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 魔王討伐の偉業。

 その報せはすぐさま国中へと広がり、人々を歓喜の渦へ飲み込んだ。


 魔王の城から帰還を果たす勇者たち。

 彼らに待っていたのは、過大な賛辞と祝福だった。

 通りに飛び交う色とりどりの花びら。

 女性たちの黄色い声援。男性たちの勇ましい声が響き渡る。

 

「笑ってあげなさい。彼らは、貴方の帰還を待ちわびていたのですよ」


 アネッタの甘い声色が、ギルモアの耳元にかけられる。

 

「ああ、そうだな」


 疲れた笑みを浮かべながら、彼は民衆に向かって手を上げる。

 それだけで市民たちからざわめいた。


 その姿を見るたびに、その喜び様を見るたびに。

 ギルモアの心には、うつうつとした感情が浮かんでいく。


 城内へと入った後、王への謁見をへて、親衛隊隊長という役職と領地が与えられた。


 魔王討伐の偉業。

 そして平和へ多大なる貢献。

 それに報いるための報酬である。


 ギルモアの仲間たちにも、国の重要な役職を任せることになっている。詳細は後日に回すが、けして蔑ろにはしないと、王は約束した。


 ギルモアたちはかしづき、うやうやしく報酬を受け入れた。


 王をはじめ、彼の臣下たちは拍手を送る。

 彼らの功労を称えて。

 彼らの功績を称えて。


 彼らからの賛辞を、ギルモアは素直に受け取れなかった。

 拍手も温かい言葉も、むなしい音となって、鼓膜をすり抜けていく。


 戦ったのは勇者たち。

 しかし真に打ち倒したのは、狩人の男。アルフォンス・ルーである。

 魔王の命をかすめ取り、仮初の手柄だけを残して去った、かつての仲間。

 彼の黒い背中が、いつまでも勇者の記憶にこびりついて、離れない。


「これは私たちだけの秘密にしましょう。魔王を打倒したと言う事実には、変わらないのだから」


 アネッタの提案はもっともだ。

 アルフォンスが仲間から外されたことは、4人を除いて誰もいない。

 黙っていれば、王や市民が知ることはない。

 だがギルモアは別だ。

 市民を、臣下団を、王を騙して栄光を掴む。 

 罪悪感のよどみが、ギルモアの心にしこりを残した。







 それから一年が経った。

 勇者たちの関係はたった一年の間に、すっかり様変わりした。


 ギルモアは近衛隊の隊長に。

 アネッタは国教の司教に。

 キースは魔術研究所の主任研究員に。

 そしてサラは、騎士団の団長に。

 それぞれに立場が変わり、忙しい日々を送っている。


 初めの頃は頻繁に顔を合わせていたものだが、今ではとんと疎遠になっていた。


「団長、ちょっといいですか」


 城の別棟。中央司令部。

 サラに与えられた執務室。

 そこに1人の兵士が入ってきた。


 ロバート・ウィルソン。彼女の部下だ。

 彼は脇に抱えた資料を、サラのテーブルに載せる。


「事件の資料。まとめてきましたんで、目を通しておいてください」


 テーブルにはすでに決裁書と資料の山ができていたが、ロバートは一切気にしていない様子だった。


「ありがと」


 優秀な部下の行いにため息をつきながら、サラは資料に目を通す。

 ここ最近、連続殺人が世間を賑わせていた。

 狙われるのは資産家や貴族、議員などの有力者。彼らに関与のある市民、商人などである。

  

 被害者がベッドにて眠っているところが狙われる。

 首についた鋭利な裂傷。

 目撃者のいない、または生まれない状況で犯行に及んでいること。

 以上の点から見て単独、または複数人による連続殺人が考えられていた。


 ロバートが持ってきたのは、これまで殺害された被害者たちの資料。

 サラがもう一度読み返したいと、ロバートに事前に頼んでいた。

 ワシ頭の議員。

 着飾った貴族の男。

 精かんな顔立ちの若い資産家。

 年も背格好も、性別も。てんでバラバラで関連性は見当たらない。

 唯一、その死に様だけが、彼らをつないでいる。


「紅茶でも、淹れましょうか」


 ロバートが言う。


「ええ。お願い」


「かしこましました」


 ロバートは大仰に会釈をする。礼儀や作法など度外視した、芝居がかった仕草だ。

 苦笑をもらしながら、サラはロバートの背中を見送る。

 あんな態度でいて仕事は卒なくこなして見せるのだから、人は見た目じゃわからないものだ。

 くだらないことを考えながら、サラが資料に目を落とす。


 連続殺人を可能にしうる犯人。

 証拠を何一つ残すことなく、死という事実だけをその場に残し消え去る。

 数十人の警護を敷いてもなお、網目を掻い潜って、犯行におよぶ。


 手練れの暗殺者か。

 もしくは組織立った犯行か。

 複数人の犯行ならば、相当に統率が取れた集団であろうし、一人ひとりの能力も高いはず。

 単独の犯行ならば、実力は推して知るべし。

 相当の手練れであることは、間違いない。


「めんどくさいわね」


 魔王との戦が終わった途端の暗殺騒ぎ。

 傭兵の頃よりは暮らしぶりに余裕はあるが、自由さで言えば傭兵の頃の方が良かった。

 今じゃ司令室に泊まり込み。 

 家に帰ったのも、つい1週間ほど前だ。

 

「はい、お待ちどうさま」


 ロバートが戻ってきた。

 ポットとカップを両手に持っている。

 カップに紅茶を注ぎ入れ、サラの手前に運ぶ。


「どうぞ。俺のお手製ですよ」


「ティーパックの紅茶でしょ。どうせ」


「そうですけど、お手製に違いはありませんよ」


「調子がいいんだから」


 湯気のたったカップを持ち、口に運ぶ。

 大量生産の同じ味。同じ香り。

 親しみすぎて、これが旨いのか旨くないのかも分からない。


 部屋の置き時計がやかましく時を教えてくれる。

 昼少し前。振り子が揺れるたびに、鐘の音がけたたましく響き渡る。


「……あっ、やば」


 時の音が忘れかけた記憶を呼び起こす。

 サラはスケジュール帳を開く。

 

 『勇者 面会』


 下線つきで記述された予定。

 それをすっかり忘れていた。


「ごめん。ちょっと出かけてくるわ」


 荷物をあらかたまとめて、サラは急いで立ち上がる。


「なんです。男との約束ですか」


 ロバートはふざけ調子で言う。


「そうだったらよっぽど良かったんだけどね。そんなに時間はかからないと思うけど、後のこと、お願いするわね」


「了解です、団長」


 ロバートは言いながら、かかとを揃えて敬礼をした。

 ロバートのニヤケづらを見送り、サラは早足で部屋を出た。

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