1-3
廊下を進み階段を下る。
階段を降りたところで左に折れる。
見えてくるのは司令部の玄関だ。
そこを抜けて城の中庭を早足でかける。
きれいに整備された庭園。
均一に刈り取られた青い芝。
椿の生垣。
キンモクセイの木立。
小さな泉には、小魚たちの魚影が映る。
庭師たちが王のためにと、丹精込めて作り上げた庭だ。
見慣れた緑の光景を横目に見ながら、サラは城の中にある一部屋の前に立つ。
ノックをするとすぐに、
「入れ」
と声が聞こえてきた。
ドアノブをひねってドアを開ける。
ドアの正面には大きな窓。
木漏れ日が部屋の中を照らしている。
「遅刻だぞ」
「ごめん、ちょっと仕事で忙しくて」
壁にかけられた時計。
それを横目に見れば、約束に時間から数分が過ぎている。
「数分だけだから、多めに見てよ」
「軍人たるもの、数分、数秒の誤りも許されん。それはお前もわかっているだろ」
「相変わらず、時間には厳しいんだから」
ため息を一つついてから、サラはギルモアの前に進み出る。
「で、今日はどんな雑用よ」
「雑用ではないと何度言えばわかるんだ」
「使いっ走りなんだから、雑用に変わりはないでしょ」
数ヶ月に一度。あるいは半月に一度。
教会に食料や衣服、下着を馬車に乗せて届けることになっている。
サラはその任務を、ギルモアから託されていた。
「外に馬車が止めてある。手早く済ませてきてくれ」
「はいはい」
馬車に積んだ荷物の目録。
ギルモアが差し出したそれを受け取ると、サラはきびすを返す。
「たまには仕事以外でも会いたいものね。昔みたいにさ」
ドアを開けながら、サラが言う。
「昔と同じようにはいかない。僕も、君も、立場がある。あの頃の自由は、一年前に捨ててしまった」
「……そっか」
寂しく笑ったサラは、静かにギルモアの部屋を出た。
城門を抜けた先。
2台の馬車が止まっている。
御者台にはそれぞれ2人の兵士が座っている。
「お待たせ」
サラが声をかけると、兵士が御者台から降り立ち、敬礼をする。
兵士はみな女性だ。
チュニックとズボンの上から、革製の胸当てと小手、具足。
腰には剣を治めた鞘を身につけている。
「荷物に不備はないかしら」
「ええ。大丈夫です」
黒髪の兵士が答える。
藍色の瞳が、サラを見つめた。
「そっ、ならさっさと行きましょう。時間をかけても仕方がないからね」
御者台に兵士が乗り、サラは用意された馬に乗る。
時間にしておよそ、1時間と少し。
街の端の丘までのつまらない旅路だ。
馬車が走り出すのを待ってから、サラは後を追いかけた。
石畳の大通り。
両側に立つ都の街並みを眺めながら、道を右手に折れて、緩やかな坂道を登る。
茶色の街並みから、鮮やかな緑へ。
都の中でも数少ない、自然の残る場所だ。
教会へと続く道。
その両脇には女神像が並び立っている。
ハクスとサリフ。
平和を象徴する女神と、豊穣と繁栄を象徴する女神。
2柱の主神として、教会は彼女たちを崇め奉っている。
教会の正面階段の前に、馬車を止める。
すると、早速教会から僧侶がやってきた。
「お疲れ様です」
若い娘だ。柔らかく頬を緩め、剃髪した頭にはフードをかぶっている。
「運ぶの、手伝います」
僧侶が背後に手を振ると、数人の僧侶がやってきて、馬車から荷物を運び出していく。
僧侶は全員女性。男性は1人としていない。
教会の規律、男子禁制のためである。
たとえ運搬のためであっても、男性が教会に近づくことは許されない。
サラも僧侶たちに混じって荷運びを始める。
教会の門を潜って、拓かれた場所に荷物を置いていく。
それを教会内で待機していた別の僧侶が、中に運んでいく。
時間にすれば1時間もかかっていない。
数十人の一斉作業。
体つきのハンデはものともしない、素早い荷ほどきだった。
「サラ様。司教様がお呼びです」
荷運びを終えて引き上げようとしていた時、1人の僧侶が声をかけてきた。
「司教って、アネッタ?」
「ええ。そうです。中でお待ちになっておられます」
「そう。ありがと」
僧侶ははにかむと、仲間たちの元へと走っていく。
それを見送りながら、サラはまた教会の門を潜った。
黒い三角屋根に白亜の壁。
茶色い玄関ドアの上には、丸い窓。
窓の上には、教会の紋章である、砂時計とイバラの紋章がかかげてある。
開け放たれたドアをくぐると広間に出た。
赤い絨毯の横に、整然と信者席が並んでいる。
絨毯の先には祭壇。その前に、アネッタの姿を見つけた。
「久しぶり」
「ええ。お久しぶり」
サラが歩きながら声をかけると、アネッタは微笑んだ。
「何か用事?」
「これ、よかったら持ってってくれないかしら。畑で取れたんだけど、多くて食べきれなくなっちゃって」
アネッタが差し出したのは、カゴいっぱいの芋。
土のついたゴツゴツとした黒い芋が詰め込まれている。
「だいぶ取れたみたいね」
「ええ。今年は豊作だったわ」
苦笑をしながら、サラはアネッタからカゴをうけとる。
「最近、勇者様……今は違うわね、隊長様は元気にしているかしら」
「相変わらずよ。真面目に仕事をこなしているわ。真面目過ぎて、とっつきにくいのが玉に瑕だけど」
「今に始まったことではないでしょう。隊長様の生真面目さは」
「そうかもね。これ、ありがと」
カゴを掲げると、サラはアネッタに背中を向ける。
「
サラの足が止まる。
肩越しにアネッタを見る。
彼女の顔は、不安のせいでくもっている。
「見た目だけじゃ、わからないわよ。まあ、本人に聞いても、はぐらかすでしょうけど」
一年も経てば、人の考えなんて変わる。
ちょっと前まで自分の立場は分不相応のものだと思っていた。
だがなってしまえば慣れるもの。
今ではあまり、立場について考えることもなくなっている。
それが普通。
これが慣れというものだろう。
だが、その普通がギルモアに当てはまるかどうか。
サラにはわからなかった。
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