第4話 戦いの村へ

「とりあえず入って入って!」


 酒場に女性が訪れた後クレオは喧嘩を中断し、彼女をひとまず自分のガレージへと迎え入れていた。


「ここは……」

「私のガレージだよ。明かりつけるね」


 ガレージの中は暗く、夜という事もあり何も見えなかったが、クレオが壁のスイッチを押すと一斉にライトに光が灯り広い空間を煌々と照らす。


「クラフト……マシン……」


 そして女性の目についたのはやはり、クラフトマシンのバラット14であった。


「珍しいものでもないでしょ? 安物だし」


 クレオの言う通り、このバラット14は特に珍しいものではない。それどころか手に入れようと思えば簡単に手に入る大量生産品であり、今すぐにでも札束を持って市場に行けば中古品を買う事もできるだろう。

 だが女性が気にしているのはそこではない。驚きだったのは、目の前の小さな少女が本当にこのマシンに乗って戦っているという事実だった。


「やあお帰り。修理はできたよ」

「さっすがー!」


 ガレージを案内していると、二階からシャツにカーゴパンツという私服姿のミシェルが階段で降りてくる。


 彼がクレオの自宅である二階から降りてくるのは、別に珍しい事ではない。クレオから合鍵を受け取っており、機体の整備が終わって暇な時はリビングを借りてくつろいでいるのだ。

 ちなみに本人は気にしていないがヴァイオレットからはクレオの寝室への立ち入りを固く禁じられており、破った場合はボコボコに殴り倒すと釘を刺されているらしい。


「あの方は?」

「ミシェルだよ。私の専属メカニック!」

「専属じゃないんだけどね。依頼で時計修理とかもしてるよ」


 ミシェルはクレオが連れ帰ってきた初めて会う女性に軽く自己紹介をすると、今度は彼女に尋ねる。


「ところでこの人は?」

「依頼人だよ。私を名指しでね」

「フィオナと申します」


 女性の名は、フィオナというらしい。

 頷きながら、ミシェルは話を続ける。


「直接とは珍しいね。何かあったんですか?」

「話、聞かせてくれる?」


 そしてクレオからも訊かれたところで、フィオナはここに来た理由を告げた。


「この頃……10日くらい前から、隣の村が突然オークに襲われるようになったんです」

「オークが? 珍しいね」

「その原因を突き止めて、解決して欲しいんです! どうかよろしくお願いします!」

「なるほどね……」


 話の内容を聞いて、やるべき事はわかったとクレオは頷く。

 だが気になる事も一つあった。オークが襲ってくるという事態そのものの事だ。


 転生者が現れ技術革新が起こる以前、200年前まではオークが人里を襲い女性を攫う事もよくあったとされている。

 だがクラフトマシンや銃火器といった現代兵器の登場により人を襲ったオークが尽く殲滅されるようになってからは、オークは人間を恐れ人里には近寄らなくなっている。

 現在においては、オークは巣である洞窟にさえ近寄らなければ無害な魔物とさえ言われているのだ。


「OK! その依頼受けるよ!」


 ともあれ考えていても何も分からない。調査も兼ねてクレオはその依頼を受ける事にした。

 ちなみに調査というのは、オークが人里を襲うなど異常事態の原因を調査し突き止めた場合には王国政府からも報酬が貰える為である。


「ありがとうございます! それでは……」

「とりあえず今日はうちに泊まっていいよ。ミシェ、ヴァイオレットさんのとこでお弁当買ってきてー」

「そうだね」


 クレオの依頼承諾も得て、今すぐにでも村に向かおうとするフィオナ。

 だがクレオは、今晩は彼女を家に泊めるつもりでいた。ミシェルに至ってはフィオナの分も含めた三人分の夕食の弁当を既に買いに行ってしまっている。


「待ってください! 今すぐにでも……」


 村の危機という事で、今すぐにでも戻りたいフィオナ。

 クレオもその気持ちを理解はしていたが、それでも翌朝まで待つ事には理由があった。


「夜は山賊が怖いからね。辿り着けなかったら元も子もないでしょ?」

「わかりました……」


 夜は視界が悪くなる為監視の目も行き届かず、故に山賊が活発な時間になっているのだ。

 山賊団に対抗出来る戦力があるのならば話は別だが、小型クラフトマシン一機しかない状態で夜に街を出るのは非常に危険という判断である。

 それを聞いたフィオナは納得し、故郷の不安こそあるもののなんとか気持ちを落ち着けるのだった。


「同じ部屋で大丈夫? ベッドはあるけどね」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 このガレージはクレオの父親が結婚する前、冒険者として大活躍していたという若い頃に使っていたのを受け継いだもの。

 家に女を連れ込んだ時の為、という若気の至りとしか言い様のない不純な理由で寝室には二人分のベッドが用意されていたのだ。


 置かれた理由はともかくこういう場面では便利なもの。フィオナの了承を得ると、クレオは彼女を二階の自宅へと案内した。






 星が舞い、月明かりが窓から注ぐ真夜中。


「クレオ・フォード……」


 すやすやと寝息を立てながら眠るクレオの寝顔を見ながら、まだ眠れないフィオナはベッドに腰掛けて呟く。


「こうして見ると普通の女の子にしか見えないなぁ」


 パジャマを着て、可愛らしい無垢な寝顔を晒すクレオの姿はどう見ても幼げな普通の女の子でしかない。


「こんな子に、本当に村を救えるのかな……」


 フィオナがクレオを頼りにやってきたのは、村長ら村の重鎮の指示によるものだ。


 オークの被害に悩まされる中、街から来たという男が村の人々に伝えたのはクレオ・フォードという女性冒険者が凄まじい強さを以て街を救ったという話だった。

 砲弾の嵐を掻い潜り、空を舞って敵を打ち倒したというその話に村の人々は憧れ、希望を抱いた。その女性ならば、村を救う女神になってくれるかもしれないと。


 そうして村の重鎮たちはクレオを雇う事を決め、使いとして送られてきたのがフィオナである。

 しかし来てみればどうか。凄腕女性冒険者と聞いていたクレオ・フォードは、実際には乱暴でお調子者な、年端も行かない少女だったではないか。その上今はこうして庇護欲を駆り立てるような幼く愛らしい寝顔を見せている。

 こんな子供に、本当に村を救えるのか。それは抱いて当然の不安だろう。


「疑うのはやめよう。私には、この子を信じるしか……」


 だがそれをどうにかする力は彼女にはない。今はただ、言われた通りにクレオを村に連れて帰る。それだけが、フィオナにできるたった一つの事だ。

 これ以上は考えても無駄だと、彼女は不安を抑え込んで布団に潜り目を閉じ、やがて沈むように深い眠りに落ちていった。






「ふわぁ……」


 翌朝。日光に照らされ目を覚ましたフィオナは、鼻腔をくすぐる香りに惹かれ台所へと目を向ける。


「この匂いは……」

「あ、起きた?」

「クレオ、ちゃん……?」

「朝ごはん作ってるからちょっと待ってねー」


 その視線の先には、パスタ用の大鍋の横でフライパンを振るクレオの姿が。

 具材に火が通ったところで、そこに水や調味料を投入して次は煮込む作業に入る。


「しっかりしてるんだね」


 朝から自分できちんと朝食を作るクレオに、素直に感心するフィオナ。そんな彼女に、クレオは自身の身の上を語る。


「親がいなかったからね。育ての親もろくでもないババアだし」

「ろくでもないって……」

「養子って言ったって娘に踊りさせて客から金取るようなババアだよ。まあ育ててもらった恩はあるし、踊るの自体は嫌いじゃないんだけどね」


 幼い頃に養母マリーヌに引き取られたクレオだったが、そこでの暮らしは普通ではなかった。

 食事や服、ベッドもきちんと与えられてこそいたが、その一方で倫理的に問題があるような教育を受けて金を稼がせる為に育てられてきた。故にクレオは養母の事を恨んでこそいないが、まともな人間ではない悪人の類という認識は抱いているのだ。


「ごめん、辛かったんだね……」


 心の傷口を開いてしまったように感じ、また哀れみも抱いてフィオナはクレオに謝罪する。


「別に?」


 だがクレオは、その事については特に気にしてはいなかった。感覚が麻痺しているのかもしれないが、人前で脱がされる事は彼女にとっては別に大した事ではない。


「でもね、見たかったんだよ。路地裏の小さい風俗店なんかよりもっと広い、外の世界をね」


 そのような境遇から逃れたかったわけでもない。ただ、それ以外の世界を見たかった。クレオを突き動かしたのは過去の境遇でも大きな目的でもなく、そんなただの好奇心だったのだ。


「だからなんだ。自分の力で自由に生きていく為の力が欲しかったの」


 そんな願いをただの我儘にしない為に、クレオは自分の力で生きる術を学び、死んだ父の跡を継いで冒険者となったのである。


「私もそんな風に頑張れるかな……」


 クレオの言葉を聞いたフィオナは、自身が以前から抱いていた願いを思い出し告げる。


「私ね、農家の家で生まれたんだけど……それしか知らないで生きてきたの。毎日毎日土を耕して種を植えて、水をやって収穫して出荷して……ずっとそれだけだった」


 決して彼女は、農業に明け暮れる日々が嫌いなわけではない。家族や村の仲間たちと共に作物を作る毎日もそれなりに幸せに感じてはいた。


「だけど知りたい。もっと色々なものを見たい。一つの事しか知らないなんて、せっかく生まれてきたのに勿体ないから」


 しかしそれだけでは満たされない。物心ついた頃からそれ以外の何一つも知らずに育ってきたからだ。

 何も知らないが故にこれまでは自分に何が足りないのかすらも分かってはいなかったが、クレオの言葉のお陰で気付くことができた。


 自分もまた彼女と同じように、色々な事を知りたいのだと。


「変われるんじゃない? 勇気を出して頑張ればね」

「そう……だね。私も、頑張ってみようかな……」


 励ましを受けたフィオナは、なんとかなるかもしれないと胸に希望を抱き始める。だが同時に不安もあり、悩んでいるのは誰から見ても明らかだった。


「オークをぶっ倒してから!」


 そんな様子を見かねてクレオはそう言いながらテーブルに皿を置いた。

 そこに盛られているのは、先程まで作っていたミートソースパスタだ。


「これからの後の事、考えたらいいんじゃない?」


 今の目的はオークの事件を解決する事。それを片付けなければ、始まりすらしない。

 将来の事を考えるのは後にして、今はこれを食べてオーク戦に備えようという事だろう。


(大丈夫……。この子ならきっと、やってくれる!) 


 昨日までフィオナは、クレオに村の未来を預ける事を不安視していた。ただのやんちゃで乱暴な女の子としか思っていなかったからだ。

 だがきちんと話してみた事で確信した。クレオは見た目以上に強いと。彼女ならば、オークを打ち倒し村を救ってくれると。


 フィオナの心に、もはや不安は一欠片もなかった。






 朝食を食べた後、クレオはバラット14に乗り込んで操縦し、ガレージ前に停められたトレーラーに積み込んでいた。

 ちなみにこのトレーラーは冒険者向けに格安で貸し出されているもので、新人冒険者や個人で活動している冒険者の足として日々活躍している物である。


「よし、積み込んだよ!」

「お疲れ様」


 荷台に載せたところでクレオはミシェルに声をかけると、機体から降りて二人で協力しカバーをかけた。


「お嫁さんに挨拶はした?」

「仕事中だったよ。お土産は頼むってさ」

「そっか」


 ミシェルも妻に出発の報告を終え、機体の積み込みも終えて荷物も万全。出発の準備は整った。


「それじゃ、行こっか!」

「はい!」


 フィオナの手を引いて、荷台の上に乗り込むクレオ。


「運転よろしく!」

「オーケー。任せて」


 そしてミシェルが運転席に乗り込みキーを差し込むと、振動を立てながらエンジンが鳴り始める。


「出発するよ」


 そういってアクセルを踏むミシェル。


 巨大なトレーラーの車体が、ゆっくりと動き始めて脇道を抜けて大通りに出る。


 通りも抜けた先で辿り着いたのは、街と外を隔てる大きな壁と人の出入りを管理する門だ。

 門をくぐろうとしたその時、兵士に呼び止められてミシェルは一旦トレーラーを止めた。


「通行税をお支払いください」


 この門を通って街を出入りする時には、直接ここで税金を支払わなければならないのだ。

 とはいえ金額は大したものではなく、外食一人前程度でしかない。ミシェルは財布から紙幣一枚を取り出して兵士に渡すと、通行許可を得てトレーラー再び走らせた。


「そういえば……」


 何も無い荒野を走るトレーラーの上で、マシンにもたれてくつろぐクレオにフィオナは尋ねる。


「本当のところクレオちゃんって、強いんですか?」


 精神的な強さはわかったが、やはり気になるのは戦闘力。

 この小さな身体で本当に戦えるのかは、疑っている訳ではないがやはり気にはなっていたのだ。


「それはこれから証明すればいい……でしょ?」

「ごめんなさい、変な事聞いて」

「不安になるのもわかるから大丈夫だよ。何せこんなちびっこい女の子なわけだしさ」


 クレオも自分の見た目が強そうに見えない事は分かっているが、言葉で繕うつもりもない。自分の強さは、実戦にて実力で証明するつもりである。


「ふふっ」

「へ?」

「自覚、あったんだなぁって思って」

「冒険者稼業は男社会だからね。嫌でも実感しちゃうよ」


 容姿で弱く見られる事は、クレオにとっては珍しい事ではない。

 そもそも冒険者というのは腕っ節に自信のある屈強な男たちが多い職業であり、女性も少ないながらもいるがクレオほど小さな少女が冒険者になる事は殆どない為最初の頃はよく馬鹿にされてきたのだ。

 そのような者たちを力ずくで打ちのめしてきた結果、今では周りの冒険者たちからも対等に扱われているのだが。


「大変なんだね」

「でも好きだよ。今の生き方」


 確かに冒険者という道は女に生まれたクレオにとっては難しさもある。だが力が全ての冒険者の世界においては、そんな難しさは自分の力で乗り越えられる。

 そんな簡単ではないが単純明快な生き方を、クレオはとても気に入っているのだ。


「いい天気だね」


 ふとクレオが空を見上げると、そこには雲一つない真っ青な空が地平線まで広がっていた。


「それにいい風……」


 そして吹きつける涼しい風を感じて、フィオナも呟く。


「こういう時って、眠くならない?」

「わかります、それ」


 暖かい太陽の光と心地よい風を浴びながら、二人は荷台のシートの上に横たわった。


「クレオちゃんは、冒険者になって目指してるものとかあるんですか?」

「目指してるもの……か……」


 自由を求めて冒険者になったまではいいが、その先に何を目指すのか。そうフィオナに問われ、クレオは少し考え込む。


 そして浮かんだ答えを口にしようとしたその時だった。


「ごめん、話は後」

「え?」


 トレーラーの進路を見ると、目的の村が既に見え始めていた。だがよく見ると、その村からは一筋の赤い煙が上がっているようだった。


「着いてすぐ……証明することになりそうかも」


 その赤い煙というのは、何らかの非常事態が起きている事を示す救難信号。

 気付いたクレオは鞄を背負うと剣を手に取り、戦闘態勢に入った。






 一方その頃、目的地の農村では……


「みんな! オークが出たぞ!」

「女子供は地下壕へ! 男は迎え撃つぞ!」


 襲来した三体のオークを迎撃すべく、農具や猟銃で武装した男たちが村のあちらこちらに待ち構えていた。

 同時に農作業用クラフトマシンも起動し、戦いに備えている。

 

「クソッ! 彼女が来る前に!」

「武闘派の奴らが残ってさえいれば……」


 本来ならば武装したクラフトマシンを有し、自身も高い戦闘力を有した対山賊用の武闘派メンバーもいたのだが彼らはオーク事件の調査に向かってから誰一人として戻らずにいる。

 故に今は、戦い慣れていない農民たちだけでこの場を凌ぐ以外の選択肢は残されていない。


「お父さぁーん!」

「大丈夫だ! 早く逃げろ!」

「こっちよ、急いで!」


 戦えない者たちは地下に避難していくが、この防衛線が突破された場合無事で済む保証はない。


「やるしかないか!」

「撃てぇーッ!!」


 村人たちは覚悟を決め、自分たちの二倍から三倍はある巨体と屈強な筋肉を持つオークを相手に戦いを挑む。


 リーダーの男の合図と同時に、男たちは猟銃の引き金を引き一斉に銃弾を放った。


「グオォ……!」

「ダメだ、猟銃じゃ歯が立たねぇ!」


 しかしオークの頑丈な肉体を前に、猟銃の弾はかすり傷をつける程度でまともにダメージを与えられない。


「ぐっ!?」


 続いてクラフトマシンもオークに立ち向かうが、戦い慣れていない操縦者と未調整の作業用マシンでは歯が立たずに返り討ちにされていった。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 負傷した村人の青年の前に、一体のオークが立つ。

 そして棍棒を振り上げ、その命を断ち切ろうとしたその時だった。


 青年の視界に、突如何かが割り込んでくる。

 次の瞬間、棍棒の持ち手から先がオークの手元から離れて宙を舞い、どさりと音を立てて草地に落下した。


「よし、ギリセーフ!」

「女の、子……?」


 青年にとっては信じ難い事だが、割り込んできたそれの正体は小さな少女だった。

 彼には妹がいるがその妹よりも幼く見える程の少女が、剣を振るいオークの持つ棍棒をいとも簡単に斬り裂いていたのだ。


「みんなー!」

「フィオナ!?」

「クレオ・フォードを連れてきたよー!」

「あの子が、話にあった……」

「あんな小さな女の子だったのか?」


 遅れて大型トレーラーが村の門の外に停められ、荷台の上からフィオナが叫ぶ。

 クレオ・フォードの名はこの村の希望として村人たちに伝えられていたが、やはり彼らが抱く感情はその容姿に対する驚愕だった。


「小さいって、18なのに……」


 見た目からは15歳以下だと誤解され、よく小さい小さいと言われるクレオだがこれでも年齢は18歳である。

 実はクレオは四分の一エルフの血が混じったクォーターであり、それ故に純血の人間よりはやや寿命が長く成長も1.5倍程度遅いのだが村人たちには知る由もない。


「まあいっか。実力は結果で示せば……」


 何はともあれ小さいと言われる事には慣れている。それ故に生まれる不安や偏見など、力ずくでねじ伏せればいい。


 クレオは剣を腰だめに構え、脚に力を加え、そして……


「ねェッ!!」


 首元めがけ、目にもとまらぬ速さの斬撃を浴びせた。


「ブルォァッ!?」


 刃が緑の皮膚を突き破り、肉に食い込んでいく。

 だが安物の刀身は厚い筋肉の壁に阻まれ、クレオの筋力では切断には至らなかった。


「刃物は通らないか。それなら!」


 咄嗟に剣を首から引き抜くと、懐から大きな拳銃を取り出して構える。

 そして先の傷口めがけて引き金を引いた瞬間、オークの首は内側から膨れ上がるように破裂し、粉々に弾け飛んだ。


「対魔物用大型拳銃タナトス。大したもんでしょ?」


 クレオが使ったこの銃は、対大型モンスター用として冒険者向けに販売されている大型のリボルバー、タナトス。標的の内部で破裂する専用の大口径弾を放つ大型拳銃であり、ドラゴンを始めとした大型モンスターに内側から大ダメージを与えるように設計された代物だ。


 弾丸の高価さと過剰な殺傷力故に対人用としての実用性はあまりない。更に大型モンスターの討伐には主に上級冒険者や騎士団の、高い操縦技術が伴った強力なクラフトマシンや卓越した剣技などが用いられる為そちらの需要もあまりなく、生産数も少ない武器である。

 しかし格上殺しという可能性を持つが故にクレオは念の為これを懐に忍ばせ、強敵との遭遇に備えているのだ。


「ふたぁつ!」

「クレオちゃん……強い……」


 剣で傷を与え、傷口に銃弾を撃ち込み破裂させる。

 最小限の負担と弾薬消費で、確実かつ迅速に敵を仕留めていく。クレオが見せるその華麗な戦い方に、フィオナはまさかこれ程とはという驚きと希望で目を輝かせていた。


「あとひとつ!」


 瞬く間に最後の一体。銃と剣を構え、仕留めに行こうとしたその時。


「えっ」


 突如最後のオークの頭が、背後から棍棒で叩き潰され巨体が力なく崩れ落ちる。

 そして死体の後ろから現れたのは、白目を剥いて涎を垂らす、先程までのものとは違った雰囲気のオークだった。


「何、こいつ……」


 その後の白目のオークの行動に、クレオは思わず茫然とする。

 

 仲間である筈の先程のオークの死体を引き裂くと、なんとその肉や内臓を掴んで喰らい始めたのだ。


「変な臭いするし、汗もかいてないし……ていうか共食い?」


 何が起きているのかはわからないが、これが普通のオークではない事はひと目でわかる。さらに言えば、このような怪物が味方である筈もないだろう。


「なんでもいいけど……ぶっ飛ばす!」


 正体が何であろうと敵ならば倒すのみ。クレオは剣を構えて突撃し、白目のオークに斬りかかった。


「血も出ないの!?」


 しかしその傷口からは、何故か血の一滴も出てこない。

 驚きで一瞬動きを止めたその隙にオークは殴りかかり、クレオは咄嗟に反応し受身を取るも力負けし弾き飛ばされてしまった。


「かはっ……」


 牧草がクッションになり、なんとか激突は避けられた。だが相手が普通のオークではない以上、このまま無策で戦っても勝機は薄いだろう。


「ちょっと本気、出さないとかな……」


 そう呟きながら、頭の中で状況を覆す手段を練るクレオ。


「クレオ、起動終わったよ!」

「ナイスタイミング!」


 そんな時、丁度ミシェルがバラット14の起動完了を告げる。

 すぐさまクレオはトレーラーへ駆け戻ると、機体に乗り込み操縦桿を握った。


「マシンに乗れたらこっちのもん!」


 ローラーダッシュを展開し、炸裂式スラスターで急加速して一気に距離を詰める。

 同時に剣を引き抜き、加速と質量をかけてオークへと斬りかかった。


「やぁっ!」


 横薙ぎに振るわれた剣はオークの右腕腕を切り落とし、すかさず刃を上向きに構えてスラスターを再点火。

 バラットはオークの左腕を切り落としながら急上昇し、空中で剣を振り上げ高々と掲げる。


「これで、トドメッ!!」


 そして空からの落下と同時に大質量の斬撃が炸裂し、頭頂部から下半身までオークの全身を縦に一刀両断。

 真っ二つになったオークは、そのままどさりと地面に崩れ落ちた。


「ふぅ……。これで最後かな」


 辺りを見渡してもこれ以上の敵は見当たらず、クレオは安心して機体から降りる。


「ひぃっ!?」


 しかしその時、突然驚きの声を上げて足を滑らせ尻もちをついてしまう。


「う、蛆虫……?」


 その原因は、虫。

 倒した最後のオークの死体の断面から、蛆虫のような不気味な虫がぞろぞろと這い出ていたのだ。


 だがその虫たちは、太陽の光を浴びた瞬間に煙を上げながら炭化し、跡形もなく崩れ去っていった。


「これはオークだけじゃ済まなさそうだなぁ……」


 暴走したオークと死体から出てきた虫。おまけにその虫は日光を浴びると消えてなくなるという異常な状況。

 クレオはこの依頼がオークを倒すだけで解決はしないという事を察し、この先に待っているであろう過酷な戦いを思い頭を抱えるのだった。

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クレオ・イン・ローグワールド 〜技術チート転生の200年後の異世界で現地少女のハチャメチャライフ!〜 スグリ @sugurin

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