8話 エスコートする意味

 今日は、わたくしの5歳のお誕生会。会場は、わたくしの家である侯爵家の第2広間にて。未成年である子供の誕生会ですから、開催時間は、お昼の昼食会を兼ねてのものですわね。14歳のお誕生会ならば、という意味もありますから、夜会同様に夕食を兼ねてとなるのですが。この国…というかこの世界では、灯りのような物は存在しているのですが、というものが、まだ開発されていないのです。……電気?また、ですね…。これが…前世の記憶というものなのでしょうか?


今、わたくしは会場に向かっております。トキ様のエスコートにて。何故なのか、わたくしの部屋までトキ様が迎えに来られて、エスコートしてくださることになりましたの。トキ様が来られた時点で、わたくしのお父様は、若しくは、そのお父様からトキ様にお願いされたのか、ということになりますね?

いくらトキ様の家格が上だとしましても、勝手には…他の貴族の、然も子供とは言え女子の部屋に、部屋の中に入っていないとしても、その家主の許可なくは入れませんのよ。ですから、トキ様がエスコートされることは、ご存じの筈でしてよ。


 「…カノン。今から階段を降りるから、気を付けて。」


トキ様は、わたくしに優しく声を掛けてくださって。本当に良く気がつくおかたなのです。わたくしの家の階段なのですから、慣れておりますけれども、今日のようなパーティドレス姿では、階段などの段差はキツイのですわ。ですから、家の中と言えども、絶対にどなたかのエスコートが必要なのですのよ。


トキ様のエスコートは的確で、少しでもふらつきそうな要素があれば、声をかけてくださったり支えてくださったり。何だか…感じなのです。ふふっ。

大人の女性と同じような扱いをされて。わたくしは誤魔化そうと照れ笑いを浮かべて、トキ様を見上げるようにして。トキ様は一瞬驚いたような顔をされて、でもすぐに嬉しそうに微笑み返してくださって。こんな穏やかな時間ならば、ずっと続けばいいのに……。そう思いながらも…。


広間の前に着き、トキ様が足を止めた為、わたくしも歩みを止めまして。

そして、トキ様がわたくしを振り返られ、わたくしも彼を見上げるようにすれば、彼は頷いて来て。今から入るよ?心の準備はいい?…というところでしょうか?

…ええ、勿論。心の準備でしたら、既に出来ておりますわ。


広間の扉を管理している我が家の従者に、トキ様が手を上げて合図を送ると、従者は頷いてから扉を開け放ちます。前を向いたままのトキ様が、「行こう。」と小声で仰られて、わたくしも姿勢を正して前を向いたままで、「はい。」と小声で答えまして。そうして、2人で並んで広間の中に入って行きましたの。

その途端に、広間の中に集まられた人々が、ざわざわと騒ぎ出されます。

多分…わたくしのエスコートが、トキ様だったからでしょうね…。

通常のエスコートの意味が、為のものでもありますから…。


周りからは、「…まあ!到頭、お2人は…婚約されたのかしら?」とか、「お2人とも、とてもお似合いですわ~。」などと、大人の方々が噂される声が、聞こえて参ります。今日のお誕生会には、ラドクール公爵家や、アルバーニ侯爵家に与する貴族ぐらいしか、ご招待していない筈ですから、祝福される雰囲気ですのは、当然と言えば当然ですのよね…。前々から、そういう雰囲気がありました事は、わたくしでも知っておりましたし。


以前から、トキ様とはいつ婚約するのだろうか、と噂されておりました。

今も…「お似合いね。」とか、「両想いかしら?」とか、将又「お2人が結び付くことで両家は安泰ですわね?」などと、色々と好意的な意見ばかりでして。

…これって所謂、では…ないのかしら?


実は…この国には、わたくし達の一派とは反する、若しくは、対抗する一派の流れが存在致します。その時代の貴族にも、全ての貴族が一纏めになることなど、滅多にありません。必ずという程に、反対派が存在するのです。そして、この現在にも大きく分ければ、ラドクール公爵家一派と、もう1つの一派であるナムバード公爵家一派が、存在しているのです。中にはどちらにも存在しないという、中立派の派閥もおりまして、実は…我がアルバーニ侯爵家も、中立派でしたのよ。


トキ様とわたくしが婚約することは、アルバーニ侯爵家が中立派からラドクール公爵家派になる、という意味になるのです。今まで婚約というお話にならなかったのも、実は…そういう理由が、となっておりましたのよ。まあ、この場合は単に、お父様がだけ、という両家での認識なのですが。しかし…何せよ、我が家の動向も含めて、どちらの派閥からも注目されている、という状況は、あったのですけれども。






    ****************************






 わたくし達の許へ、1人の少女が優雅に歩いて参ります。わたくしの前まで来られますと、ドレスの裾を摘まみ、貴族らしく軽く一礼をされています。


 「ごきげんよう、カノン様、トキ様。今日は、お誕生日会にお招きくださり、ありがとうございます。今日の良き日に、カノン様が5歳をお迎えになられましたこと、お祝い申し上げます。」

 「お祝いしていただき、ありがとうございます。今日は楽しんで行ってくださいましね、リナ様。」


たった今、わたくしにご挨拶に来られたご令嬢は、『リナベル・マチュール』様で、マチュール伯爵家の次女に当たります。わたくしの親友なのでしてよ。

普段はリナ様と呼ばれていて、わたくしはリナと呼ばせていただいておりますの。

トキ様同様、リナ様もわたくしにとっては、幼馴染と言えますわね。

トキ様とリナがご一緒になることは少ないですが、それでも何回か我が家でお会いされていますわね。リナとは同い年ということもあり、気安い関係ですのよ。


 「よお、カノン。お祝いに来てやったぜ!やっと…5歳になったんだな。でも、さあ…相変わらず、5歳には見えないよな?」

 「エイジ……。カノンに失礼だろ?…謝れ。」


…この失礼な男児は、『エイジーク・サンドル』という名前の、サンドル侯爵家の次男坊でして、親しい者からは『エイジ』と呼ばれておりますの。同い年なのですが7月生まれの為、わたくしより先に5歳になっておりまして、お兄さんぶっておられるのでしょう。トキ様は、失礼だと怒ってくださいましたが、…彼は、この調子なのでして。彼はリナの幼馴染であり、親同士が決めた婚約者でもあるのです。そして…には、リナも珍しく怒っておられますわね?


 「…!…。…カノン…ごめん。オレ…悪気は…なかったんだ……。」

 「…もう!…エイジは、もう少しよく考えてから、言葉になさってくださいませ!…カノンを傷つけられることは、わたくしが許しませんことよ!」

 「…ふふ。…いつものことですから、特に気にしていませんわよ?」


相当に…リナは怒っておられますわね?わたくしとリナはそれこそ、物心つく前からの幼馴染なのです。本来ならば、リナはわたくしに敬称をつける立場ですが、お互いに『様』付けもしておりません。エイジはリナの婚約者であり、敬称なしを許可しておりませんが、物心ついた時には同じく、わたくし達と一緒に遊んでおりました。わたくしにとっては、彼もまた幼馴染なのです。わたくしもまた、彼には敬称なしの扱い、なのですわ。今更というのもありますし、照れ臭いのですもの。

一度「エイジ様」と呼んだ時には、涙目で見られましたし。わたくしに本気で嫌われたと思ったようで、悲しかったみたいですね。ふふふっ。


ですから、ある意味では…トキ様と知り合う前から、エイジのことは、よく知っておりますもの。エイジにことも。


 「お兄様ばかり…独り占めされて、狡いわ!…カノンお姉様。5歳のお誕生会を迎えられたこと、おめでとうございます!心よりお祝い申し上げますわ!…折角、お姉様に追いついたと思いましたのに、また…置いて行かれましたわ。」

 「ありがとうございます、ユイ様。ふふっ。年齢だけは…どうしようもありませんものね?…でも、また半年後には…追い付かれてしまいますのね?」


今挨拶に来られたのは、トキ様の妹でありラドクール公爵家の長女、『ユイリア・ラドクール』様。わたしくより1歳年下の、御年4歳のご令嬢です。金髪とグレーの瞳の今からかなりの美少女で、トキ様と血が繋がっておられるだけは、ございますわね?リナも、おっとりとした美人系の容姿ですが、茶髪茶眼というこの世界には多い色素の為のあり、残念なことに…あまり目立たないようですわ。


ユイ様は以前から、わたくしがトキ様の婚約者になる、と信じていらっしゃるご様子でしたのよ。ですから、わたくしのことを「カノンお姉様」と呼んで慕ってくださるのです。わたくしには、まだ兄弟姉妹がおりませんので、実の姉妹のように仲良くさせていただいておりまして。わたくしに追いつきたいとか、兎に角お可愛らしいお方なのですわ。「すぐに追いつきますよ」という意味を含めましたら、嬉しそうな笑顔を返されまして。…うっ。眩しいです…。


わたくしにも…ユイ様のような、純真無垢な頃は…ありましたかしら?

いえ……ないですわね?…わたくし、こう見えても…ませガキでしたから……。

ませガキ……という言葉も、きっと…前世…の言葉なのでしょうね?

の年齢だとしましたら、仕方がないのかしら?

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