるそれを、理解できた試しがなかった。
依頼は依頼。
報酬の確約さえあれば、理解は必ずしも必要ではない。
それはアルフォンスも重々承知をしている。
しかし不快感は拭うことはできなかった。
夜の街。
冷たい風が吹き荒ぶ、屋根の上。
アルフォンスは瓦の上にどかと腰を下ろして、闇の中に息を潜めている。
彼が見つめる先には、夜の城。
この国の頭を司る、豪華にして堅牢な城である。
城壁の向こう側。
一際明かるく輝くそこに、無数の影が踊っている。
今宵は城内にて晩餐会が執り行われている。
各国の要人、王族、貴族。
貴賓客たちがそろいに揃って、賑やかなもの。
街外れの屋根の上からでも、その歓声が聞こえてくるようだ。
城の様子を見つめながら、ポケットから取り出したのは、一枚の写真。
白黒の映る、ギルモアの横顔。
これから殺す、かつての仲間の顔だ。
この依頼は珍しく、エドガーの収集癖のなぐさめるためではない。
彼の思惑。ろくでもない計画の、ある意味で人間らしい殺しである。
計画の内容。
その詳細をエドガーが話すことはなかった。
アルフォンスも深く聴こうとは思わなかった。
往々にして、他人のよこしまに首を突っ込もうとすれば、ろくな目に合わない。
経験の中で、それをいやというほどわかっていたからだ。
写真をポケットに入れ、アルフォンスが立ち上がる。
口元を布で覆い、フードを目深くかぶる。
かつての仲間だった男への思い入れは、かけらも残さない。
邪魔になる感情を、息と共に全て吐ききる。
通り沿いにずっと続いていく、黒い屋根。
見下ろしながら、足を宙に踊らせる。
浮遊は一瞬。あとは落下が待っている。
着地と同時に膝を曲げて、衝撃を反動に前へと進む。
闇に響く硬い足音。
ギルモアへと放たれた黒い矢は、今まっすぐに城へと向かって走る、走る。
頭に浮かぶのは勇者の顔。
これから殺す男の顔。
彼の顔を思うとともに、ふいに女の顔が思い出される。
殺害現場にて遭遇してしまった、昔馴染みの顔。
サラ・ウィリアムの顔を。
騎士団を任されているほどだ。
警備のために、あいつも会場の近くにいるかもしれない。
もしかすれば、こちらの仕事を、邪魔してくる可能性もある。
マーカス殺しの時にアルフォンスを見た、唯一の人間。
だがどういうわけか。マーカス殺しに彼の名前が挙げられていない。
気を利かせたのか。それとも何か思惑があるのか。
サラが何を考えているか、アルフォンスには分からない。
だが彼女の存在は、後々の障害になることは、わかり切っていた。
ギルモア殺しを邪魔してきたら、どうするか。
そうでなくても、もしもマーカス殺しの犯人として捕まえにきたとしたら。
自分は手を打つことができるだろうか。
走りながら、考える。
だがすぐに決着を見る。
いつも通り。
全てのことを治める。
それが、たとえ昔馴染みでも、変わることはない。
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