番外 僕の心情

 僕は公爵家の嫡子として生まれた。両親は恋愛結婚ではなく、祖父母が決めた婚約者同士で政略結婚である。しかし、父が母に一目惚れしたとかで、今でもとても仲が良い。本来、公爵家長男でもある僕は、跡継ぎ教育が厳しい筈だが、時には厳しく…時には程々に、公爵家の跡継ぎ教育としては、ゆったりとした教育を受けさせてもらっている。自分では気が付かなかったものの、僕と同じ年齢で、侯爵家の嫡子である『リョー』から、そういう話を聞いて知ったのだ。


『リョルジュ・サンドル』というのが、彼の本当の名前であり、家族や皆が気軽に呼ぶ愛称として、リョーと呼ばれている。彼の父親は、跡継ぎ教育だけではなく、彼の弟に当たる次男の教育にも、相当厳しく力を入れているらしい。厳しい躾の所為で、一時期のリョーは、自分だけが厳しい教育を受けていると、思い込んでいたそうで、弟に冷たい態度を取っていたようだ。最近になって、父親が家族思いの不器用な人だと分かり、漸く両親とは和解したらしい。しかし今度は弟が、厳しい父と厳しい兄の態度に、自分は嫌われているのだと勘違いしているみたいで。

それを知った直後、リョーは物凄く落ち込んでいたが、誤解だと説明したらいいのでは?


兎に角、サンドル侯爵家の人間は皆、誤解するような行動が多い。リョーの父であるサンドル侯爵は勿論のこと、その妻の侯爵夫人もリョー本人も、彼の弟の『エイジ』も…。エイジこと『エイジーク・サンドル』は特に、僕の大切な『カノン』に気があるにも拘らず、カノンを貶めるような事ばかり言ったりするし…。

決して意地が悪いのではなく、照れ隠しからそうなってしまうようだが、カノンが許しても…。本当に止めてほしいよ…。


僕はこう見えて、寛容な性格ではない。穏やかな性質だとか、落ち着いたタイプだとか言われるが、本来の性格は…全く違う。元々の性格と、跡継ぎ教育の成果もあり、そう見えるだけだと言うべきかもしれない。確かに、本来は穏やかで落ち着いているのかもしれないけれど、プラス結構激しい感情も持っている、という感じかもしれない。その激しい感情が生まれるのが…大抵、である。但し、カノン自身に怒りをぶつけたことは、今まで決してないのだが。


カノンに対して、怒る要素なんてものは、何1つないんだよ。カノンは先日、まだ5歳になったばかりだというのに、かなり聡い子である。僕でさえ、将来の有能な宰相候補だと言われているけれども、カノンはその僕の話に、ついて来れるほどなんだよね。リョーや僕と同じ年なら分かるのだが、僕より2歳と半年も年下だというのに。カノンは聞き分けが良過ぎて、逆に心配なんだよね…。


今回の婚約の件でも、カノンには…もっと、責められてもおかしくないのに。

彼女はあまり怒っていない。それより、どうして一言相談してくれなかったのか、と説明してもらいたいだけで。もっと責めてくれて、良かったのに。もっと怒ってくれても、良かったのに。


カノンが承諾してくれたと嘘をき、僕は両親に婚約の許可をもらい、彼女には内密にして、彼女のご両親に婚約を取り付け、まるで彼女が望んでいるかの如く、正式な婚約を取り付けた。…彼女を守りたかった。

彼女が前世の記憶保持者だとバレたら、僕の両親は…王家に逆らってまで、彼女の味方はしないだろう。彼女の両親が…彼女の味方をすれば、処分される可能性もある以上、僕の両親にも彼女の両親にも、絶対にバレてはいけないのだ。


…どうしたらいい?…どうやったら…彼女を助けられる?

そう…考えに考えて、やっと出てきた答えが、ことだ。

カノンは、あまり顔に出さないタイプだ。何か不都合があったとしても、例え彼女が動揺していたとしても、他の人物に悟らせるような態度や表情は、しない。

分かるのは…僕だけだ。僕ならば…彼女の微妙な反応も、見分けられる。


彼女が、あの誕生会で突然知っても、何の問題もない。案の定、誰1人として気付かず、お祝いを述べて帰って行く。僕達の正式な婚約発表に、ただ1人ショックを受けた人物が居たくらいで。僕には…て遣ったりだったけれど。






    ****************************






 カノンと初めて会ったのは、僕が4歳になってから、半年ほど経った頃だ。

僕とリョーは既に友人だったし、1歳年下の『ガク』とは、少し前に知り合って仲良くなっていた。特に、女の子の友達はいなかったが、僕は父に連れられて王宮に行くこともあり、同じ年頃の女の子達と、目が合う度に騒がれてしまい、内心では戸惑っていた。昔から女の子に騒がれるのは苦手だと、何故だか一瞬だけそう思っていた。昔という程、まだ生きていないのに。その時は、あまり気にしなくて。


女の子の誕生会に出席するのは、生まれて初めてだった。何となく…僕の婚約者候補なのだろうと、気が付いていた。僕の家は公爵家だからこそ、あまり身分が違い過ぎるのは、貴族の上下のバランスが崩れてしまう。今日招待された家は侯爵家であり、その点では何の問題もない。先日勉強した内容によると、この侯爵家は中立派でもある。僕の家のラドクール公爵家派と、ナムバード公爵家派とが、現在は派閥として真っ二つに分かれている。ナムバード公爵家派は、何かと王家に側妃を置いて王家を擦り寄ろうとしており、王家としては…邪魔だろうな。


殿下は、王太子妃様を溺愛している。側妃となる妃を催促されて、ウンザリされておられるだろう。僕の父は、側妃を置く事には反対派だ。側妃を置くことで、王宮の経費も倍掛かるし、その経費の元は…民の税金だ。無駄な税金を使用したくないし、王妃は…父にとって、恩のある侯爵家出身である。王妃とその実家を、敵に回したくないのもある。ラドクール公爵家派は、その父の考えを支持した貴族が連なる一派だ。


そして、まだどちらにも属さない中立派の貴族が、少数存在している。その中でも1番上位の貴族が、アルバーニ侯爵家であった。父はその点でも、こちら側に引き寄せたかったのだろう。アルバーニ侯爵とは付き合いがある。この機会に、婚約をチラつかせて餌にするつもりなのだ。僕は…なのだ。既に、父には従うつもりでいたので、僕は自分の役割を、まっとうする気でいた。なのに…カノンに会った瞬間、時間が止まった…ようで。


カノンは、まだ2歳になったばかり。見た目は年齢よりも幼く見え、背も同じ年頃の少女より低く、小柄な少女であった。見た目は可愛らしい女の子なのに、もう既に自我をはっきりと持っていた。2歳の子供とは…思えない程に。しっかりと自分の意見を持つ少女で。それなのに、我が儘なところは一切なく、他人を思いやれる優しさを持っていて。まるで、経験豊富な大人の女性みたいな…。


そんな彼女に会った瞬間、僕は…彼女に会うのを待っていた、そんな気がした。

…ああ、彼女だ。やっと…彼女に会えた。泣きそうになるぐらい、感情が込み上げて来るぐらいに。今日初めて会った筈だというのに、何故か…初めてではない、そんな気もしていた。会いたかった…と。


僕は、本来の自分の役割を忘れ、本心から彼女と仲良くなろうと、努力をした。

自己紹介した後、彼女の好きな絵本とか好きな食べ物とか、色々訊き出して。

年上のお兄さんらしく振舞う。そうして気付いた。彼女は、何か異なる雰囲気を含んでいる、と。会話の中でも時々、言葉も、含まれていたり、何となく…彼女がこの世界では、異質な存在ではないか、と僕は気が付く。

そういう彼女は、危うい存在だと危惧して。


僕もまだ、はっきり聞かされた訳ではないが、そういう異質なる存在を、僕の家が保護する役割があるのは、何となく知っている。保護するということは、監視する意味も含まれる。保護というより管理する、と言う方がしっくり来そうだ。

僕は……本気で恐れた。カノンがその対象になることに。考えるだけで怖かった。僕にだけは何でも相談するようにと、彼女を誘導した。それは…上手く行っていたと思う。彼女は僕にだけは、何でも話してくれるようになったのだから。


あれから3年経って、彼女は愈々、段々と前世の記憶を思い出し始めている。

年齢が上がる程、記憶がはっきりして来るようだ。残念ながら、僕には彼女のような記憶は、一切ない。ところが、この前の誕生会の後、「この世界に、魔法や魔術は…ありませんよね?」と彼女が訊いて来た時、僕の頭に魔法のイメージのようなものが、一瞬はっきりと浮かんだのだ。フラッシュバックのようなもので、一瞬だけ…くっきりと見えたのだ。…何なのだろう?…何かがはっきり見えたのに、僕にはそれが何であるのかさえ、分からない。前世とかの記憶…なのだろうか?

しかし、カノンとは…


一先ず、この自分の現象は一時置くとして、魔法と魔術が存在するのかを考えた。

今のところ勉強していても、全く聞いたことがない。だが、我が国に隠されている秘密事項、という線も考えられる為、この際だから徹底的に調べるべきだろう。


自分も…もしかしたら、彼女と前世で繋がりがあったのでは、と期待したいが…違うようだ。残念だけど…仕方がない。僕までが前世の記憶持ちならば、守り切れない問題も出て来るかもしれない。これで…良かったのだ、と思うことにした。

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