5話 わたくしの(仮)婚約者

 わたくしが『トキ』様とお呼びしているおかたは、トキリバァール・ラドクール様というお名前であり、ラドクール公爵家の長男で嫡子でもおありです。

わたくしの父であるトーマイセント・アルバーニ侯爵と、トキ様のお父上で在らせられるラドクール公爵様が、貴族が通うとされる『王立学園』にて、ご学友であったそうなのです。


それ上、わたくしの母であるアンナベート・アルバーニも、トキ様のお母上で在らせられるドクール公爵夫人と、かなり親しくされていたそうで、トキ様とわたくしはそういう両親の関係で、お知り合いになりましたの。と言いましても、わたくしが生まれた頃からではなく、3年ほど前からなのですが。わたくしが、2歳の誕生日会をお祝いして頂いた時に、両親がご招待致しましたのよ。


実は…わたくしは、2歳の誕生会のことを覚えておりません。ただ、初めてトキ様にお会いしたシーンだけは、よく覚えておりましてよ。トキ様はわたくしより2歳上の4歳でしたし、生まれて初めてお会いする男の子に、ドキドキしておりましたのよ。人見知りという程でもありませんが、緊張してしまいまして、わたくしからは…話し掛けられずにおりましたのよ…。


その時、トキ様からにっこり微笑んで、わたくしに話し掛けてくださったのです。

わたくしは、その笑顔に見惚れてしまいましたわ。とても素敵な笑顔だったのですもの。その時はただ、簡単に自己紹介をして、好きな絵本とか好きな食べ物などのお話をしたみたいです。わたくしはよく覚えていませんけれど…。でも、その時にわたくしは、この国にのお話も、してしまったようでした。

既に、わたくしは、何か異端の要素を含んでいたのですね…。


それでもトキ様は、わたくしを変な子供だと、避けられませんでしたわ。

時々ことを話すわたくしに、意味が分からないまでも、根気よくお話を聞いていてくださったようでして。その後も、わたくしに会いに来てくださったり、彼が知っている色々なお話をしてくださったり、また…わたくしのおかしなお話にも、付き合ってくださったり、と。領地に戻れば、トキ様とは早々にお会いできない距離ですから、王都にお互いに滞在している間はと、3~4日に一度は、必ず会いに来てくださるのですのよ。


このように、わたくしを受け入れてくださっているトキ様ですから、今になって急に嫌われるとは思えないのですが、わたくしの夢のお話は、あまりにも現実味がありまして、自分でも気味が悪いほどなのです。それも、これから起こることというよりも、まるで、という方がしっくりくるのです。

まだ5年ほどしか生きていないわたくしが、何を経験したというのでしょう?


自分で自分の夢のことが理解出来ませんのに、他の方々に理解していただきたいなんて、虫の好過ぎるお話ですのよ。しかも…夢の内容の世界とは、この国というよりも、この世界そのものというものと、あまりにもかけ離れた世界というべきで、『この世界には無いような言葉&物が、存在する世界』という、雰囲気ですね。

それなのに、わたくしはその言葉の意味を、分かっているようでした。

そして、見たことがない筈の物なども、何となくどういう物なのかが、ぼんやりながらにも理解できるようでして。


ですから、例えおかしな夢だと思っていても、あの夢の少女が赤の他人などではなくて、自分自身であるなどと、すんなり受け止められるのでしょうね?

という気が一切して来ないのは、そういう事情からでしょう。

そろそろ、わたくしと致しましても、腹を括る必要が出て来たのかもしれません。

この夢は…一体何なのか?…この現象を、他にも体験されていらっしゃるおかたが、おられるのか?そして…この現象を、何と言うべきなのか?


自分でも何かを行動する必要が、あるのかもしれません。

わたくしは知るべきだと思うのです。わたくしがのかを………。






    ****************************





 

 「カノンお嬢様、失礼いたします。たった今、トキリバァール様がご到着なされました。ご支度の方は、お済みになられておられますでしょうか?」


部屋の扉がコンコンと叩かれ、わたくしの専属メイドの1人であるミリィが、部屋の中に入って参りました。わたくしは身支度を済ませており、今か今かと待ちわびて、落ち着きなく上の空でしたの。ララがわたくしのすぐ傍に控えておりましたから、わたくしの代わりに返事をしておりましたわ。


 「お嬢様のお仕度は、既に終わっておりますわ。トキ様には、先にお茶のご用意をお願い致します。では、お嬢様は少しから、参りましょうね?」


ララよりも2つ年上のミリィに、完璧な指示を出すララ。たった2年で、完全無欠なメイドになってしまいましたのね?…流石に落ちぶれたと言えども、子爵家のご令嬢ですわね。貴族として生まれて来た以上、貴族の言動については、一通り躾を受けているということでしょう。態とお客様をお待たせして間を置くなどと、理解出来ない状況でしょうね。


間を置くということには、貴族の女性が異性や婚約者、つまり男性に対して行う態度の1つなのですわ。意中の男性に気を持たせるという行動で、女性のテクニックの1つとされておりますの。しかし、この間の取り方が非常に難しいのです。あまり間を置き過ぎては、男性に気がないと思わせてしまいますし、お相手にも失礼な態度となりますの。だからと言ってすぐ駆け付けても、女性として行動と見られますし、同時に男性に気があると思われる行動なのです。


これが正式な婚約者であったり、お互いに両想いならば良いのかもしれませんが、この国ではまだまだ政略結婚も多く、両親が家との繋がりを求めて、勝手に決められることの方が多いのです。トキ様とわたくしが、正式な婚約者に決まっていないのは、トキ様のご両親とわたくしの両親の温情なのですわ。…本当でしたら、公爵家であるトキ様は兎も角、わたくしの立場では無理矢理婚約させられても、仕方のない立場なのでしてよ。


侯爵家が、自分の家よりも上位の公爵家と、手を結びたいと思うのは、貴族としては当然の行為なのですわ。但し、お父様同士がお知り合いとのことですし、我が家の領地の経営も潤沢で、侯爵家の財産も充分に潤っておりますから、特には手を結ぶ必要はないだけかもしれません。それでも、王家の血族である公爵家と親族になるという、その名誉だけでも欲しいと思う貴族は、大勢存在されるのです。

わたくしのお父様は、そういうかたなのですね?…ふふふっ。


ミリィが去ってからほんの少しの間を置いて、わたくしはララに手を引かれるようにして、ゆっくりと庭園まで歩いて行く。今日はいいお天気ですから、トキ様とは庭園の方でお茶会を致しますのよ。庭園に行きますと、そこにはトキ様がお1人で待っておられましたわ。厳密に言いますと、トキ様の従者や護衛、他には我が家の護衛達が微妙に離れた場所に、待機しておりますが。


 「…トキ様。ようこそ、お出でくださいました。お待たせ致しましたようで、申し訳ございませんわ。今日は…『ユイ』様は、御一緒ではありませんのね?」

 「ああ、カノン。久しぶりだね?元気そうで良かったよ。今日は、ユイは体調を崩していてね。一緒に遊びに行くと、僕が出掛ける間際まで言っていたよ。流石に母上に叱られてね。カノンにうつしでもしたら大変だから、と言われて漸く諦めたんだよ。」

 「まあ…。それは…お可哀そうですに…。お風邪をひかれたのですか?…後程、お見舞いのお手紙をお書きしたいので、持って帰ってくださいませんか?…それから……トキ様は、その…大丈夫…なのですか?」

 「うん、ありがとう。カノンからの手紙を持って帰れば、ユイも大喜びですぐに風邪も治ることだろうね?元々、そう大した熱も出ていないし、もう治りかけなんだよ。…ああ、僕もずっとユイには会ってないし、今日も僕自身は会っていないんだよ。風邪なら大丈夫だよ。」


『ユイ』様とは、ユイリア・ラドクールと言うお名前で、ラドクール公爵家の長女で在らせられるおかたです。現在のご年齢は4歳、トキ様の実の妹となるお方なのです。わたくしより1歳年下となりますので、『王立学園』では学年が異なることになりますわね。ユイ様は6月生まれとなりますから、既にお誕生会を迎えられており、今はわたくしと同じ年齢になられておりますわ。


因みにトキ様のご年齢は、わたくしより2歳年上で、もう既に5月に誕生会を迎えられておりまして、現在は7歳になられておりますわ。『王立学園』においては、わたくしの学年より、2学年も上の上級生となられる予定です。トキ様とユイ様も、とても仲が良いご兄妹なのです。わたくしには兄弟姉妹がおりませんが、実のご兄妹姉妹のように、お2人は仲良くしてくださるのです。実の姉のように慕ってくださるユイ様には、わたくしも妹が出来たようで、嬉しく思っておりましてよ。まだ兄弟姉妹がいないわたくしも、お2人がいてくださるから、寂しくありませんのよ。


もうすぐ、我が家にも赤ちゃんが生まれます。赤ちゃんが生まれて参りましたら、可愛がるつもりなのですもの。やっと…では、兄妹姉妹が出来るのです。弟と妹のどちらなのでしょうか?今から…楽しみです。…ふふっ。

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