1-2
魔王討伐の偉業。
その報せはすぐさま国中へと広がり、人々を歓喜の渦へ飲み込んだ。
魔王の城から帰還を果たす勇者たち。
彼らに待っていたのは、過大な賛辞と祝福だった。
通りに飛び交う色とりどりの花びら。
女性たちの黄色い声援。男性たちの勇ましい声が響き渡る。
「笑ってあげなさい。彼らは、貴方の帰還を待ちわびていたのですよ」
アネッタの甘い声色が、ギルモアの耳元にかけられる。
「ああ、そうだな」
疲れた笑みを浮かべながら、彼は民衆に向かって手を上げる。
それだけで市民たちからざわめいた。
その姿を見るたびに、その喜び様を見るたびに。
ギルモアの心には、うつうつとした感情が浮かんでいく。
城内へと入った後、王への謁見をへて、親衛隊隊長という役職と領地が与えられた。
魔王討伐の偉業。
そして平和へ多大なる貢献。
それに報いるための報酬である。
ギルモアの仲間たちにも、国の重要な役職を任せることになっている。詳細は後日に回すが、けして蔑ろにはしないと、王は約束した。
ギルモアたちはかしづき、うやうやしく報酬を受け入れた。
王をはじめ、彼の臣下たちは拍手を送る。
彼らの功労を称えて。
彼らの功績を称えて。
彼らからの賛辞を、ギルモアは素直に受け取れなかった。
拍手も温かい言葉も、むなしい音となって、鼓膜をすり抜けていく。
戦ったのは勇者たち。
しかし真に打ち倒したのは、狩人の男。アルフォンス・ルーである。
魔王の命をかすめ取り、仮初の手柄だけを残して去った、かつての仲間。
彼の黒い背中が、いつまでも勇者の記憶にこびりついて、離れない。
「これは私たちだけの秘密にしましょう。魔王を打倒したと言う事実には、変わらないのだから」
アネッタの提案はもっともだ。
アルフォンスが仲間から外されたことは、4人を除いて誰もいない。
黙っていれば、王や市民が知ることはない。
だがギルモアは別だ。
市民を、臣下団を、王を騙して栄光を掴む。
罪悪感のよどみが、ギルモアの心にしこりを残した。
それから一年が経った。
勇者たちの関係はたった一年の間に、すっかり様変わりした。
ギルモアは近衛隊の隊長に。
アネッタは国教の司教に。
キースは魔術研究所の主任研究員に。
そしてサラは、騎士団の団長に。
それぞれに立場が変わり、忙しい日々を送っている。
初めの頃は頻繁に顔を合わせていたものだが、今ではとんと疎遠になっていた。
「団長、ちょっといいですか」
城の別棟。中央司令部。
サラに与えられた執務室。
そこに1人の兵士が入ってきた。
ロバート・ウィルソン。彼女の部下だ。
彼は脇に抱えた資料を、サラのテーブルに載せる。
「事件の資料。まとめてきましたんで、目を通しておいてください」
テーブルにはすでに決裁書と資料の山ができていたが、ロバートは一切気にしていない様子だった。
「ありがと」
優秀な部下の行いにため息をつきながら、サラは資料に目を通す。
ここ最近、連続殺人が世間を賑わせていた。
狙われるのは資産家や貴族、議員などの有力者。彼らに関与のある市民、商人などである。
被害者がベッドにて眠っているところが狙われる。
首についた鋭利な裂傷。
目撃者のいない、または生まれない状況で犯行に及んでいること。
以上の点から見て単独、または複数人による連続殺人が考えられていた。
ロバートが持ってきたのは、これまで殺害された被害者たちの資料。
サラがもう一度読み返したいと、ロバートに事前に頼んでいた。
ワシ頭の議員。
着飾った貴族の男。
精かんな顔立ちの若い資産家。
年も背格好も、性別も。てんでバラバラで関連性は見当たらない。
唯一、その死に様だけが、彼らをつないでいる。
「紅茶でも、淹れましょうか」
ロバートが言う。
「ええ。お願い」
「かしこましました」
ロバートは大仰に会釈をする。礼儀や作法など度外視した、芝居がかった仕草だ。
苦笑をもらしながら、サラはロバートの背中を見送る。
あんな態度でいて仕事は卒なくこなして見せるのだから、人は見た目じゃわからないものだ。
くだらないことを考えながら、サラが資料に目を落とす。
連続殺人を可能にしうる犯人。
証拠を何一つ残すことなく、死という事実だけをその場に残し消え去る。
数十人の警護を敷いてもなお、網目を掻い潜って、犯行におよぶ。
手練れの暗殺者か。
もしくは組織立った犯行か。
複数人の犯行ならば、相当に統率が取れた集団であろうし、一人ひとりの能力も高いはず。
単独の犯行ならば、実力は推して知るべし。
相当の手練れであることは、間違いない。
「めんどくさいわね」
魔王との戦が終わった途端の暗殺騒ぎ。
傭兵の頃よりは暮らしぶりに余裕はあるが、自由さで言えば傭兵の頃の方が良かった。
今じゃ司令室に泊まり込み。
家に帰ったのも、つい1週間ほど前だ。
「はい、お待ちどうさま」
ロバートが戻ってきた。
ポットとカップを両手に持っている。
カップに紅茶を注ぎ入れ、サラの手前に運ぶ。
「どうぞ。俺のお手製ですよ」
「ティーパックの紅茶でしょ。どうせ」
「そうですけど、お手製に違いはありませんよ」
「調子がいいんだから」
湯気のたったカップを持ち、口に運ぶ。
大量生産の同じ味。同じ香り。
親しみすぎて、これが旨いのか旨くないのかも分からない。
部屋の置き時計がやかましく時を教えてくれる。
昼少し前。振り子が揺れるたびに、鐘の音がけたたましく響き渡る。
「……あっ、やば」
時の音が忘れかけた記憶を呼び起こす。
サラはスケジュール帳を開く。
『勇者 面会』
下線つきで記述された予定。
それをすっかり忘れていた。
「ごめん。ちょっと出かけてくるわ」
荷物をあらかたまとめて、サラは急いで立ち上がる。
「なんです。男との約束ですか」
ロバートはふざけ調子で言う。
「そうだったらよっぽど良かったんだけどね。そんなに時間はかからないと思うけど、後のこと、お願いするわね」
「了解です、団長」
ロバートは言いながら、かかとを揃えて敬礼をした。
ロバートのニヤケづらを見送り、サラは早足で部屋を出た。
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