1-7
街の中でも一際薄暗く、治安の悪い裏通り。
靴音響かせて、歩くはアルフォンスただ一人。
行く手に見えてくるのは、一軒のバー。
古びたレンガの外壁には、黒い苔がベットリと張り付いている。
ドアに手をかけ、押し開く。
闇に伸びる下りの階段。
両側の壁には燭台。
頼りない明かりが、闇をぽつぽつ照らし出す。
階段を下ると、見えてくるのはいくつもの座席。そしてカウンター。
地下にあるだけあって、店内の空気はひんやりとしている。
「いらっしゃい」
男の声。
店主のルーカスだ。
カウンターからアルフォンスに声をかけてくる。
「いつものか」
ルーカスの提案にアルフォンスはうなずく。
グラスに氷とライ麦から蒸留された酒が注がれる。
ものの数秒。タンブラーの上にグラスを置いて、アルフォンスの手元に置く。
からりと氷が転がる。
片手でグラスを掴むと、アルフォンスは一口含み、口の中で転がす。
とろみのある液体。
度数は高いが、飲み口が柔らかい分、非常に飲みやすい。
もう一口二口と飲む。飲める。
「今日は散々だったな」
ルーカスが果実を斬りながら言う。
下敷き板の上で、赤い果肉の断面が天井を向く。
瑞々しい果肉。その果汁を絞って、別の容器に入れていく。
「目撃者を出すなんて、珍しいじゃないか」
昼間の一件。
対象の暗殺は完了。
致命傷を負わせた上で、落下させて止めをさす。
対象が暴れたため、手段を選んではいられなかった。
だが、まさか顔馴染みに目撃されるとは、思ってもみなかった。
サラ。昔馴染みの傭兵。
現在は騎士団の団長を任されていることは、風の噂で聞いていた。
「顔を見られては、いないんだろ」
「たぶんな」
「おいおい、それで大丈夫なのか」
「心配しなくても、その時はなんとかする」
「なんとかなるものなのか」
「ああ。そうだ」
ルーカスはじっとアルフォンスの顔を見つめる。
感情の一切を排除したその目は、空虚にアルフォンスの奥底を覗き見る。
気味の悪い目だ。
アルフォンスは思った途端、彼は唇を歪めた。
「なら、大丈夫だな。少々騒ぎになったとは言え、依頼人も十二分に満足している。今回の報酬だ。とっておけ」
カウンターのしたから取り出した、横長の箱。
蓋を開けると、そこには十数個の金塊が、所狭しに並べられている。
「換金商も頼まれれば用意するが、必要か」
「いや、いい。知り合いに頼む」
「そうか」
箱を片手に持つと、酒を一気にあおり、立ち上がる。
「釣りはいらない」
金塊の一つをカウンターに置いて、アルフォンスはルーカスに背を向ける。
「もう少し、待っていろ」
金塊を弄びながら、ルーカスがアルフォンスを呼び止める。
「客がやってくる。ご指名だぞ」
「指名?」
「お得意様だから、丁重に聞いてやれよ」
店の玄関が開いた。
階段を下ってくる、2つの足音。
重なっているように聞こえるが、きっかり2つの、革靴の音だ。
薄暗い店内に顔を出したのは、似つかわしくない高貴な身分の男だ。
「やぁ、久しぶり」
エドガー・サイモン・ヘルミナ。
大貴族へルミナ家の血筋を受け継ぐ、御曹司。
そして、アルフォンスに魔王の首を狩らせた、張本人である。
「魔王の首以来だな。元気にしていたかい?」
「ええ。ぼちぼち」
「それはよかった。立ち話もなんだ。そこにかけてくれ」
エドガーの背後には、護衛らしき女が立っている。
小手と具足。胸当てはあるが、軽さを意識してか、分厚さはない。
腰には長さの違う剣が二振りさしている。
女と目があったが、すぐに視線をそらされた。
「さ、こっちへ」
エドガーに背中を押され、カウンターへと戻る。
「何か飲むかい?」
「いえ。先程飲んだばかりですので」
「そう言わず奢らせてくれ」
エドガーは手早く注文を済ませる。
ルーカスは注文を受けて、酒の用意を始めた。
微かに聞こえる酒とグラスの音。
耳を傾けなから、エドガーが上機嫌に口を開く。
「最近はどうだ。仕事は順調か」
「それなりです。特にこれといって変わりはありません」
「そうか。変わりはないのは何よりだ。上がり下がりが激しいよりは、一定の場所で一定の利益を上げる方がいい。まあ、それが高い利益であることに、越したことはないがね」
エドガーが女の方に顔を向ける。
女は腰のポーチから紙を取り出し、エドガーに渡す。
「さて、早速で悪いが、本題に入ろう。君に一つ、依頼をしたいのだ」
酒が両者の目の前に運ばれる。
縦長のグラスはエドガーに。
背の引くグラスは、アルフォンスに。
透明の液体と、茶色の液体。
それぞれに種類の違う酒である。
「君にはまた、手を汚してもらいたい」
酒を片手に持ちながら、エドガーが紙をカウンターに滑らせる。
それは一枚の写真。
いく人の人間に紛れて、男の横顔が映し出されている。
「ギルモア・スタンフィール。この男を、殺してくれ」
かつての仲間であり勇者。
救国の仮の英雄。
見慣れた優男の顔が、映っていた。
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