4話 侯爵家の領地
わたくしの家は厳密に言いますと、2つ存在致します。1つ目は領地にある本邸のお屋敷、2つ目は王都にある別邸のお屋敷です。これは我が家だけのことではなく、貴族であれば男爵と言えど、余程落ちぶれていない限りは、王都にも家を構えている筈なのです。そうでなければ、全貴族を王家が召喚することもありますから、その時に困ることになるのです。まあ、その時だけ宿に泊まる、ということも出来ますが。期間が長くなればなるほどに、貴族には色々と不都合なことも、ございますからね。別邸を構えていた方が、何かと都合が宜しいでしょうね?
そして、わたくし達一家は現在、王都の別邸に滞在しています。今の季節は、まだこちらに滞在しているのです。10月にわたくしのお誕生会を行いますから、王都にいました方が、お知り合いの方々も訪問しやすいですからね。領地に帰ってしまえば、例えお隣の領地と言えども、不便な上、到着に時間が掛かかりますので…。
中々気軽に遊びに行くことも、出来兼ねますのよ。
わたくしの仮の婚約者である、トキ様の家の領土は、わたくしの家の領土とは違いまして、王都に近いお隣にある領地なのです。それに対し、わたくしの家の侯爵家領地は、王都から馬車で2時間は掛かる場所にございます。残念ながら、トキ様の家の領地とは、反対方向にありますので、お隣の領地でもありません。
公爵家の本邸も、王都から直ぐの場所なのです。本当に残念ですわ。
今はお互いに王都住まいですから、馬車で30分も掛からない距離なのですのよ。
然も、王都での別邸は、お隣同士のお屋敷なのですもの。と言っても、現世では、子供が歩いて行ける距離ではありませんのよ。大人ならば、馬に乗って移動すれば、馬車よりも早く訪問可能なようですが。大人でも歩いて移動しないのですわ。お隣と言えども、森というべきか林というべきなのか、人気のない場所が存在しておりますし、貴族は誰かに襲われる危険もありますから、のんびりと歩いて行くことは、わたくしたち貴族にとって…命がけの問題になりますのよ。
自分の家の土地としながらも、多少の囲いのようなものはありますが、騎士などのようにそれなりに鍛えた人物が、入り込もうと思えば入れる隙はあるのです。
一応は、貴族の家では家を守る兵士を雇っておりますが、この世界には山賊のような者達もいると聞きますし、そういう者ならば簡単に入ることもできるでしょう。
但し、屋敷の中にまでは、そう簡単に入り込めませんけれどね。
景色の周りには、常に常住する兵士がおりますし、夜も交代で見張ってくれておりますのよ。馬車で移動の際も、我が家専属で雇う兵士だけではなく、王都では騎士も雇っておりますから、大勢の剣術の優れた人物に、常に守られております。
まあ、そういう訳ですから、特に子供であるわたくし達が、子供だけでお会いすることはありませんのよ。常時、兵士か騎士が傍に控えているのです。
その上、わたくし達貴族には、子供と言えども専属の従者が付き従います。
従者は、ある程度の剣や武術が出来るようにと、そういう訓練を受けさせたりしているのです。わたくしの専属メイドであるララも、一応剣が扱えるようなのです。
実は…ララの実家は、今は落ちぶれてしまった子爵家だそうでして、ララは家族を養う為、また借金を返す為に、剣士になろうと努力をして、剣士の道は諦めたものの、わたくしを守るメイドとして、我が家にやって来たのでした。
ララはまだ成人する前に、我が家に初めてやって来ました。ララが10歳の時でしたわね。あれから…2年も経ちましたのね。この国の成人は14歳の誕生会を迎えた後、ということになっておりますから、現在のララの年齢は12歳なので、後2年で成人となるのですね?この国では、女性の結婚適齢期は15~18歳が一番とされているようです。但し、これは貴族だけではなく、庶民達にも当て嵌まる事項みたいですね。20歳ぐらいまででしたら、まだセーフとの見解はありますが。
但し、男性の場合は、これには当て嵌まりませんのよ。男性も結婚適齢期はあるものの、女性のようには行き遅れ扱いはされませんのよ。男性の結婚適齢期は17~25歳となっておりますもの。一応、男女の結婚可能な年齢も決まっており、男性が17歳から、女性は15歳からとなっております。14歳で成人扱いにはなりますが、14歳では男女共に、結婚は許可されていないのです。
しかし、ララのように成人前に、男爵家や子爵家の子息令嬢が、伯爵家以上の家に奉公に出仕することは、よくあることなのです。子息の場合は、自分の名前を売り込み、自分が出世する為に。令嬢の場合は、自分自身を売り込み、少しでも良い縁談を紹介してもらう為に。男女の違いはありますけれど、少しでも今後の人生を豊かに送る為には、そういう努力も必要なのでしょうね。
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我が家が領地に引っ込みますと、トキ様の領地から余計に離れてしまうのです。
公爵家の領地から侯爵家の領地へは、2~3時間は掛かることになるでしょう。
然も、本邸に籠ることとなる冬の時期は、大抵の貴族達が領土に戻ることと、なりますのよ。冬の時期の移動は、他の季節とは異なり、そう簡単に移動することも出来ませんから、夜会などの社交シーズンは、春から秋にかけて行われ、冬の時期には、王都に領地を持つ貴族だけが、お茶会をひっそりと行うだけなのです。
冬になれば、雪の積もる領地もありますから、そう簡単には行き来出来ない土地もあるのです。わたくしの家の本邸がある領地は、雪も降ることがありますが、頻繁に降る地域ではありませんし、雪が降ったとしても、沢山積もる程でもありません。他の貴族の領地では、毎日のように雪が降り、大人でも歩くことが出来ない程、降り積もる地域もあるのです。幸い、今の領地も大したことはありませんが、わたくしは雪が沢山降るような地域には、今まで暮らしたことがありません。
そこまで考えて…ハッとしました。今まで…とは?わたくしは今まで、王都と別邸のみしか行ったことがないのです。それは当たり前なのですのに、まるでそれ以上のことでもあるような、そんな気がしたのです。……またですわ。わたくしの記憶にある何かが、訴えてくるのです。これは…単なる夢ではないと…。これもまた、わたくしの記憶の一部だと…。
わたくしが年を取る度に、違和感が増えて来ています。夢の内容も、段々とハッキリとして来た感じが、しているのです。これが何なのかは、わたくしにもまだ分かりません。本当であれば、大人に相談することが、一番いいことなのでしょうけれど、異端視扱いを受けることは、何となく…理解しているのです。両親に見放されたくないという思いもあり、今まで誰にも相談が出来ませんでした。
しかし、去年のわたくしのお誕生会で、トキ様にお会いしてから、わたくしの運命は変わってきたように思いますのよ。こういうリアルな夢を見る度に、わたくしはただ魘されておりまして、夢の内容もぼんやりとしかしていなかったのに、トキ様とお話するようになってからは、夢の内容が段々とハッキリして来ていまして、そして先日のように、病院というようなところに、お父さまと一緒にお母さまに会いに行く、という内容の夢を見ましたのです。ただ…より一層困惑しておりますが。
あのリアルな夢の『お父さま』と『お母さま』は、現実での『お父様』と『お母様』とは…、全くの別人なのです。どういうことなのか、全く分かりませんわ。
いつものように、トキ様にお話したいと思ってはおりますけれど、トキ様がわたくしをどう思われるかと思うと……。勇気が出せなくなりそうです。
ふう~。わたくしは目を瞑って、トキ様がいらっしゃる前に心を落ち着けようと、トキ様に初めてお会いした時のことを思い出しながら、息を吐き出して。
そう、あの時、トキ様が…わたくしの不安を取り除いてくださったから、今のわたくしがあるのだと、そう思い出して。
そうして、わたくしは、今は自分の部屋の中で、トキ様とのこれまでの遣り取りを思い出しておりました。もう少ししたら、トキ様がわたくしを訪ねていらっしゃるのです。わたくしに、会いに来てくださるのかと思うと、いつも楽しみに待っていると言いますか、嬉しくてドキドキしていると言いますか……。わたくしにとっては、トキ様とお会いしてお話するのが、当たり前のように日常化して来ておりまして、それでも毎回お会いする前は、こうしてドキドキワクワクという感じでして。
それにトキ様は、わたくしが夢のお話を話そうとしなくても、わたくしの何気ない態度から、何か不安になっているとすぐお気付きになってしまうから、誤魔化しが一切出来ないのです。わたくしは、隠し事が下手なのでもなく、表情にもそう表れないタイプだと、自負しておりましたけれど、何故かトキ様には分かってしまうのです。ですから、わたくしがトキ様に隠し事をするなど、絶対に出来ないことなのですわ。異端視されようとも、正直にお話することになるのでしょう。
願わくば、どうかトキ様に理解されなくとも、縁起の悪い子供だと思われて嫌われたくない、と。トキ様の心が離れて行っても、お友達としての関係だけは、切れないでほしいと。心の底から願いを込めて……。
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