6話 わたくしの夢のお話

 「…カノン?…もしかして、何か…あったの?」


トキ様とお会いしてから、トキ様の妹のユイ様のご様子などをお聞きしていましたのに、会話の丁度区切れ目に、唐突にそう話し掛けられましたわ。やはり…トキ様には、が通用致しませんのね?…どうしてなのかしらね?わたくしは観念して、昨夜見ました夢の内容を、正直に語ることに致しましたの。


 「…実は、昨夜また夢を見ましたの。ところが、今まで見ていたようなぼんやりとした夢ではなく、昨夜に限りましては、まるで自分が、ことのように感じましたのよ。今までとは違いまして、本当に…不思議な夢でしたわ。」


そうして、わたくしは夢の内容を語り始めました。トキ様は時々相槌を打ちながらも、わたくしが語る奇妙な夢のお話を、真剣に聞いてくださっています。

わたくしが語り終えてからも、暫くの間トキ様は、黙ったままでいらっしゃいましたわ。流石に気味が悪すぎると、思われてしまったのでしょうか?


わたくしはそう心配をしながらも、トキ様のお顔やお姿を拝見しておりましたわ。

今日のトキ様は、いつも同様に、貴族の子供らしく、身なりを整えた服装をされておられます。長袖のシャツにベストを羽織り、膝下までの短パン姿が、基本の貴族の少年の服装です。寒い時期には向きませんので、今の時期ならばのお話ではありますが。そしてこの服装が大層お似合いなトキ様は、貴族らしい上品な容姿もお持ちで、お顔はとても整っていらっしゃいますのよ。


ハッキリ言いまして、わたくしの父よりもイケメンになられると、思いましてよ?

イケメンと言う言葉は、この国にはありませんけれど、何故かわたくしはこの言葉の意味を知っておりまして、トキ様達殿方にはこれ以上ないくらいに、ピッタリなお言葉だと思っておりますのよ。この国には、美形の男女は多いようなのですけれど、その中でもトキ様ご一家は、素晴らしく見目麗しいお方々なのですわ。


トキ様はお母上にそっくりなご容姿で、金髪翠瞳という、我が国には比較的多い色素を持たれており、将来のイケメン候補と言えますでしょうね?金髪翠瞳は王家に多い色素でもありますから、流石に王家の血を引く公爵家、と言ったところでしょうか?トキ様のお母様も、とても美人で清楚なおかたなのでして、『王立学園』での人気は、わたくしの母と二分していたという、稀有なおかたなのですわ。そして、現国王の妹君でも在られます。


それに対しまして、わたくしは淡い金髪で、碧眼の比較的多い色素を持った、幼い容姿でありまして、年齢通りに見られることは滅多にございませんのよ。

わたくしの背丈が、同じ年頃の女子の背丈よりも低すぎるのもありまして、常に年下に見られるのですわ。両親やメイド達、我が家で働いてくれている使用人達、後は護衛をしてくれている兵士達も、皆がわたくしのことを、可愛らしいとか愛らしいと、してくださるのは、とても嬉しいのですが……。


わたくしは父似ですから、父は多少若く見られる可愛らしい感じの青年、といった容姿ですので、決してわたくしの容姿も悪い訳ではございませんのよ。しかし、この国ではものですから、可愛らしい容姿はあまり目立たず、見劣りしてしまいますのよ。以前とは違い、幼く見られることは、この世界ではマイナスのイメージなんですのよ。大人っぽく見られることが、ステータスなのですからね。


お父様は、わたくしほど幼い容姿ではありませんので、それなりにおモテになる容姿なのですわ。ただ、『王立学園』でマドンナとして君臨していた、お母様を射止める程のイケメンではありませんし、お父様以上にイケメンの紳士はいらっしゃいますのに。一方的に、お父様がお母様を見初めたのかと思いきや、どうやらその反対のようでして。お母様がお先に、お好きになられたようなのですのよ。

う~ん。恋愛とは……摩訶不思議なものなのですわね?


5月生まれのトキ様は、この春にお誕生会を終えられまして、既に7歳になられております。本来は、わたくしより2歳年上なのですが、数か月間は3歳差になるのです。この国の貴族の子供達は、貴族教育の賜物なのか、年齢よりもずっと大人びている子供達が多いのです。トキ様も妹のユイ様も、到底子供とは、同じ年齢と言えでも、雲泥の差なのです。わたくしは何故か、子供っぽくない子供でしたが……。……ふう~。とは……いつの頃のことなのでしょうね…?


まあ、このように幼く見えるわたくしでも、中身は他の子供達同様、いえ…他の子供達よりも大人びた考えを持った、子供らしくない子供なのです。……






    ****************************





 

 「……カノン。君は……もしかしたら、なのかもしれない…。」

 「………えっ!?……それは、どういう…意味なのでしょうか…?」


暫くの間ずっと考え込んでいらしたトキ様が、声を押さえて慎重に話し掛けて来られました。今日は素晴らしくいいお天気でしたから、庭園にてトキ様と2人でお茶会をしておりますのよ。しかし、まだ正式な婚約者でもないわたくし達。貴族というのもありまして、完全な2人きりになることは、成人前の子供と言えども、体裁が悪いのでして。特にわたくしの方が……なのですが。本当に貴族とは、色々と厄介な事情が多いのですよね?


ですから、このような醜聞の悪い夢の内容と言えども、わたくしのお部屋でお話しましょう、という訳にはいかないのです。これがまだ正式な婚約者にでもなれば、完全な2人きりは無理ですが、もう少し人目を気にすることなく、お話出来ますのに…。取り敢えず、トキ様がわたくしが語り始める前に、メイド他この場所にいる全員には、少し離れるように指示してくださいましたが。


ですから、ララと言えども全員が、わたくし達2人の会話が、聞こえない程度の場所に、現在は待機しておりますわ。しかしそれでも、トキ様は十分に注意を払われて、声のボリュームを下げられて、話し掛けられたのです。トキ様が語られるその内容に、わたくしは息を呑み込み、驚きながらもわたくしも声を押さえて、何とかトキ様に問い掛けたのでした。


前世とは…もしかして、生まれ変わる前の世界、ということなのでしょうか?

しかし…この国には、いえ…この世界にも、そのような言葉はない筈なのですが。

それにも拘らず、わたくしは…この言葉を、知っている気がするのです。

ですが、トキ様は…どうして、知っていらっしゃるの?……もしかして、トキ様も…そうなのですか?


 「…実は、僕は…前から、カノンの記憶がそうなのでは、と思っていたんだよ。王家の本を保管している王立図書館には、実は…そう言う記録も残されていてね?色々と調べてみたんだけど……、我が国シャンデリー王国だけではなく、少なくともお隣の国ルーバイン王国にも、前世という記憶を持った人物が、数名現れているという話があるんだよ。但し…色んな複雑な事情があるから、前世のことは王家と一部の高位貴族にしか、知らされない事項なんだよ。つまり…内密にされている究極の秘密事項でもあるんだよ。…まあ、公爵家である我が家は知らされているし、見つけ次第にも、負わされていてね?」


わたくしは…トキ様のお話される内容に、呆然としておりました。このお話に依れば、前世の記憶を持っているかもしれないわたくしは、公爵家にというよりも、王家に保護されるということに…なりますのよ?保護するとは聞こえが良いお話なのですが、簡単に言いますと、王家に見張られる扱いとなる、という意味なのでしょうね?…それだけ、前世持ちの人間が重要視されているのか、それとも…危険視されているのか………。どちらにしろ…あまり良い扱いとは、思えませんのよ?


わたくしは…思わず身構えてしまいましたの。……トキ様に対して。だって…トキ様は、その公爵家の人間であり、王家とも繋がりのある血筋のおかたなのですから。

トキ様がご両親である公爵様と公爵夫人に、わたくしのことのお伝えされたら、と思ってしまったのです。でも…それも、仕方がないでことではありますのよ。

トキ様がいくらしっかりしたお子様だとしても、わたくしが実年齢よりも大人びていても、まだ7歳ともうすぐ5歳の子供なのですからね。


 「…カノン。…大丈夫だよ。僕は…、カノンの味方だよ。例え……カノンが、本当に前世の記憶持ちだったとしても、僕は…両親にも誰にも…話すつもりはないんだよ。…僕は、君の力になりたいんだ。だから…この話は、他の誰にも話してはいけないよ?例え…君のご両親にも……。僕に任せて。……いいね?」


わたくしは、もしかしたら相当…顔色が、悪かったのかもしれません。それとも…動揺してしまい、トキ様に怯えているように…、思われてしまったのでしょうか?

トキ様は、テーブルに上半身を乗り出すようにして、カップを持つわたくしの片手に、そっとトキ様の手を重ねて来られて。何度も「大丈夫だから…僕に任せて。」と言われるのです。


わたくしは漸く、トキ様は本当にわたくしを守ろうとして、言ってくださっているのだと理解出来ましたわ。間近に接近している、トキ様のお顔の表情は、わたくしが初めて拝見した真剣そのものでした。きっと…いえ…絶対に、トキ様は何があっても、わたくしの味方でいてくださるのだと思うと…、涙が出て来そうなほど嬉しくて…、トキ様の言葉に縋りついてしまいそうで。


これが…恋をする気持ち……なのでしょうか?

わたくしは……しまった…のでしょうか?

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