7話 5歳のお誕生会

 わたくしの夢の内容が前世なのではないかと、トキ様からお話があってから、はや数日が経ちまして、わたくしの誕生会が愈々近くなりまして、あの後はトキ様にはお会いしておりません。前々から、トキ様とお会いする日は、とても嬉しくて楽しみにしておりましたが、あれからここ数日間は、わたくしはトキ様に会えなくて、実は…少しホッとしておりましたの。


それなのに、お会い出来ない日が1日1日と長くなるにつれて、わたくしの心にはポッカリと穴が開いたような、空虚な気分がしてくるのです。寂しいような悲しいような。勿論…会えない間は、トキ様からお手紙が届いておりますわ。お友達としてでしょうが。トキ様はお優しいおかたですから、まだお友達の少ないわたくしの為に、も思っているわたくしに、お手紙をくださるのでしょう。


わたくしはドキドキしながら、お手紙を拝見して読み終わると、ホッと息を吐きました。てっきり、先日のことの続きでも、書かれていると思ったのですが、それにつきましては、スル―されておりました。良かったですわ。手紙は誰に読まれるとも限りませんから、安心出来ないのです。それについては、トキ様も分かっておられたのでしょうね。全くという程、夢のお話の件については、触れられておりませんでしたもの。


一応、手紙の封筒には、封蝋というものが押されておりまして、封を開ければ一目で分かるようになっておりますけれど、それでも全く気付かれないように、手紙を見ることは可能なのです。別に不思議な力ではなく、両家の両親でしたら、封を開けてもおかしくないということですわ。特に、トキ様のご両親が中身を見ようと思えば、開けてしまえるのです。封筒は新しいものにすればいいですし、封蝋も同じものが押せますからね。トキ様は何とかするような素振りでしたが……。

ご両親に怪しまれてしまえば、そういう事も出来るというお話なのです。


公爵家としては王家を謀ることが出来ません。ですから、トキ様が守ると仰られても、彼のご両親である公爵様には、流石のトキ様でも反抗することに、ことでしょう。当然、わたくしの両親も王家や公爵様には、逆らえないのです。

わたくしの味方は…いないと思った方が、良いでしょうね?この国では…いいえ、王国の多いこの世界では、どの国でも自国の王家は、絶対の存在なのです。


何の解決方法もないまま、トキ様にもあれからお会いしないままに、到頭わたくしのお誕生会の日が、やって参りました。今日は、ラドクール公爵家一家もご参加されますのよ。トキ様にもお会いできますが、公爵様にわたくしの前世のことがバレていないか、不安でもあります。今日1日、わたくしは無事に隠し通すことができますでしょうか?


あの時も、トキ様には、わたくしの動揺がバレたようでしたが、少し離れた所から私達の様子を見ていたララは、トキ様が急に身を乗り出して、わたくしの手に自分の手を重ねられた行動に、「トキ様が、ああいう行動を唐突にされたのには、正直驚きましたわ。トキ様も…カノン様の5歳の誕生会には、気合を入れておられますのね?」と言いますし、「トキ様って案外、積極的なおかたでしたんですねぇ。」とミリィもおかしな方向に、考えているようなのです。


他の兵士や騎士達も、わたくしと目が合った途端に、微笑ましそうに笑っておりましたし……。どうやら…わたくしは、いつも通りに顔には出しておりませんでしたのね?それなら良いのですけれど。…あら、でも……トキ様が何か勘違いされたようですから、誕生会の後にでもフォローした方が宜しいでしょうか?


まあ、兎に角。今日もいつものの如く、表情を出さないように気を付けましょうか?……鉄仮面とは…何でしょうか?この世界にも…あるのでしょうか?

一応、話す言葉にも…細心の注意を払いましょうか…?






    ****************************






 わたくしのお誕生会が始まりました。まだ正式な婚約者のいないわたくしには、お父様がエスコートしてくださいます。毎年そうでしたから、今年もと思っておりましたら、何とトキ様が、わたくしの部屋の前まで迎えにいらしていて。

いつも通り、お部屋の戸がコンコンと叩かれたものですから、ララもミリィもお父様と思って、戸をあけてもらいましたら、トキ様が部屋の前にたっていらしたのですのよ。思わず、わたくしは立ち上がり掛けたまま、固まってしまいましたわ。


だって…トキ様が部屋の前まで来られたのも、初めてですのよ?ララとミリィも驚いておりましたが、今日のエスコートがトキ様かも…と、気が付いたようでして。

わたくしはまだパニック中でしたが、2人はトキ様に笑顔を向けておりまして。


 「…まあ!今日は、トキ様がお嬢様のエスコートをされるのですね?!」

 「トキ様。今日は、お嬢様のエスコートを宜しくお願い致しますね?…さあ、カノンお嬢様。今日は、トキ様のエスコートでございますわ。良かったですわね?」


ミリィもララも2人して、トキ様をわたくしのエスコート相手だと、思っておりますけれども、まだトキ様ご本人が、そう仰った訳ではありませんことよ?

そう思っておりましたのに…わたくしはララに部屋の扉まで連れられて行きます。

そして、わたくしの気持ちに反し、トキ様がわたくしに向かって手を差し出されて来て……。


 「…カノン。今日は…エスコートさせてもらえるかな?」

 「………はい。よろしく…お願い致します。」


トキ様が…エスコートさせてほしいと、仰ってくださって、わたくしはポ~としながらも、何とかお返事を致しましたのよ。本来なら、他のご令嬢なら真っ赤になったところでしょうけれど、わたくしはそういう時も、あまり顔に出ないようですから、…今回はほんのりと頬が染まった程度でも、変わったようでして。……ポッ。

トキ様は、それでもわたくしの態度に、嬉しそうにしてくださったのでした。


トキ様のエスコートで、お屋敷の中を歩いて行きます。今日のわたくしのお誕生会は、14歳に行われるお誕生会と同様で、基本的に自分のお屋敷で行われることになりますね。どこかの会場を貸し切るなどの仕組みがありませんので、仕方がないことですね。但し、14歳のお誕生会と決定的に違うのは、お誕生会の規模の大きさでしょう。お屋敷で開催すると言っても、夜会などを開催する為の専用の広間があるのですが、帰属によってはその広間が幾つかありまして、開催する規模でその使用する広間を変えているのです。


我が侯爵家もそれについては同様であり、今回はただの知り合いのみをお誘いするお誕生会ですから、狭い方の広間を使用することになっておりますのよ。王都の方は別邸と言われてはおりますけれど、領地にある本邸では、小規模なお茶会程度しか開けないのもあり、別邸の方が遥かに大きなお屋敷に造られているのです。

夜会と言えば、王都ですからね?どこの貴族の本邸でも、行くのに時間が掛かるような辺鄙過ぎたり、冬の季節は雪で出入り出来なかったり、不便なんですよね?


我が侯爵家の本邸はそこまで辺鄙ではありませんけれど、訪問するお方が時間が掛かりますし、本邸に戻る時期も冬の間での短い期間だけですから、夜会は開催しませんわ。元々、その時期は貴族の皆様が、本邸に戻られる時期と重なりますしね。

その期間だけは、王都でも夜会が殆どありませんのよ。ご招待しても、欠席されるおかたが多いですからね。


まあ、そういう訳で、本邸の方にも一応広間はありますが、別邸ほど大きなものではありません。夜会がなければ、そう沢山の貴族をお呼びしませんから、不必要なのですわ。お屋敷の維持や装飾にも経費が掛かりますし、領民の税金を無駄には出来ません。しかし、貴族である以上は、ある程度のお屋敷を持つ必要もあり、侯爵家である以上は、それなりの装飾品もにも力を入れなければ、他の貴族に馬鹿にされてしまうのですのよ。


領民にも「我が領地は、あなた方領民のお陰で、権威を現わせている。」とアピールしなければ、他の土地に移民してしまうかもしれませんし、兎に角ことある毎に領民のお陰だという表示は、領民が領主を敬ってくれることにも繋がりますので、我が侯爵家は領民を大事にしているのですのよ。ですから、領民に恥を掻かせないよう、ある程度は権力を調もあるのですよね。


 「カノン、今日から5歳になったんだね?おめでとう。…今日のドレスだけど、とっても似合っているよ。」

 「…ありがとうございます。その、トキ様も……よくお似合いですわ。」


今日はわたくし達、こういう場に相応しい、貴族らしい服装をしておりますのよ。

わたくしは特に今日の主役ですから、1番に目立つようなパーティ用のドレスを、身に纏っておりますのよ。一応は、今年の流行を取り入れまして、作らせたドレスなのです。わたくしに似合うドレスを、お母様が張り切ってデザインしてくださったのです。と言いましても、本格的にデザインするのは、本職のドレスデザイナー達なのですが。


トキ様がわたくしのドレス姿を褒めてくださいますが、そういうトキ様はもっと素敵でしてよ?流石……未来のイケメン候補者なのですわ。いつもの貴族の子供という感じではなく、貴族の少年という感じで、とても見目麗しいお姿なのです。貴族の男性らしいスーツ姿は、まだ少年という雰囲気のトキ様には、お可愛らしい感じではありますけれど、このようにわたくしをエスコートしてくださると、凛々しく思われるのですから、やはりトキ様には敵いませんわね?

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