1-6
現場の保全と周辺への聞き込み。
屋根を伝って去っていた謎の男の捜索は、夕方ごろまで続けられた。
陣頭指揮を部下に任せて、サラは城へと戻る。
現場の捜査も重要だが、私用の約束が一つあった。
城門をくぐると、馬を預けて司令部に隣接する建物へ入る。
魔法学研究所。この国唯一の魔法、呪術の研究施設である。
地上四階建。地下三階建からなり、各階層には部門ごとに研究部屋が設けられている。
玄関をくぐってフロントに行く。
吹き抜けのエントランス。
高いガラスの天井から、赤い空が見下ろしている。
左右には上へと伸びる階段。
階段は稲妻のようにジグザグになって、各階層をつないでいる。
階段を上り、二階のフロアを進む。
フローリングの廊下に、右手から窓の影が落ちている。
廊下全体が赤みがかっているのは、夕日のせいだ。
廊下のどんつまり。
左手のドアをノックする。
「誰だ」
つっけんどんな男の声。
人付き合いの苦手な、人見知りのエルフの声だ。
「私よ、入るわね」
入るなり、鼻をついたのは薬草の匂い。
それも一つ二つではない。
いくつもの薬草を凝縮させたような、ひどく体に悪そうな匂いだ。
緑に黄色に、赤に紫に。
色とりどり、毒々しいまでの葉や鼻をつけた植物が、茶色に鉢に植えられている。
「なんのようだ」
じょうろを片手に薬草に水をかける男。
魔術師のエルフ、現在は上級研究員のキース・ジャレトである。
「ひどい言い草ね。もとは仲間じゃないの」
サラは肩をすくめる。
堅物で気難しいところがあるのは、前々から知っていた。
それが、研究員になってから、余計にこじらせているようだ。
「そんな態度じゃ、友達できないわよ」
「必要ない。友人ができたところで、ほとんどは私より早く死ぬ。いちいち看取ってやるのも面倒だし、金を出すのも億劫だ。それに、友達ができようができまいが、研究には支障がない」
「ひねくれてるわね、相変わらず」
「そんなことを言うために、ここにきたのか。まったく騎士団というのは暇なんだな」
「そんなわけないでしょ」
キースは鼻で笑う。
じょうろを置くと、棚の引き出しを開けて、紙袋を取り出す。
「2週間分だ。確かめろ」
紙袋の中には、袋詰めにされた白い粉が入っている。
睡眠導入剤。
ここ最近の不眠気味のところ、キースから処方される薬を愛用している。
「ありがと。助かるわ」
鞄の中に薬をしまう。
「今日は災難だったな。殺人者をとり逃したんだろ」
「なに、もう耳に入ってるの」
「聞き出したわけじゃないぞ。たまたま、兵士が話しているのを聞いたんだ」
さもそこが重要とばかりに、キースは眉間にシワを寄せながら言う。
「なんでも、連続殺人の犯人らしかったんだろ」
「それはまだなんとも言えないわね。でも、可能性は高いと思っているわ」
「せいぜい頑張って、国の治安を守ってくれ」
「はいはい、がんまりますよ。邪魔しちゃってごめんね。もういくわ」
ひらひらと手を振って、サラはキースに背中を向ける。
「あいつのことは、まだ探しているのか」
サラがドアノブを掴んだところ。
ふいにキースから声をかけられる。
「……あいつって」
「とぼけなくてもいい。アルフォンス・ルーのことだ」
立ちあがる気配。
サラは肩越しに背後を見る。
キースは立ち上がり、本棚の方へ体を向ける。
「いい加減、あいつのことは忘れたらどうだ」
「忘れろって」
「その方がお前のためになるし、お前の疲労改善にも役に立つはずだ」
本棚から一冊の本を取り出すと、それを開く。
白衣の胸ポケットにかけたメガネを、鼻にかけ、文字を追っていく。
「お前があいつに
ページをめくる。
キースはサラに顔を向けないまま、言葉を続ける。
「だがあいつは、お前のことをなんとも思っていない。お前が時間を浪費してまであいつを探したとしても、あいつからの見返りは何一つないだろう」
「知ったような口を、たたくじゃない」
「まあな。年の功というやつさ。無駄に何百年も生きちゃいない」
探していたものが見つかったのか。
本を見開いたまま机に置くと、メモ用紙にさらさらと万年筆を走らせる。
「年長者としての助言だ。あいつは死んだと思え。その方がお互いのため、というかお前のためになる。死者のために動き回ることほど、馬鹿らしいことはないだろ」
メガネを下げて、キースが上目遣いにサラを見つめる。
「……それができたら、苦労はしないわよ」
サラは肩を落として、寂しそうに笑った。
「助言ありがと。一応、頭の片隅に置いておくわ」
「そうか。ならいけ。助言は一回きりだ。二度と言わん」
手を振ってキースは退出を促してくる。
「今度はお土産でも持ってくるわ。それじゃ、またね」
明るい笑顔を取り繕って、サラは部屋を出た。
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