10話 婚約する理由

 わたくしのお誕生会は、波乱のうちに終了となりました。今日来てくださった来賓の皆さまを、両親と一緒にお見送り致します。本日先程、となられたトキ様と共に……。皆さま、帰り際にも、わたくしとトキ様に向かって、声を掛けられて行きます。「ご婚約、おめでとうございます。」と。皆さま…笑顔で。


 「カノンとトキ様の婚約が決まって、本当に良かったわ。」


リナは嬉しそうにそう言って、去って行く。エイジは何故か…哀愁が漂いそうな、悲痛な雰囲気で何も話し掛けて来ず、明らかに肩を落として去って行く。

……何なのかしら?…エイジの兄であるリョー様は、「カノンちゃん、ごめんね?アイツ、あれでも本気でショック受けてるから、もう少し時間が経てば、立ち直ると思うよ?」と仰られるのですが、今一…理解出来ませんわ。が、本気でショックを受けるとは……。何が…あったのでしょうか?


わたしくは、全く理解出来ないという風に、首を頻りに傾げておりました。

トキ様が苦笑されながらも、「君が、気にすることは…ないんだよ。」と、言ってくださいます。本当に…トキ様は、お優し過ぎます……。


アリー様も、少々ぎこちない笑顔ですが、「おめでとうございます。」と祝福してくださってから、軽く会釈をして去って行かれます。ユイ様はもう満面の笑顔で、「お兄様、カノンお姉様。ご婚約、おめでとうございます!わたくし、カノンお姉様がになられるなんて、夢のようですわ。もう、わたくし……嬉しくて嬉しくて…。」と感激されていらっしゃいます。


…う~ん。もし…これで、婚約破棄なんてことになりましたら、どうなってしまうのでしょうね?まだ…両親とわたくしだけに、正式な婚約を打診されてましたら、何とでもなりますのに…。しかし、これは…わたくしにに、なのでしょうね?……ふう。これは…トキ様が仕組まれたことですのね?

お父様が、わたくしの意見を無視されることは、今までありませんでしたもの。

そして…あまり乗り気ではなかった、お父様でしたので。


トキ様は、お父様に…何を吹き込まれたのですか?まさか…前世の記憶のお話は、されていないでしょうし…。トキ様が、このような強行手段を取られるとは、夢にも…思いませんでしたわ。彼は案外と…策略家でしたのね?


一足先に、トキ様のご両親とユイ様は、公爵家にお帰りになられたようでした。

本来ならトキ様も御一緒に、帰られるところなのでしょうけれども、わたくしへのファローをする為にか、居残ってくださっています。今は、誰にも聞かれたくないものですから、わたくしの部屋にてトキ様とお茶をするという風に、周りの人間には伝えておりますの。ララは最後まで部屋に残りたがっておりましたが、わたくしが泣き落として追い出しましたわ。婚約記念とか言って、誤魔化しましたのよ。


ララから言えば、いくら正式な婚約者と言えども、まだ5歳の子供と言えども、男女2人きりなのは外聞が悪い、ということなのでしょう。ララの言い分は分かりますが、今のわたくしには、そのような余裕は…一切ありませんのよ!

トキ様に真意を問い質さねば、わたくし、今夜は眠れなくなってしまいそうです。


漸くトキ様と2人きりになりまして、わたくしはララの用意してくれていた紅茶を、優雅に飲みながらも、どのように切り出そうかと迷っておりました。

目の前のソファに座られているトキ様は、まるで…わたくしのお部屋に入るのが初めてでないかのように、同じく紅茶のカップを持ちながら、ゆったりと穏やかな表情で飲まれておりますのよ。トキ様って、見掛けによらず…随分と肝の据わったおかたでしたのね?…今は…、動揺していましてよ?


 「ここが、君の…カノンの自室なんだね?…うん、僕の部屋とは全然違っているから、色々と興味深いよ。それに…婚約した早々に、君の部屋に入れてもらえるなんて…凄く嬉しいよ。然も…2人きりになりたいなんて…ね?」

 「………。トキ様、勘違いされては困りますわ?わたくし、婚約のことは…何も聞かされておりませんでしたのよ?先程の父の挨拶で…知ったばかりなのですわ。

トキ様…謀られましたわね?何故…このようなのような方法を、取られたのですか?わたくしが…断ると思われてのことですか?」


トキ様は惚けてみえるのか、わたくしがトキ様とお部屋で、2人になりたかったみたいな扱いをされておりますが、わたくしは単にトキ様と、ゆっくりお話したかったのですわ。婚約について…。少々言葉がキツくなってしまいましたが、わたくしのことなのに知らなかったというのは、軽視された気分…ですのよ。






    ****************************






 「カノンも気が付いていると思うけど、君の前世の記憶を守る為でもある。僕の婚約者になれば、ファローも出来るし、僕がカノンを守ってあげられる。そう思ったからだよ。僕にとって、カノンは…大切な存在だからね?」

 「…わたくしの例の夢は、本当に…前世の記憶なのでしょうか?トキ様は…本当に、わたくしを助けるおつもり…なのですか?…それとも…わたくしを…監視するおつもりがおありなのですか?」

 「 …!……。違う!僕は……君を、カノンを…ただ助けたい!…それだけだよ!僕には…カノンだけなんだ…。カノンと初めて会った時から、そう思ったんだよ。両親には勿論、何も話していない。僕が、『カノンと婚約したい』とお願いした以外は…ね。ただ…『カノンからも了承を得た』とは、僕の両親と君の両親に、嘘をいたけど…。」


突然の婚約になった理由を、彼は語ってくださいます。やはり…前世の記憶があるから、なのですね…。それでも…わたくしには、トキ様のお気持ちが…今一分からず、責めるような態度を…取ってしまいました。それに対してトキ様が、物凄く慌てたように声を荒げて、立ち上がられて…。ご自分の気持ちを吐露されます。

ご両親にまで嘘を吐かれて…。どうして…そこまでして、わたくしを庇われるの?

わたくしが大切だと仰ってくださることには、言葉に出来ない程…嬉しくて。


わたくしには、トキ様にそこまで大切にしていただく理由が、全く分からない。

それに…わたくしは、トキ様の語られた言葉に、戸惑っておりましたのよ。

わたくしの戸惑う様子に、トキ様はハッとされて、「…カノン…ごめんね?…どうやら、先走ってしまったようだ…。」と力なく謝られて、再びソファーに座られた時は…悄気たご様子でして。


 「どうして、内密にされたのですか?…わたくしが…嫌がるとでもお思いになられたのですか?」

 「…うん。カノンはきっと…断ると思ったから。自分の為に、そんな理由で僕と婚約したくない、と言うだろう…と。…本当にごめんね?…僕は、カノンの為と言いながらも、結果的には…カノンの気持ちを、蔑ろにしたんだ…。」


わたくしの気持ちに、気付かれておりましたのね?…そうですわね。間違いなく、わたくしは断っておりましたわ。そのような理由で、トキ様を縛り付けたくなど…と、思いませんもの。…絶対に!


その後、わたくしとトキ様は、前世の記憶保持者についてのお話を致しました。

わたくしには知る権利があるからと、本来ならば門外不出の国家秘密事項を、語ってくださいまして。王家の本を保管している王立図書館にも、そういう記録も残されていて、肝心なことが書いてある本は、厳重に保管されていたりと、公爵家の彼だからこそ、拝見できたみたいですね。


前世の記憶保持者は、数年に一度は、何人か見つかることもあるそうです。

(ただ、見つかっていないだけで、もっといるかもしれないとのことなのです。)

記憶保持者の中には、鮮明に覚えている者もいれば、あまり覚えていない者も含まれ、この世界がある程度発展したのは、どうやら…そういう前世の者が、発明などしたお陰のようでしたわ。


そのうちの1つが、灯りのようでした。…ああ、そう言えば、あの夢での世界は、電気という物の発達した国のようでした。我が国とは何か違う仕組みのようでしたけれど。少なくとも我が国では、夢の世界とは違って、電気という物はどこにでも通っている訳ではありません。電灯という灯りがありまして、これを持ち運ぶことで、何処ででも使えるようにはなりますが。


しかし、その電気の仕組みで、王都だけならば夜になっても、部屋が明るくなりまして、夢の世界のようには、夜も昼間と同様に過ごせるのです。ただ領地では電灯しかなく、まだその技術がなく、暗くなったら書物を読むことも難しいですし、文字を書くことも同様です。前世の記憶保持者が現れたからこそ、王都は夜でも明るく過ごせるようなのです。


この世界に魔法が存在すれば、魔術とかを使って容易に、新しい技術も手にいれられたことでしょう。しかしこの世界には、そういう不可思議なものは、感じられません。そう言えば…幼い頃、をチラッと見た記憶が…?………えっ!?

唐突に蘇ったような記憶に、何かの画面の中に…?!魔法…を見たことがある?!

わたくしの前世には…魔法が…存在したと言うの…?


 「…トキ様。少々、お聞きしたいことが…ございます。いえ…があると、言いますか……。」

 「…何?…僕が分かる範囲でなら…ではあるけど、答えるよ?」

 「…この世界には、魔法や魔術などは…ありませんわよね?」





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 いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。夏休み中(8月)のみ、コロナの影響で退屈されていらっしゃる方々へ、普段のお礼も込めまして、更新を増やそうと考えております。頑張って更新しますので、よろしくお願い致します。

尚、更新は不定期となります。

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