魔冠の器〜勇者から追放勧告を受けたので、魔王の首だけ頂いておきます〜
小宮山 写勒
一章
1-1
「悪いんだが、君をこれ以上連れて行けない」
勇者一行に緊張が走る。
深い森の中。
ふくろうの鳴き声が、静かに響いている。
夜間の休憩のために、5人の男女が焚き火を囲っていた。
勇者は名をギルモア・スタンフィール。
魔王討伐を王より命じられた、気高き勇者である。
勇者の目の前にいるのは、黒いコートを着込んだ男。
狩人のアルフォンス・ルー。
フードの下にあるのは、火傷をおったひどい顔。
毛髪一つない頭を撫でて、アルフォンスはじっと勇者を見つめる。
「はっきり言えば、君は僕たちの荷物なんだ」
ギルモアはキッパリと言う。
ひるがえって、アルフォンスは何も言わない。
その瞳からも、その表情からも、何の感情も感じない。
言葉の消えた空白の時間。
静寂と不気味さが、勇者の背筋をスッと撫でていく。
「これはみんなと話した結果なんだ」
ギルモアから視線を外すと、アルフォンスは仲間たちの顔を見る。
魔術師のキース・ジャレト。
僧侶のアネッタ・チェンバー。
傭兵のサラ・ウィリアム。
長い間、共に旅をした仲間たちの顔。
彼らはうつむき、気まずげに視線を外している。
「このまま一緒に来ても、お互いのためにはならない。悪いが、わかってくれ」
ギルモアが頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、アルフォンスは静かに立ち上がる。
遠ざかる足音。
焚き火の明かりの外へ。アルフォンスは影となって森へと消えていく。
「私、送ってくるよ」
サラが言いながら、立ち上がる。
こんな別れになってしまったが、仲間は仲間だ。
最後の別れに、森を出るまで見送ってやるのが人情というものだろう。
誰かが後に続くかと思ったが、残る3人の腰は重い。
サラはため息をつきながら、すぐにアルフォンスの後をおった。
「待ってよ」
彼の背中を見つけると、サラは声をかけた。
だが彼の足は止まることはない。
茂みを蹴りわけ、獣道をしずしずと歩いていく。
「待ってってば」
もう一度声をかける。
アルフォンスの歩みが緩むことはない。
「待ってよ、アル」
そう呼びかけると、アルフォンスの足がぴたりと止まる。
アル。彼のあだ名だ。
もっともその名前を使うのは、サラの他にはあまりいない。
「ついてこなくて、いい」
久しぶりに聞いた声。
ざらついた低い声。昔馴染みの、昔から変わらない声だ。
口を聞いてくれたことを嬉しく思いながら、もう聞けないのだと、少し寂しくなる。
「森の外まで送っていくよ」
「俺にそんな世話を焼いてどうする。勇者のそばにいてやったほうがいいだろ」
「いいのよ。私がいなくたって、他の2人がなんとかしてくれるわ」
「無理してついてくるな」
「無理なんかしてない。私は私がやりたいからしてるんだから」
アルフォンスが足を動かす。
サラも同じように動かす。
アルフォンスが足を早めれば、サラも同じように歩みを早める。
「戻るつもりはないの」
「ない。戻ったとしても、勇者の役には立てない」
そんなことはない。
サラがそう言いたかったが、アルフォンスは言葉続ける。
「単独行動が多く、戦闘に参加できないことも多い。集団の中で異分子がいれば、統率を乱す原因にもなりかねない。勇者は、その点を懸念したんだろ」
「そうかもしれないけど」
「いずれはこうなることがわかっていた。魔王城へたどり着く前に、判断を早めただけだろ」
アルフォンスが肩越しにサラを見る。
「俺の自業自得だ。だから、見送りは必要ない。ついてこないでくれ」
「森の外までよ」
サラの頑固さはアルフォンスもよく知っている。
一度こうと決めれば、何があっても曲げようとはしない。
昔っからだ。それがわかっているから、アルフォンスもそれ以上言うことはやめた。
森の中を抜け、拓けた道に出る。
「森を、出たわね」
サラが言う。
「じゃあ、またどこかで」
「ああ。お前も、気をつけろ」
アルフォンスは走った。
振り返ることなく、闇を切り裂いて。
闇に溶け込む彼の背中に、サラは静かに手を振った。
それから三日後。
勇者たちは魔王の城へと攻め上がる。
数々の魔物を退けて、ついに魔王の元へとたどり着く。
一進一退の攻防。
互いに死力を尽くし戦い続けた。
あと一歩。あと一歩のところで、魔王を討ち倒せる。
勇者の目には光が宿る。
希望への光。平和への光。
長らく待ち望んだ平穏の時が、今目前に迫っている。
幻想が勇気となり、痛む体に力をくれる。
魔王の方向。不遜な態度に焦りが見えた。
追い込めている。あと少し、あと少し。
戦いの終わりは、突然訪れた。
魔王の城。天井付近。
露出した梁の上から、何かが降ってくる。
魔王の肩に降り立ったそれは、煌く何かで魔王の首をはらう。
黒い血飛沫。
ごとりと音を立てて、魔王の首が床にこぼれ落ちる。
呆気に取られた勇者たち。
そんな彼らに目もくれず、それは落ちた首を拾い上げる。
「アル……」
サラが呟く。
頭を失った体が倒れ、衝撃によって生まれた風が、黒のコートをたなびかせる。
風にあおられ、フードが取れる。
現れたのは、火傷の後が色濃く残る、男の顔。
仲間から追放されたはずの、アルフォンスだった。
アルフォンスはサラをいちべつすると、踵を返して壁を登る。
「待て!」
ギルモアが叫ぶ。
しかし、彼の叫びは空虚に響くだけ。
アルフォンスは止まることなく、上部に開いた窓より外に出た。
魔王との戦。
突然の終幕。
勇者たちはただ呆然と、消えゆく魔王の体を見つめるばかりだった。
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