1-4
「先に戻ってて、ちょっと寄るところがあるから」
教会への荷運びを終えて、さて帰ろうかと準備をしていたところ。
他の兵士たちに向けて、サラが言った。
「何か用事でも」
「うん、ちょっと野暮用でね。ギルモアに報告頼めるかしら」
「それは大丈夫ですけど」
「なら、お願いね」
そう言って、サラは1人街中へ馬を走らせる。
兵士は不思議そうに彼女の背中を見送るが、すぐに気を取り直して、馬車を走らせた。
馬車から1人離れた彼女は、街の馬屋に馬を預け、通りを進む。
魔王との戦を終えてから、一年。
緊張と不安は取り払われ、街はすっかり賑やかさを取り戻していた。
目に鮮やかな色彩が並ぶ服飾の店。
芳しい香りを立ち上らせる料理店。
目にも珍しい品を扱う土産物屋、雑貨店。
寝具、家具、書籍、食材。
天幕を張った露店に建物を間借りした店子。
通り沿いに並ぶ多くの店から、威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
時間は昼時。
腹を空かせた人々で、通りも店も混み合っていた。
中でも比較的空いている服飾の店に入る。
「いらっしゃい」
店主の女性が声をかけてくる。
取り揃えている服は女性ものが多く、ドレスやワンピースがマネキンに飾られている。
質がいいものらしく、値札の数字はそこそこ長い羅列だ。
マネキン以外にも、壁沿いに並んだ棚には、服が畳まれて展示されている。
服の間を抜けて、店主の待つカウンターへと向かう。
「この男、最近見かけたことはありませんか」
サラが取り出したのは、ボロボロの写真。
手垢で薄汚れた、白黒の男。
そこに写っていたのは、音信不通となったアルフォンスの姿だ。
「さぁ、見たことはないですね」
「そうですか」
肩を落としながら、写真を
「貴女の大切な
店主が訪ねてくる。
「昔の知り合いです」
サラはそう答えると、カウンター横にあるネックレスに目をとめる。
黒い紐の先に、鉄細工の飾りがついている。
「これ、もらえますか」
店主はにこやかに応じ、精算を済ませる。
思いのほかの出費になったが、思考を切り替えて店を出る。
一年前のあの日から、サラはアルフォンスを探している。
街中から時には、国の外。遠征に赴いた地で、彼の写真を見せて聴き込んで回る。
だが、一年が経っても収穫はない。
無為な時間。消え去ったアルフォンスの影を、まだ掴めないでいる。
けれど彼女は諦めなかった。
彼にもう一度会いたい。
なぜ魔王の首を持っていったのか。
どうしてあれから姿を表さなかったのか。
聞きたいことは山とある。
けれど聞きたいとは思わない。
アルフォンスに一目合えれば、それでいいとさえ思っていた。
昼食を食べるのも惜しんで、彼女は聞き込みを続けた。
大通りから入り組んだ路地。
店の中に入ることもあれば、通りを歩く市民に聞いたりもする。
昼休みの時間が終わるまで、彼女は足を棒にして聞き回った。
大通りから一本路地に入った、裏通り。
鍛冶屋にて聞き込みを終えて、外に出た時だ。
空で何かが割れる音が聞こえた。
パラパラと軒先に何かが当たる。ガラス片だ。
そして直後。軒先を突き破って、男が落ちてきた。
悲鳴が通りに響き渡る。
子供を連れた母親が、我が子を抱いて走り去る。
道端に座っていた浮浪者が、茫然と落ちてきた男を見つめている。
賑やかな音はなりやみ、緊張がその場を包み隠す。
サラは男の前にしゃがむ。
首筋に触れてみるが、すでに冷たい。
頭の下から流れる血。
それ以外に、首筋に小さな傷がついていた。
見覚えのある傷だった。
連続殺人。その被害者の傷と酷似している。
えぐれた軒先から上を見る。
鍛冶屋の四階。そこの窓が大きく割れている。
おそらくそこから男が落ちたのだ。
穿たれた窓から部屋の暗がりがのぞいている。
その闇の中に、動く影を捉えた。
闇の中に潜む影は、ゆっくりと窓辺に歩み寄り、窓から下を見下ろしてくる。
サラは息を飲んだ。
黒いコートに火傷を負った醜い顔。
間違いないアルフォンスだ。
アルフォンスもサラに気がついた様子だ。
がらんどうの瞳を見開いて、彼女の顔を見つめている。
「アル……」
彼女の呼びかけに、アルフォンスは応えない。
彼は静かに影の中に身を隠す。
「ちょっと、ごめんなさい」
鍛冶屋の主人に許しを得て、サラは建物の階段を駆け上がる。
最上階の一室。
中に入ってみるが、そこにはアルフォンスの姿はない。
乱れたベッド。倒れたタンス。
散乱した衣服には、いくつもの足跡がついている。
部屋の右手にはベランダがある。
そこへと続く窓は、開け放たれていた。
そこから、屋根伝いに走る黒い背中が見えた。
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