1-5
麗かな午後のひととき。
晴々とした陽気とは打って変わり、裏通りには剣呑な空気が漂っていた。
憲兵によって封鎖された裏通り。
憲兵の背後では、サラと部下の兵士が死体を囲っている。
「お待たせしました」
憲兵の間をぬって、ロバートがやってくる。
「遅いわよ」
サラが眉をひそめ、ロバートをにらむ。
「任された仕事をやってたんですよ。大目に見てくださいって」
「まったく」
「で、ガイシャの身元はわかったんですか」
叱責の雰囲気を察してか、ロバートはサラから視線を切って、死体に目を向ける。
「いいえ。身元につながるようなものは、身につけてなかった」
ロバートに叱責してもあまり響かないことは、一年の付き合いで理解している。
苛立ちをため息に乗せて吐き出すと、サラはロバートに答えた。
「服装はみすぼらしいですが、これ変装ですかね」
きれいに整えた口ひげ。
切りそろた頭髪。
日焼けのない肌。
傷の少ない爪。両手。
ボロいローブを身につけてはいたが、中身はローブには見合わない。
「かもしれないわね」
野良猫の皮をかぶった、飼い猫。
それも、金持ちの下で育てられた猫だ。
ロバートは死体の顔を見る。
「どっかで見た顔ですね。この人」
「あんたが知ってるってことは、それなり立場がありそうね」
「なんですか。その言い草」
「あんたの知り合いって、ほとんどが金持ちか権威持ちでしょ。あんたが見覚えがあるってことは、そういうことじゃない」
「まあ、それはそうかもですけどね。人を金持ち判定機みたいな言い方はしないでもらいたいな」
「じゃあなんて言えばいいのよ」
「そう、とか。へぇ、とか。それでいいんですよ。普通でしょ、それが」
「それは、どうかしらね」
言い合いながら、建物の四階へと向かう。
階段を上がってすぐに部屋。
開け放たれたドアをくぐって、中に入る。
「ここから、落ちたんですよね」
大きく割れた窓ガラス。
そこからロバートが下を見る。
「気をつけなさいよ。落ちたらしゃれにならないから」
「いくら俺でも、そんな馬鹿はしませんって」
軽口を叩きながら、早速部屋の捜索に取り掛かる。
リビング兼寝室。こざっぱりした部屋は相変わらず荒れている。
散らかった衣服。シーツ。枕。書物。
サラが部屋にやってきた時と、なんら変わらない。
「この窓から、犯人らしき男が出て行ったんですよね」
もう一方の開け放たれた窓。
そこから見える屋根を見ながら、ロバートが言う。
「ええ。話は聞いてたの」
「ここに来るときにね。簡単に聞きましたよ。隊長は見てないんですか、その人影の顔」
「ええ。急なことだったから、確認はできなかった」
嘘だ。
サラはちゃんと人影の顔を、アルフォンスの顔を見た。
だがそれを言うつもりはない。
確証がないまま、彼を犯人に仕立て上げるつもりはない。
少なくとも確たる証拠が出るまでは、彼の名前を控えるつもりだった。
「あっ、団長、これ」
サラが振り向くと、散らかった衣服の下から、ロバートが何かを拾い上げる。
純金の指輪だ。
「名前は……彫られてませんね」
「あてが外れたかしら」
「そうとも言い切れませんよ。この紋章には、見覚えがあります」
指輪の表面には、紋章が彫られている。
前足を上げた二頭の馬。
その間には菱形の盾。
縦の内部には細かく絵柄が描かれている。
「トレント家の紋章ですね、これ」
「トレントってマーカス・トレント?」
マーカス・トレント。
国中でも有数の実業家の名前だ。
「あの死体のものかしら」
「だと思いますよ。俺の記憶が正しければ、ですが」
「何よ、自信なさげね」
「所詮人間の記憶なんでね。思い違いということも考えられますから」
ロバートは指輪をポケットにしまう。
「記憶の裏付けをやりたいと思うんですが、この場はお任せしても?」
「わかった。お願い」
「では、後ほど」
ロバートは敬礼をして、その場を後にする。
背中を見送った後、サラは割れた窓から外をみる。
兵士の中に倒れる男。
黒く染まった石畳、建物の影の中に、男が静かに倒れている。
ロバートが玄関から出てきて、死体を避けてかけ進む。
彼の背中は屋根の影に隠れ、足音だけが聞こえてくる。
「あんたがやったの、アル」
誰にいうでもなくサラは呟く。
脳裏に浮かぶはアルフォンスの顔。
屋根伝いにかけ進む、彼の背中。
思ってみなかった再開に彼女の心は静かにざわめいた。
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